Say that you are here 2



どうせこの後の展開は予想がつく。
腕の中に落ちれば、情欲を伴わないような甘い口づけを彼は与えて来るんだろう。頬に、額に。髪に。たわいない、ままごとのような行い。それで満足なわけがないだろうに、ロイは一体どこまで本気なのか。
俺にこんなことして馬鹿じゃねぇのと言おうとも、怒りもせず笑みを浮かべるだけ。
どうしようか。その腕に近づくべきか。それとも逃げてしまおうか。いや、さすがにまずいだろう。

等価交換、等価交換とエドは心の内で繰り返して、一歩一歩ロイに近づいていく。脇に抱えていた本を途中、机に置いて、目の前に立つと腰を絡め取られ、彼の腕の中に落ちる羽目になる。
一体何がそこまで嬉しいのか。普段見る、計算された笑いとは違って全く、見ていられやしない。ロイの顔をこれ以上見ていたら駄目になる。そう思い、エドは男の膝に乗り、首筋にしがみついた。
これで顔を見なくてすむ、重いから邪魔だろう。さっさとどけろと言うはずだ。だからこれは嫌がらせなんだ。
けれど予想とは違って、どこまで本気か知らないか、「私のエドワード」なんて甘い睦言を耳元に聞かせてくる始末だ。


エドは次の瞬間、ばっと勢いよくロイの首筋から顔を上げた。
離れた体温に不満げなロイの様子を見て、子どもの機嫌は不機嫌一直線に落ちていく。
名を呼ばれた。喉の奥から出すような声は、体温の低さを予感させた。
ロイは自分の見せ方をわかっていると思う。自身の価値というものを知っている。この声で名を呼ばれたい。そう思い、請う女は多いだろう。
「……俺はあんたのじゃない。『私の』なんて金輪際使うな」
ロイにとっては軽い言葉だったはず。まさか反撃が来るとは思っていなかったに違いない。意外そうな表情が、物語っている。気まずい沈黙が落ちて来た。
勢い込んで言ってから、何もそこまで反発するようなことでもなかったとエドは思い直す。多分、昨日のことが頭に残っていたからだ。

だって上等すぎるなんて言われて。

「それは悪かった。勝手なことを言ったな?」
謝罪の言葉をすぐにくれるのは、大人の証拠だ。
「しかし私は君のものだよ」
笑みと共に与えられる甘い言葉。
ほら、まただ。
事もなげに言い切ってくる、その言葉はどこまで本気なのか。絶対に信じてはいけないと固く心に決めているけれど、こうも繰り返されると慣れてしまうというか、心を許してしまいそうになる。

これでは彼の思うままだ。自分はどうしようもなく子どもだ。どう考えたって十四も上の男が自分のものだなんて有り得ない。
それくらいわかる。当たり前のことなんだから

狙うには高望みと言われるような男。花街の女達がそう謳うほど条件が揃っている。

イシュヴァールの内乱は、国政事情を悪化させていた。政情不安を招く事態は、中央も極力避けなければいけない。
性犯罪が起こればそれだけ軍の支持率を下げることになる。よって軍部が置かれたこの街には、当然のように体を売る女達の区画があった。
昨日の彼女らも、その中に紛れて生きているんだろう。この男も誰かを買うんだろうか。そんなものは、必要ないんだろうか。
散々な女性遍歴は聞いている。彼の親友から『落ち着いてくれて助かった』なんて自分に言われても困るというか、どういう意味だと問い詰めたい。


今はそれより髪を梳いてくる長い指が気になって仕方なかった。
肉のない骨ばった手の平は大人の持ち物で、自分にはないものだった。前に冗談で掌を合わせて大きさを比べてみたら、あからさまなくらいに違い、それにショックを受けて、八つ当たりをしたこともある。
一応、予定としては彼よりも身長が伸びるつもりなのだが、初めて出逢った時から変わっていない気がするのは、多分自分の気のせいではない。
歴然とした差は埋まらなくて悔しい。編まれた髪を解こうとしてくる、ロイの指は好きにさせたまま、何気なく言葉がこぼれる。

「あんたも。買ったりとか、すんのかよ」
「……何をだね?」
疑問に思ったことを口に出してから、しまったと気づく。今更遅い。上手い言い訳が咄嗟に思いつかない。
何と言ってごまかそうか。
「……甘いもん、とか」
駄目だ、こんなことで騙せるような相手ではない。
「聞いてどうする。どこか付き合って欲しい場所でも?」
ロイは冷めた眼を向けて、自分を試してくる。
「行くわけねぇだろ、あんたとなんて」
「素直じゃないな、全く」
この野郎とばかり、エドは頭にカッと血が昇る。それこそ彼の思惑に嵌っているのに。
「違うって。だからっあんたも。お、お……誰かっ。買ったりすんのかって」
女を買うのかなど、直接的な言葉を使えるわけがなかった。口篭もる自分が恥ずかしい。
「……は?」
ロイは一言そう漏らしたきり、訝しげな顔を見せたままだ。
この男にとっては珍しい態度だった。沈黙は先ほどよりも重かった。時間もやけに長かった気がする。

ようやっと口を開いたかと思えば、からかうような言葉を投げかけられる始末だった
「それはそれは、どんな答えを私に期待している?」
ロイにしてみれば、嫉妬を覚えてくれたのかと期待してしまうのは、仕方のないこと。
しかしそれが甘かった。相手は駆け引きの効かない純粋な子ども。予想していた答えとは違うものを与えられることになった。



目の前の男が、誰と何をしていようが別に構わない。
むしろしてて当然だと思う。いまいち想像がつかないが、きっとすごいこともしているんだろう。だったら自分にもすればいいんだ。こんなたわいない遊びばかり仕掛けていないで。
いい機会だ。誘い文句など何一つも知らなかったが、とりあえず言ってみようかと、エドが口にした言葉は、ロイの予想の範疇外だった。
「だったら俺のことも買えよ」
再び沈黙が落ちて来たが、それも仕方ないだろう。どう答えろというのだ。ロイにしてみれば聞きたいくらいだ。
この子どもは一体何を考えている。これはどうやって言い聞かせればいい。汚い大人にそんな言葉を言うものじゃないと、とどめたらいいのか。

しかし忠告の代わりに、ロイは値踏みするような笑顔を浮かべてみせる。
どうせ言ったところで、素直に聞かないはず。降参するまで試してみようかと誘惑を抑えきれなかった。

「……私は構わんが、幾らで?」
国家錬金術師には有り余るほどの潤沢な資金が提供される、その資格を持つ子どもに金銭など必要ないだろうが、売り買いの形式として値段を尋ねるのが相応だ。
どこまでさせてくれると聞いてやってもよかったが、それはやめておくことにした。あまりに直截な言葉はまずい。
案の定、尋ねた途端、エドは言葉に詰まる。
天賦の才を持とうと、こういう部分を見ると、まだまだ子どもなのだと知って安心する。


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