Think of Me 4



手紙は軍部の焼却炉で、こっそり焼こう。今の自分では焔を錬成する事もできない。エドは机の上に手紙の束をそっと置いた。
作りつけのクローゼットを開いて、中を見る。服や何かはまとめて捨てればいい。これで荷物の整理はついてしまった。あっけないものだ。
大して時間は必要なかった。制服を脱ぎ捨てて、ベッドに寝転がる。スプリングがぎしりと音を立てた。そのまま天井を睨むように見つめた。
『君を閉じ込めてしまいたい』
執務室でのロイの言葉が、甦ってきた。あれはどういう意味だったのか。もしかして彼も自分の事を好きでいてくれたのかなんて、浮かれるつもりはない。
そんな事、万に一つもありえないのだから。いや、大切に思ってはくれているだろう。昔なじみの子どもとしてだ。

自分の抱く好意とは種類が違う。冷静に考えなければと言い聞かせる。もしかして、とうの昔にこの嘘は知れているのだろうか。それが考えた中では確率が高かった。
この嘘によって、彼の地位が脅かされ、危うくなると思っての言葉だろうか。ロイは優しいから、自分を切り捨てられないのかもしれない。
安心して欲しい。ロイの邪魔だけはしないと決めている。
だからこの任務を受けたのだ。
正直、ロイに嘘が知れる前に死にたかった。その時道づれにしたい奴がいる。
自分を脅してきた。営倉から出してくれて、夜会に誘ってくれた男を。

考えている内に瞼が重くなって、うとうととエドはまどろんだ。一昨日も昨日もろくに寝ていなかったせいで、珍しく眠気が訪れてくれた。
その夜は珍しく夢を見た。
自分はリゼンブールでアルと暮らしていた。羊を飼って、花を摘んで墓に捧げて、ウインリィに花冠を上げたいのに、うまく作る事ができなかった。
陽が暮れれば、アルとウインリィと三人で夕食を食べる、そして一日が終わる。毎日はそんな風に穏やかに過ぎていった。
そこにロイがやってくるというものだった。夢であっても自分は相変わらずロイが好きだった。最初は警戒していたくせに、段々と好きになっていって。好きでたまらなくなって。
軍人なんてやめて、ここで暮らせばいいなど馬鹿げた事をロイに言っていた。あんた一人くらい養ってやるからとそんな台詞を口にして目が覚めた。

エドは目を開けたまま、しばらくぼんやりとしていた。夢の余韻からなかなか抜ける事ができなかった。
荒唐無稽な話だった。まさしく夢だと思った。夢以外の、何物でもない。ただ、できる事ならもう少し見ていたかった。故郷であるリゼンブールを、大切な二人を。そして、ロイを。
夢の中のアルとウインリィは、記憶にあるより大人びていた。ロイだけが変わりなかった。穏やかな声も、濃藍のきつく鋭い眼差しも。そのくせ笑うと、途端に優しく見えるその顔も。
嘘やこの気持ちが知れるのではないかと、怯えずにすんだ。何の不安もなかった。すぐに目覚めた事が、少しだけもったいなかった。
「……何て夢だ」
声が掠れた。思っていたよりも弱い響きの声に自分で驚いた。疲れているのかもしれない。
「アルと、暮らしてて。ロイとか言えないって思ってたな……」
彼を名前で呼んだ事は、一度としてなかった。十一歳の時に出逢ってそれからこの六年、一度としてだ。エドは思い立って男の名を口の中呟いてみてから、きつく目を閉じた。それからまた目を開けた。
夢に見た光景に憧れはすまい。これが自分の選んだ現実だからだ。
最後にいい夢を見る事ができたと思おう。

エドはベッドから立ち上がって、洗面所に向かう。冷たい水で顔を洗えば、見た夢はどんどん遠のいて、消え去った。
これじゃ街の子どもに見えないな。どこで自分を見知った人間に会うかわからない。外見を少しでも変える必要がある。なるべく人目につかない外見にしたいのなら、この髪は邪魔だ。
様々な理由をつけて切れなかった髪。いい機会だ。髪紐を外せば、頬に金の髪が降りかかってきた。
切った上で、この髪を染めてしまおうか。目の色までは変えられないから。沈んだ茶の色の自分を見れば、どこにでもいる子どもに見えるのではないかと思う。
鋏ならあったはずだ。それを探し出してまた鏡の前に戻ってきた。適当に鋏を入れていく。洗面台の中に金の髪が乾いた音を立てて落ちていった。
切っていく内に、頭が軽くなる。

髪の短い自分を見るのは本当に久しぶりで、他の誰かを見るような思いを抱いた。不思議に思って、鏡に手をついて覗き込んでみる。鏡に映る何者かは、血のつながった弟とあまり似ていなかった。
夢の中で見た弟。彼とは髪の色が違う、目の形が違う。思えば、小さい頃からあまり似ていない兄弟だった。おそらく自分は父親似で、弟は母親似なんだろう。優しげな母の面影、そこに人体錬成を行った晩に見た、死体の記憶が被さっていく。
あの死体が母ではなくても、自分は人の死を暴いた恥知らずだ。罰せられるべき行いをした自覚は、常に心にある。
間隙を突いて、記憶は甦ってくる。そして体が痛みを覚える。腕と脚を失った苦しみ。旅の間に負った傷を思い出すのだ。しかし今はすべき事がある。そう言い聞かせて、折れそうになる心を立て直す。
精神面が弱くて嫌になる。

昔はこんなんじゃなかった。弟がそばにていてくれたからだ。一人は寂しく、辛い。そんな弱音を吐いていたら、あの男を殺す事ができない。しっかりしろ。弱さを振り切るように、頭を振る。
「殺してやる」
必ず、息の根を止めてやる。
どこで気づかれたのだろう。自分の力がもうない事を。
直轄府に提出したレポートが原因だ。ミスがあった。錬金術を行使して、確認すれば防げた些細なミス。ステイラーがそれを指摘してきた時、自分の状況が手に取るようにわかった。
周りに吹聴せず、脅しの材料として使ってきた。そこにまだ希望がある。任務を遂行している間に準備をしよう。殺す準備だ。
一緒に地獄に落ちてもらう。許されぬ嘘をついたのは自分だが、このまま済ませるつもりはない。道連れにしてやるんだ。一人で死ぬのは寂しかったから、ちょうどよかった。

あいつのいけ好かない趣味は、知れ渡っている。俺たち二人で一緒に死んだら何も残さなくても、周りが好きに騒いでくれるさ。
心残りと言えば、最後までロイに迷惑をかける事だった。彼の錬金術師である自分が、他の男に無理心中をしかけたら。ロイの名誉に傷が残る。それは避けたい。何かもっと証拠を作って残してやるとしようか。その為の準備をしなければいけない。

不安はあるが、やるしかなかった。まだ時間はある。大丈夫だと微笑んでみせた。笑おうがどうしようが、相変わらず可愛げない顔をしていると思った。
「待ってろ、俺が殺してやるから」


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