All I ask of you 3



ウインリィの言う通り、ロイはきちんといてくれた、よかった。エドはほっと息をついた。
「エド」
ロイが自分の名を呼んで、笑いかけてくる。それだけの事が無性に切なく感じた。
彼の声が優しすぎるからいけないのだ。後少しでいなくなってしまうから、余計にそう感じるのかもしれない。カレンダーの印は幾つつけただろう。覚えている、忘れていない。もう六つもつけたんだ。残る印は、一つだけ。


「終わったか。体は平気か?」
アタシがついてるんだから平気に決まってるでしょと、横にいたウインリィが代わりに答える。
「確かに。君より腕のいい技工士はいない」
「そういう所がね、苦手なの。恥ずかしいからやめてくれない」
ウインリィは眉をしかめて言い放つ。端で見ていた自分こそ慌てたが、ロイが気を悪くしたようではなくて、ほっとした。
「じゃあ、俺たち帰るな。その。ウインリィ」
いつものように夕食にウインリィを誘ってもいいだろうか。彼女は来てくれるだろうか。迷っていると、ウインリの方から切り出してきた。
「アタシも夕方そっちに行くから、仲間に入れてよね」
「ああ、待ってるから」と頷けば、彼女はようやく笑顔を見せてくれた。デンに夕方ウインリィを家まで連れてきてくれと言い含めて、工房へ残した。
また後でと手を振って、外に出ていく。昼食を取る前に、羊の様子を見に行かなければ。

ロイは歩調を合わせてくれているのだろうが、自分達では足の長さに違いがあって、遅れがちになってしまう。ロイがそれに気づいて「すまない」と謝り、立ち止まってきた。
置いていかないで欲しいと想いが浮かぶ。
こんなに好きなのに、いなくなってしまうなんて。沈みそうになる気持ちを振り切る為に、エドはロイの腕を触れた。
あまり明日の事を考えない方がいい、まだこうして触れる位置にいられる。今はそれに感謝しよう。
「ウインリィ、別に悪気あったわけじゃないんだ」
気にしていないとロイは首を横に振った。
「彼女は、私が君をさらってしまうと思っているんだ」
その言葉に、どきりとした。どういう意味なのか。やはりロイと自分は知り合いだったのだろうか。
「……どこにだよ」
「遠くへ。誰の手も届かない場所だ」
リゼンブールを離れて生きる自分が想像できなかった。でも、ロイとなら。彼がこの手を引いてくれるなら。自分の戸惑いをどう取ったのかロイは「怖がらないでくれ、冗談だ」と笑う。
「怖がってなんてないぜ。俺がもっと色んな事ができるようになったら、遠くだって行けるんだけど」
今はまだ無理だ。こんな調子では、ロイの足手まといになってしまう。
「私が怖くはないのか」
「まさか。何でロイが怖いんだよ」
「君を閉じ込めてしまいたいのも、さらってしまいたいのも。冗談ではなく、本心だと言っても?」
「怖くねぇよ、だって俺あんたの事好きだから」
ロイは自分と一緒にいたいと思ってくれている。そういう意味の言葉だろう?だったら嬉しい。

素直に自分の気持ちを伝えると、ロイは押し黙った。こうなると深く濃い両眼は、感情を読ませない。何を思っているのだろう。自分の返答が駄目だったのか。心配になってきた頃、ロイは口を開いた。
「私も君が大切だ。誰よりも」
暗い雨の夜に告げた言葉を、もう一度、エドに捧げた。しかしエドの顔がそれを聞いても、怖れと不安に強張る事はない。
エドは照れくさそうに笑った。そうして話はそこで終わった。お互い立場が違えば、こんなにも簡単に伝えられた言葉を、あの夜受け取り損ねた。


砂利道はいつの間にか途切れて、草原に出た。いつも花を摘む丘までもう少しだ。誰の姿もない。
ロイとエドの二人きりだった。ここでだったらいいかもしれないとエドは思う。願い事を一つ聞いて欲しい。
「なあ、誰もいないからさ。錬金術見せてくれよ」
「何を作って欲しい」
氷細工はもう見せてもらった。他に作って欲しいもの。何があるだろうと少しの間、考える。何故、それを願おうと思ったのかはわからない。気づけば口に出していた。
「……焔を」
ロイは頷いて、胸元から手袋を取り出し嵌めた。ちょうど持ってきていてよかったと笑いながら。
氷を作ってくれた時のように円環は引かないのか。手袋の表には錬成式のような模様が入っていた。
見ていてくれという言葉に、宙に視線をやる。ロイが指を合わせれば、紫のプラズマと共に焔が生まれた。空気の灼ける匂い。赤い焔は空に向かって走り、一瞬で消えた。
……驚いた。
「ロイも、手を合わせるだけで錬金術ができるのか?」
「私はこれだけだ。ここに錬成式がある」
手袋の表に刻まれている模様は錬成式なのだそうだ。二重の円環に閉じ込められているのは、サラマンダー。それに火冠樹と教えてくれた。
「俺も、できたらいいのに」
今までできるはずがない、無理だと思っていたけれど。
ぽつりと呟けば、ロイが「アルフォンスに教えてもらえばいい」と言う。
そうだ、理論だけなら、覚える事が可能かもしれない。最初から何もできないと諦めていた。しかしロイがリゼンブールを訪れた事によって、違う感情が生まれた。
「アルじゃなくて、あんたに教えて欲しい」
「私で構わないなら。家に戻れば本もある、まずはそれを見ようか」
「少しはどうにかなるかな」
「もちろんだ」と力強く頷いてくれる。

ロイや弟のように自分も錬金術が使えたら……と思うが、それはないものねだりだ。円環を引いたところで、何も生じない。
支払った代償に後悔はない。弟より大切なものはないのだから。自分にとって何者にも代えがたい弟の存在。
惜しんではいけない、そう考える事がまず間違いだ。
能力を失ったことによって、総統府の奥で自死を選ぼうとも。銃を自分のこめかみに押し付けた時、因果応報だなと他人事のように考えた。彼に嘘をついた報いが巡ってきたと。
鋼のと叫んで止めようとするロイの声を聞き、生きたいと未練が湧いてしまった。そのせいで照準がずれたのだ。

「エド、どうした?」
エドワードと、ロイが何度も呼びかけてきた。その声にエドは我に返る。
今何か、思い出しかけていたのか。ここではない、どこかにいたような。豪奢な建物の下、緋の絨毯を踏みしめて歩いていく。銃を頭につきつけて、どうするつもりだったのか。
リゼンブールではなかった。ここにそんな場所はない。
白昼夢を見たような思いだった。自分がどこにいるのかわからない、足元がなくなってしまうような不安に駆られてエドは辺りを見回した。
薄青の空、草原、なだらかな丘が広がっている。自分を心配して、ロイが顔を覗き込んでくる。


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