Learn to Be Lonely 3あまり長く一緒にいて、心に秘めている嘘や計画を気づかれては困る。 本当に、少しの時間が欲しいだけなんだ。顔が見たい。そして声が聞きたいと思って、ロイの元へやってきた。暖かい場所に二人でいたら、自分はますます弱くなってしまう。 この嘘を、懺悔してしまいたいとすら思うかもしれない。 「少し、留守にするから、あんたの顔見に来た。元気でやっててくれよな」 言える範囲で、正直に思っている事を伝えた。殊勝だなと、いつものようにからかってくるだろうか。そうしたら、俺はいなくなるからあんたの邪魔する事ないだろ、安心してくれよって言うんだ。 ロイはしばらくの間、何も答えなかった。自分達の間には、雨と共に沈黙が落ちてくる。ロイが口を開かないので、自分もその後の言葉を告げる事ができなかった。 一体どうしたんだろう。 訝しく思った頃、「私が行かないでくれと言ったら、ここに残ってくれるか」とロイの声が返ってきた。 それは低く、沈んだ声だった。 ロイの願う事なら、どんな事だって叶えたい。本当にそう思っている。しかし今更任務を放棄する事はできない。それに、この任務はあの男の梃入れで決まった事だ。 果たした後、お褒めの言葉というものを頂戴するだろう。そしてまた脅しをかけてくるはずだ。 脅迫は一気にではなく、少しずつ相手の体力を奪っていくやり方が効率的だ。 その時が『心中』を仕掛ける機会だった。 もしロイが無理やり自分を留めてきたら、あの男とロイの間に軋轢が生じてしまうかもしれない。あいつの敵になるのは、自分一人でいいんだ。ロイが関与しなければ、その経歴に傷がつく事はない。 「残るのはさすがに無理。俺でできる事、何かあったか?戻って来たら聞くからさ」 それは嘘だ。戻って来てもロイには逢わない。今日が最後だから、こうしてやって来たのだ。 「……すまない、私もたまには無理を言いたくなるんだ。君は私の錬金術師だったのに。今となってはつれないな。それだけ大人になったという事か」 ロイは苦笑を浮かべる。 自分も彼の錬金術師でいたい。鋼のと呼ばれて、笑いかけてもらいたい。しかしどれだけ望んでも無理だ、資格を失くしてしまったから。 会話はそこで途切れた。雨が止む気配はなかった。この分では明日も降り続けるだろう。いつまでも外にいられない。そろそろ離れなければ。 伝えるべき事を何も言えないまま別れるしかないのか。 ロイに逢えるのは最後なんだぞと心の中で繰り返す、もっとあるだろう。言うべき事が。考えていないで喋れ。そうでなければ離れろ。 焦る心ゆえに、言わないと決めていた言葉がぼろりと口からこぼれた。 「俺は、つれなくなんてねぇよ。昔も、今もあんたの錬金術師でいたいと思ってる」 こんなにも好きなのに。 「それは嬉しいな。だったら戻ってきた時には、また私のそばに帰ってきてくれるか」 閉じ込めてしまいたいなど、言った私を許してくれるかと、ロイが尋ねてくる。 エドはその言葉に目を見張った。自分の思っていた意味とは違うのか。だったらどういうつもりでロイは告げてきたのだ。わからない。頭が混乱する。 そうして衝動のままに、想いを口にしていた。 「……もし、俺が。あんたの事を好きだって言ったらどうする」 好きだなんて、一生言葉にしないと決めていたのに。意思が弱くてつくづく嫌になる。嫌になるなら直す努力をしたらどうだと、エドは自分を嘲笑った。 ははと嗤って、それから顔を伏せた。ロイの顔を見る事ができなかった。どんな表情を浮かべているか、確かめる勇気などなかった。震えそうになる指を抑える為に、手を握り締めた。 「私も君が好きだよ、鋼の」 ロイの返答は、自分を軽蔑するものでも侮蔑するものでもなかった。だからよけいに苦しかった。 ロイは確かに自分を好きでいてくれている、ただそれは自分の想いとはまた違うものだ。 俺はそういう意味で言ったんじゃないと、今更訂正する気も起きなかった。訂正しない代わりに「それは光栄だ」と彼の口調を真似てみた。 「……俺は、あんたの事がすげぇ好きだから。だから、あんたも俺を好きだって言ってくれるなら、両思いだな」 軽口でごまかして何になる。一言一言、口から言葉をこぼす度に、心臓が痛くてたまらなかった。心臓が破けて血がどくどくと流れているのかもしれないと思った。それ程の痛みだった。 馬鹿な真似をしている自覚はあった。彼を好きになる事すら許されないとわかっていた。 「本当だ。私は君が大切だ。誰よりも」 その言葉で十分だと思わなければ。彼の信頼を裏切ってはならない。 「俺もだ」と、エドは呟いた。もう逢えないけれど、この命が終わる瞬間まで、あんたの幸せを祈っているから。 エドは背を伸ばして、彼の襟元を掴んで引き寄せる。 問う間を与えず、その唇にキスをした。ロイの唇は冷たかった。自分のそれは雨に濡れていた。初めて触れた。これが最初で最後だ。 「俺も大切だ。好きだ」ともう一度呟いた。 これで意味が知れてしまうだろう。 ロイはそれでも優しいから、軽蔑はしないかもしれない。ただもう自分を好きでいてはくれない。 「すげぇ好きなんだ」 言葉が全く足りないと思った。この気持ちを現す言葉など思いつかない。 行かなくては。だが走り去る事はできなかった。ロイは腕を伸ばし、エドの手首を取ってくる。硬い皮膚、それに冷たい体温が伝わってきて、こんな時であっても、心臓が騒いだ。だって仕方ないだろう。好きな男に触れられているんだ。 「今のはどういう意味だ。教えてくれ、鋼の」 捕まれた手首、力を篭められ骨が軋んだ。 こんなにも臆病で勇気がないのに、意味を話すなどできるわけがない。離してくれ、痛いと言い募れば、ロイは我に返ったように腕の力を緩めてきた その隙をついて彼から逃れる。傘の外に出れば、大粒の雨が自分を襲った。髪も顔も、服も全て濡れそぼった。今なら泣いても気づかれないだろうと思った。しかし涙は出てこなかった。泣けば感情が昇華されて、楽になれるだろうに。 「好きだけど。俺は、すげぇ好きだけど……あんたのそばにいる資格がないんだ」 何故なら自分はもう錬金術師ではないからだ。それだけは言えなかった。 懺悔する事は自身に禁じていた。許しを請うような卑怯な手段を取るなら、最初から嘘をついてはならなかった。 エドはそれだけを言い残し、雨の中走り去った。息をするのも苦しかった。全身が冷たくてたまらなかった。 一生知られぬ嘘などあるわけがない。それをわかっていながら、自分は彼を騙したのだ。 |