Learn to Be Lonely 2



翌日、朝から空は重い雲に包まれていた。太陽は隠れ、街は暗く沈んでいた。外れにある工場が煙を吹き、灰黒の雲を増やしていた。
今日は雨が降るだろう。空気が水気を含んでいる。
傘をと思ったのだが、あいにく官舎の部屋にそんな上等なものはなかった。どこかで買えばいいと思って、エドは街に出て行ったが、それから程なく雨が降り出し、傘はあっという間に売り切れてしまった。

雨の中、濡れながら傘を探し回るのもおかしな話だ。傘を手に入れる事は諦めた。帽子を被ってるし、コートも羽織ってる。濡れる事はそうないだろう。
これからどうしようか。夜まではまだ相当あるが、時間のつぶし方など知らなかった。
同じ年頃の人間は、何をして過ごしているんだろう。旅をしていたせいで、友人もいなかったので、誰にも聞けなかった。
仕方がないので、街中にあるカフェを何軒か梯子した。場所を転々と変えたのは、つけられていないか見る為でもあった。
前なら暇つぶしに文献を読んだり、古書店に行ったり、新しい錬成式を研究したりする事が多くあったが、今は何もなかった。
これが自分の選んだ結果だ。

エドは一人ぼんやりと椅子に座って、止まない雨を眺めていた。懐中時計で時間を何度か確かめたが、なかなか夜は訪れてくれなかった。
何軒目の辺りでか。雨が降り続く中、空が段々と暗くなっていって、ようやく夜がやってきてくれたのだと知った。
今日は一日が長かった。
カフェを出て、石畳の道を歩いていく。傘を買わなければと、また思ったが探すのが面倒だった。これだけ濡れてしまってから、差す意味があるのだろうか。
傘はもういい。

街外れまで来れば、通行人の数も減ってきて、最後には自分しか歩いている者の姿がなくなった。
ガス灯が何本か立っていたが、電気の配給がうまくいっていないのか、ついたり消えたりと瞬きを繰り返していた。人の瞼のようだと、エドは思った。
ロイの今の住まいは、誰かから譲り受けたのか、鉄錆の門に囲まれた古い屋敷だった。
東方司令部の頃も、彼はこんな屋敷に住んでいた。
一人きりで寂しくないのかなと思い、それを聞いてみたら、寂しいがいらないとも言えないんだと、冗談めかして答えてきた。
彼の負う地位は、普通妻と子どもがいるような年齢の男のものだ。こういった地位に見合った建物も必要になってくるんだろう。

いつか結婚すんのかな。『大佐』も。結婚してるところ想像つかねぇのは、何でなんだろう。
エドは街路樹の下に一人佇んでいた。ここなら雨もそんなに当たらないかと思ったが、枝葉の隙間からまとまった水が落ちてきて、返って大変だった。しかし地面に足が囚われてしまったかのように、動く事ができなかった。疲れているのかもしれない。
服にも靴にも水分が染みこんで、どんどん重みを増していった。普段身に着けている制服より重かった。体にべったり張り付いて気持ちが悪い。いっその事コートを脱ぎ捨ててしまいたいと思った。
帽子の庇からも雨粒は垂れて来る。濡れた手で顔を擦ってみたが、そうすると水滴が目に入って、開けていられなくなった。
今更ながら風邪を引いたらどうしようかとも思った。軍に入って訓練を重ねてきたら、これくらいの雨は平気だろう。

どれくらいそこで待ったか。
道の向こうから、ヘッドライトの灯りが滲んで見えた。それにエンジンの回る音。あの軍用車には、ロイが乗っているに違いない。
予想は当たった。軍用車からロイが降り立って来た。どんな表情をしているかまでは、影になってわからない。外に出ようとする運転手をとどめている。
車が走り去るのを待って、エドはロイの前に姿を現した。
ロイは一瞬目を見開き、軍靴を鳴らして歩み寄ってくる。傘を差しかけられ、ようやく雨粒から逃れる事ができた。
「何をやっている」
厳しい声をかけられる。それは雨よりも冷たかった。こんな馬鹿な真似をして、ロイが怒るのは当然だ。無視して通り過ぎられてもおかしくはないのに、それでも傘を差しかけてくれた。
呆けている場合ではない。エドは頬に滴る雫をぐいと拭い去り、ロイの顔を真っ直ぐに見つめた。

逢ったらまず何と言おうか、ずっと考えていた。ロイの邪魔をしないという事を、うまく伝えるにはどうすればいいかと。
本当は何を言いたいかとかじゃなくて、顔が見たかったんだ。それだけだったんだ。俺は。
「ここで待ってれば少将に逢えると思って、ごめんな。おかしな真似して」
司令部じゃ何も話せないからさと、エドは言葉を足す。どうか今日だけは自分を拒まないで欲しいと願いながら。
ロイから何の返答もない事に焦った。やはりおかしく思われている。どうしよう、何と言って許しを請おうか。いつもの強気な態度を作れない。狼狽して指先が震えた。機械鎧が、かちかちと音を立てた。
「そんな事はいい。いつからここにいるんだ、鋼の。何度も言っているだろう。あまり心配をかけるなと」
ロイは自分が震えているのを、雨に濡れて寒いと思ったようだった。二の腕を取られる。あんたまで濡れるからと慌てて離れようとしたが、ロイはそれを許してくれなかった。
「早く家の中に入ろう。散らかってて悪いが」
「いいんだ、すぐに帰るから、俺。ちょっとだけ逢いたかった、だけだから」
ここでいいと、エドは首を振った。


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