Phantom ship 8代わりに子どもはどんな理由を聞かせてくれるのか。仇討ちというのだから親でも殺されたか、街でも焼かれたか。 「あの男はこの体が欲しいらしい。女性から望まれるのはやぶさかではないがな」 左目に刻まれたのは魂を抜いて体を入れ替える為の呪い。痕は見えないが時折痛みが走る。だから確かにあるんだろう。 この体を奪われれば己が消される。それが意味するのは死。 不死を望む者はこの世に多い。そんな方法があると知れば群がり、教えを請うはず。だから国の老人共もあの男の言いなりなのか。 時が来ればどこにいても見つけてみせると宣告を受けた。生贄の印があるのだからと。こちらとて逃げるつもりはない。何より国での居場所は潰されたのだから。 反撃するにも印がやっかいだった。いっそ、この目を潰してしまおうかとも思ったが、それでは何の解決にもならない。 惜しいのは命でも目でもない。許せないのは、この体を他人にいいように使われること。誇りを奪われたにも等しい。 この目に呪いを受けたのだと話せば、エドはあっけに取られたような顔を見せてきた。荒唐無稽な話を聞いたとでもいうように。 「そんなこと本当にできるのか」 「信じられないと?」 頷こうかどうしようか迷っている様子。信じようが、信じまいがどちらでもいい。 「だったらどうして、あんたは今ここにいるんだ。捕まったんだろ?」 「命乞いをしたからだ。這いつくばってな。その隙をついて逃げた」 「……本当に?」 問いに答える程に子どもの眉間に皺が刻まれていく。本当だともと頷けば、ますますそれは深くなった。 疑い深いところもまた可愛いと感じる。 可愛い?何を思っているのかと己に問い返すが、確かにそう感じたのだからしようがない。 ロイは笑って腕を伸ばし、柔らかな頬に触れた。温かい体温を感じれば、首元に置かれた刃の冷たさが遠ざかっていく。 早くあの男にも味わわせたい。剣の冷たさを。 「あまり変な顔をするな、元に戻らなくなるぞ」 「顔なんて、どんなんでもいい。あんたみたいな顔してるわけじゃねぇし」 どういう意味だと尋ねれば、ちょっと人より皮一枚よくできてるからっていい気になるなと文句が返って来た。 「言っている意味がわからない」 「……何でもねぇ、俺の独り言だから」 エドの拗ねたような顔は直らないまま。 「まあいい、約束どおり話した。次はそちらの番だろう」 「……全部かよ?まだ何か隠してるんじゃねぇの」 「聞かれるまま話した私を疑うのか」 だってと言葉を切って、落ちてくる少しの沈黙。 「あんたって、うさんくさくて信用できねぇ。それに正直な人間ってもっと慎み深いだろ」 そう言って、さりげなく視線をそらしてくる。先にあるのは部屋の扉。聞くだけ聞いて逃げるつもりとはいい度胸だ。言葉の掛け合いでごまかされるつもりはない。 エドの顎を掴んでこちらを向かせる。 金の両眼は、不満げな色を湛えている。睫毛までが金で、けぶるようだった。 「はぐらかすな。いくら私が甘い男でも虚仮にされるのは我慢できん」 「甘いってどこがだよ!」 「よく言われるから、そうなんだろう」 「どうせ、女にだろっ……」 聞きたいのは文句ではない。 ロイはそう決めて、エドの顎を掴んだ手に力を篭めて唇を開かせる。小さな舌が見え隠れしていた。 子どもは悲鳴を飲み込むように、ひゅっと喉を鳴らす。 約束を守るつもりがないならこちらにも考えがあると、低い声で囁く。相手の顔色が変わるのを見て、ロイは口角を歪めた。 脅している内に、段々と気が乗ってきた。子どもの甘い声こそを聞きたい。己が胸に正直に動け、それが海賊の信条だと聞いた。 ならば私も思うとおりにやらせてもらおう。 試しに口吻けてみればエドの動きが止まり、次の瞬間必死で暴れてくる。それは大した妨げにならない。 暴れるのが面白かったので、しばらくその口吻けを楽しんだ。角度を変えて、何度も、一度では終わらせずに。 舌を差し入れたが、咬むことも思い浮かばないらしい。絡めて唾液を注ぎ込めば、首を振って嫌がってくる。処女のような反応に興奮を覚えた。 ようやっと合わせた唇を離せばロイの視界に映るのは、見開かれた金の両眼、金の睫毛が震えている。 逃がしたくはなかったので囲んだ腕までは外さない。 エドの目には水の膜が張っている。 「言っておくが、泣くのは勘弁して欲しい」 「……っ地獄に落ちろ」 吐き捨てられた言葉に、ロイはわざと目を見張る。傷ついたとでもいう嘘の顔を作れば、余計に子どもの怒りを買うことに。 しかしエドの言うとおりだろう。天国に迎えられるような善行は積んだ覚えがない。 「なかなかいい文句だ」 逃げようとしたから焦って手を出してしまった、すまないとロイは心にもない見せ掛けの誠意を示してやる。それに揺れる子どもの眼差し。落とすのは簡単だろうが、この過程をもっと楽しみたい。 「逃げるって、そんなつもりじゃなくて。俺は……」 「約束しただろう。お互いの理由を話すと。海賊との約束は守らなければ怖いぞ」 「お得意のつるし首か」 そんな真似はしないとロイは首を振る。例え約束を守らなくても傷つけるつもりはなかった。 触れる気ならばあるが。 「何故、私に仇の理由を話してくれない?」 「……だってあんたも」 エドの語尾は掠れるように細く、よく聞き取れなかった。聞き返す為に背を屈めれば、目線が合う。 幼い表情に浮かぶのは迷い。怖れか。それを吹っ切るような眼差しを見せたかと思えば、胸元を鷲掴みされて、強引に引き寄せられた。何をするつもりなのかと思えば、子どもは自分の左目に口吻けてくる。 呪われたと話したのだから、少しは触れることをためらうものだろうに。 思ってもみなかった行動に、さすがにロイもあっけに取られる。その隙をついてエドは扉まで走っていった。後ろを振り返ることもなく。金の髪を乱して。一瞬で視界から姿が消える。 廊下を駆け抜けていく足音が小さくなって、そうして聞こえなくなった。 |