Think of Me 2



ロイは椅子に座って、自分の身支度が終わるのを待っていた。眼差しは暗く深い色をしていて、何を思っているのか読めない。
だからつい心配になって、退屈じゃないかと聞いてしまった。自分ひとりが楽しいと思っているのではないかと。
口にしてから、相手を試すよう事を聞いてしまったと、気づいた。
ロイはどんな顔をしているだろう。こんな事を聞く自分に失望したり、本当は退屈だと思っていて、それが顔に出ていたらどうしようか。
気になってロイを見れば、自分を安心させるように笑い返してくれた。心配は全て外れた。それにほっとした。
「楽しい。こんなにのんびりするのは久しぶりだ」
「本当か?楽しいって」
ああと、ロイは頷いてくれた。
エドはそれ以上、ロイの言葉を疑わなかった。ロイは嘘をつくような人間ではないと、無条件に信じる事ができた。
「エドといるのは楽しい」
その言葉を聞いて、心臓がまた早鐘を打ち始めた。
日常を変えたロイの存在、しかし彼は後数日もすれば、いなくなってしまうのだ。寂しいと感じるのは、今日はこれで何度目だろう。
初めて逢った時、一週間は長いのか、短いのかと思った。ちっとも長くない。
彼がいなくなれば、また元の生活が始まるだけ。穏やかで優しい日々。それに不満があるわけではない、ただ寂しく思う。

でも、もっといてくれなんて我がままは言えない。言ったとしても叶うわけがない。きっと軍人という職業は忙しいものなんだ。
「後三日だな」
気づけば、ぽつりと漏らしていた。
「ああ、私がいる期間か。数えていてくれたんだな。少しは寂しいと思ってくれたか?」
からかうように尋ねてくるので、寂しい、もっといればいいのにと答えた。いつものように意地を張る気にならなかった。
ロイは少し驚いた顔をしていて、君がそう思ってくれるならと、そこで言葉を切ってきた。
思ってくれるなら、嬉しい?また逢いに来たい」?
続く言葉を待ったが、ロイはそれ以上何も言わなかった。期待した顔で、彼を見てしまったのかもしれない。結局その話はうやむやになってしまい、今日はこれ以上それについて深く話す事はないだろうと感じた。


それから「君が何をしているのかもっと知りたい。今日も一緒に行ってもいいか」とロイに請われて、エドは頷いた。
大した事はしていない。羊を追い、花を摘む。子どもでもできるような事だと改めて恥ずかしくなった。
今まで一人でいたから、それを恥ずかしいと思わなかった。
もっと、色んな事が出来るようにならなければいけない。そしてアルとウインリィの助けにならなければ。ロイに逢って、そう気づく事ができた。

家を出て、小高い丘に登っていく。中腹から見るリゼンブールの景色は美しく、それをロイに見せたかった。頂上には、母の墓がある。
墓に捧げる花を摘むのを、ロイは手伝ってくれた。
ふと思い立って「花冠のつくり方を知っているか」と聞けば、ロイは真面目な顔をして「知らないが、試してみよう」と言ってくれた。
いつもウインリィに花冠を作ってやりたいと思っていた。長い金髪に映えるはずだ。
しかし冠のつくり方を聞いても、摘んだ頃には忘れてしまっている。アルが一緒に行こうと前に言ってくれたが、それには首を振った。忙しいアルにつきあってもらうのは悪いと思ったから。

試してみようとロイは言ってくれたが、彼は自分よりも不器用で、驚いた。
ロイみたいな大人にできない事なんて一つもないように見えたのに。失望したわけではない。返って安心した。ロイの事を一つ知ることが出来て、嬉しかった。
冠の形にもならない。自分たちの周りには摘んだ花がいくつも散らばって、それもまた綺麗だった。

一日中外にいたせいで、家に帰る頃には、互いの体からは花の甘い匂いがした。髪に花びらがついていると言って、ロイが手を伸ばして取ってくれた。礼を言おうと思って顔を上げて、どきりとした。
人に、こんな目で見られた事がなかった。アルもウインリィも優しい目で、自分を見てくれる。けれどロイの眼差しはそれよりも深く甘かった。自分の勘違いではないように思えた。
朝にうやむやになってしまった話、今だったら続きを話す事ができるかもしれない。ロイはあの時、何と続けようとしたのか気になる。
彼に関してなら、本当に記憶が続くと我ながら感心した。朝に話した内容を細かく覚えているなんて。

「一週間しか休暇が取れないって。軍人って忙しいんだな」
そう話を振ると、ロイは苦笑を浮かべてきた。「忙しいふりをしているだけかもしれない」と意外な答えが返ってきた。
「ロイは軍人の仕事が好きなのか」
「好きか嫌いかは問題ではない、約束したから私は軍人でいる」
誰と約束をしたのか。そこまでは聞けなかった。さすがに図々しいだろう。けれど気にかかってしかたなかった。どうせ聞いても、いつまで覚えていられるかあやしいのに。いや、もしかしたら良くなってきているのかもしれない。
現に朝の会話を覚えているのだから。自分がこんな詮索好きだとは思わなかった。アルやウインリィの事なら、全て聞かずとも大丈夫だと安心感がある。だからアルが弟で、ウインリィが幼なじみであるという事以外、ろくに知らなかった。
「きっと、約束した相手もあんたの事待ってるんだろうな」
言葉にすれば寂しくなった。こんな事で拗ねるわけにはいかない。
「わからない、待っていてくれればいいと思っているが」
「きっと待ってる。だって俺だったら待つから」
ロイは驚いたように目を見張る。自分はおかしな事を言っただろうか。それを聞く間もなく。ロイはありがとうと礼を告げてきた。

この男は何て心に染み入る声を出すのだろうと思った。そして、こんな深い眼差しを注いでくるのはどうしてなんだろう。
何で俺の事を、そんな目で見るんだと聞きたかった。聞きたい事ばかりだ。全部聞いていたら、ロイも嫌になってしまうに違いない。やっぱりこの話はおしまいにしよう。 口を突いて出た言葉は思っていた事と全く違うものだった。
「でも、約束してても。それがロイにとって大事でも。軍人って戦争に行かなきゃいけないんだろ、やめた方がいいんじゃねぇ」
よく知りもしないくせに、わかったような事を口を聞くのはやめろ。けれど止まらない。まるで誰かが自分の口を借りて喋っているようだった。

誰か。過去の自分なのだろうか。ロイは無言のまま、何も答えようとしない。きっと困っているんだ、自分が馬鹿な事を言うものだから。
沈黙に耐えられず、エドは言葉を継いでいく。本当はこんな事が言いたいんじゃない。なのに止まらない。
「軍人なんて、もうおしまいにして。ずっとリゼンブールにいればいい。あの家で一緒に暮らして、あんた一人くらい養えるから。俺がもっと働けるようになって」
ロイはそうだなと一言呟いてきた。
その声があまりに優しくて、胸が熱くなった。こめかみの傷もまた熱く、そして痛い。いつものように少し我慢すれば治まってくれるような痛みではなかった。突然、激しい痛みが襲ってきたのだ。

まずいと感じる。何も知らないくせに勝手な事ばかり言うから、体がそれを罰しようとしているみたいだ。エドは耐えられず、左の掌で傷跡を抑える。目を強く瞑れば、暗闇の中、火花が散った。痛みのせいだ。
早く治まれ、早くと呪文のように繰り返したが、傷はエドを苛むばかりで、落ち着いてはくれない。誰かと助けを求める。
ロイは「どうした」と心配そうに声をかけてくる。エドは歯を食いしばったまま、頭を横に振った。
そうすると、余計に痛みが酷くなった。何か頭を固いもので叩かれているようだ。足が震えて立っていられない。力が抜ける。ロイが腕を伸ばして、自分の肩を掴んできた。力強い掌。低い体温が伝わってくる。懐かしさを覚える自分はおかしいのか。
彼を感じられたのはそこまでだった。

意識が奈落の底に落ちていく。一人落ちていきたくはないのに。ロイの呼ぶ声を最後に聞いた。
鋼のなんて、何だよそれ、俺の名前はエドだ。エドワードと呼んで欲しいと言いたかったが、声にはならなかった。


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