All I ask of you 2



思い出したからには、気にかかる。食器を洗っている今なら、さりげなく聞く事ができるかもしれない。
洗った皿をロイが戸棚にしまおうとしてくれる。いつもここに置くんだと言いながら、ロイの顔を見つめれば、どうかしたのかと笑いかけてきた。
「アルに昨日何を渡すって言ってたんだ?」
答えはすぐに返って来なかった。自分が聞いてはいけない事だったんだろうか。
「……っやっぱり今のなし、忘れてくれよ」
エドは慌てて何でもないんだと首を振った。恥ずかしさで、頬が熱くなる。
自分は質問してばかりだ。こんな事ではロイに疎まれるかもしれない。
聞きたがってばっかで図々しいって思われないかな。でも、俺だけ知らないのって何か嫌なんだ。

自分が聞きたがるのは、ロイが何も話してくれないからだと責任転嫁する。自分に逢いに来たというなら、その理由を話してくれてもいいのではないか。面と向かって、それを口にする事は出来なかった。
どんな答えが返ってくるか怖かった。だから本当に聞きたい事は聞けないまま、六日が経ってしまった。明日にはロイはいなくなってしまうのに。

「気になるか」
問い返され、どう返すべきか迷った。ロイの声に怒っているような響きはない。結局は好奇心に逆らえず「気になる」とエドは頷いた。
「君達の生活を保障するものを。私が持っている権利を渡そうと思ったんだ」
聞いたはいいものの、ロイの言葉の意味がわからなかった。
「保障?だって家もあるし、羊だっている。これ以上何が必要なんだ?」
何を保障してくれるというんだろう。
そんなものはいらないから、ロイがここにいてくれたらいいのにと思った。『ずっと』が無理なら、たまにでいいから逢いに来て欲しい。
「そうだな、私が勝手に気を回してしまったんだ」
「勝手だなんて。思ってねぇよ。だって俺たちの事考えてくれたんだろ」
ありがとなと礼を告げた。素直に言う事ができてよかった。
「それで、この後。俺ウインリィの家に行くんだ。機械鎧見てもらってる幼なじみなんだけど」
よかったら一緒に来てくれないかと誘う。自分の用事につき合わせるのは気が引けたが、家に一人でいるよりはましかと思ったから。
「ああ、行ってもいいと言うなら」
ロイが来てから、ウインリィは一度も夕食の時間に現れなかった。六日、彼女の顔を見ていない。こんなに逢わずにいるのは、めったにない事だった。

ロイがいない時、アルにこっそりウインリィはどうしたんだと尋ねてみたら、今週は仕事が忙しいみたいと返ってきた。
出かける準備をして、外に出る。もちろんデンも一緒だ。彼女の家は近く、歩いて十分かかるか、かからないくらいの距離だ。
「あそこがウインリィの家なんだぜ」
腕を伸ばし、指で指した。近くまで来ると、家の隣にある工房の方から音が聞こえた。ウインリィがいる証拠だ。
開け放しになっている工房。外の景色や風が入ってきて気持ちいいの、作業をするには最高の環境よと、彼女は笑って教えてくれた。

ウインリィと彼女の名を呼ぶ。作業台に向かっていた彼女は立ち上がって、こちらを振り返ってきた。
「おはよう。メンテナンス、忘れてなかったみたいね。すっぽかしたらどうしようかと……」
明るい声が途中で途切れ、ウインリィは驚いたような顔をした。ロイを見たせいだろうか。彼の顔は端整といっていいほどだ。
あるいはアルから何も聞いていなかったのかもしれない。
客人だと、ロイを紹介しなければ。
「……来ないかと思った」とウインリィはぼそりと呟いた。
彼女らしくない声だった。
『誰が』来ないと思ったのか。自分が。ロイが?頭が混乱する。アルがロイを知っていたように、ウインリィもロイを知っていたのだろうか。そういえばアルはどこでロイと知り合ったのか、聞いていなかった。
背後に佇むロイを振り返れば、彼はウインリィに笑いかけていた。
「綺麗になった」
「そんな事で喜ぶ年だと思ってるの。もうアタシも十七になるのに」
きつい彼女の態度が気にかかる。

アルはロイを親しげに迎えた、ウインリィもロイを知っているのなら、逢えた事を喜びそうなものなのに。
ウインリィはロイに対して、それ以上何も言わなかった。デンを撫でた後、自分に仏頂面を向けてくる。笑っていない彼女の顔なんて久しぶりに見たような気がする。
「そこに座って、エド。機械鎧の具合見るから」
エドは言われるまま、工房の中にある椅子に腰掛けた。ロイを知っているのかなど、聞ける雰囲気では到底なかった。
「そっちは隣の部屋にでも行ってて。お茶があるから、勝手に飲んでちょうだい」
ウインリィが扉を示す。ロイが先に帰ってしまわないか不安で視線を向けると「終わるまで待っている」と言ってくれた。デンも尻尾を振って、ロイについていく。
エドは左脚を台の上に乗せた。まずは足、次に腕を見てもらう。

「最近はどう?痛いところはない、平気?」
「ああ、調子いいぜ。大丈夫だ」
よかったと答えるウインリィが顔を傾けると、長い髪が落ちた。彼女はちょっと待ってねと髪を縛り直す。すると隠れていた耳が顕わになった。幾つも光る銀のピアスは綺麗だった。
「なあ。今度、街の方に出たら、アルと一緒に買ってこようか。新しいピアス」
もう少し経てば、羊毛の刈り取りが始まる。
そうすれば幾ばくかの金が入るから、銀のピアスだって買えるはず。ウインリィはなかなか返事をしてこなかったので、心配になった。
「ウインリィ?」と顔を覗き込むと「ありがとう」と笑い返してくれた。何故 だか彼女が泣いているように思えて、どきりとした。しかし、その頬は乾いている。涙はこぼれていない。
「どんなのがいいか、考えてくれよ。それとも俺が選んでやろうか」
「嫌よ、エドの趣味おかしいんだもの」
考えておくねと答えるウインリィの声は、いつもと違う気がする。気づかない内に、彼女を傷つけてしまったのではと不安になった。
彼女の耳にあるピアスは、全て自分達が買ってきたものだという事を覚えていなかった。
そしてこれからも思い出す事はない。失くしてしまった過去まで取り戻す事はできない。あれは蝶に姿を変えて、逃げていってしまった。

メンテナンスには結構な時間がかかった。ロイはもう家へ帰ってしまったかもしれない。
ウインリィが「まだ待ってくれてるわよ」と確信ありげに言う。ロイと仲が良いのか、不仲なのかわからない態度を見せてくる。
隣の部屋を覗くと、彼女の言うとおりロイが座っていた。デンもロイの足元におとなしく座っている。


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