カリカチュア
「ダメか。ここもしっかり有刺鉄線で囲まれてる」
グラウンドから少し離れた場所にあるプールへやって来た桃城は、ぐるりと周りを取り囲む有刺鉄線を見てがっくりと肩を落とした。
豹変した岸沼良樹を体育倉庫に閉じ込めてから出口を探してリョーマや海堂と共に学校の敷地内を探索しているが、一向に事態は好転しない。
校舎内で発見した神尾達の死体を見る限り、やはりここには自分達だけでなく複数の人間が閉じ込められているようだが、手塚や不二の姿は未だに確認できていない。
ここにはいない可能性もあるし連絡手段がないので手当たり次第に探し回るしかないのだが……。
「海堂先輩、どうかしたんスか?」
警戒するように辺りを見回す海堂にリョーマが声を掛けると、海堂はもう一度辺りに気を配ってそれから視線を前に戻した。
「誰かに見られてるような気がする……」
「……俺は何も感じないけど」
「気のせいだろ。それよりこれからどうする?もう行ける場所は全部確認しちまったぞ」
桃城の言葉に海堂も小さくため息をついて空を見上げた。
校舎内にいた時は微かに雨の音が聞こえていたのだが、今日は一日中快晴だと乾が言っていたし、地面が濡れている様子もない。
プールには水が張られているせいかプールサイドは濡れているが、これは雨によるものではないだろう。
だが夜とは言え、空はどんよりと黒い雲に覆われていて今にも雨が降り出しそうな天気だ。
「やっぱりこの有刺鉄線をどうにかするしかねえか」
「ワイヤーカッターとかで切るとか?」
「後はペンチでもあれば切れなくてもどかすくらいできるかもしれねえ。まあさすがにドライバーじゃ無理だけどな」
「ここでじっとしてても仕方がねえ。校舎内に戻るぞ」
海堂の言葉に二人が頷き後に続こうとした次の瞬間、突然更衣室の陰から何かが飛び出して桃城と衝突した。
「うわっ!」
不意打ちに足を滑らせた桃城が体勢を崩しプールへ落下する。
だが……それがいけなかった。
見た目では判断できないが、プールには"電気"が流れていたのだ。
「桃先輩……?」
いつまで経っても上がって来ない桃城に不安を覚えたリョーマが手を伸ばそうとするが、その手を海堂が掴んで無理やりプールサイドへ引き戻した。
「触るな!」
野生の勘と言ってしまえばそれまでだが、海堂はプールへ来た時から嫌な予感がしていたのだ。
この氷帝学園には何者かの"悪意と殺意"が渦巻いている。
大石と菊丸が無慈悲な罠で命を落としたように、ここでは生と死の境が酷く曖昧だ。
無邪気な子供が笑顔を浮かべながら蟻を踏み潰すように、目に見えない殺意が容赦なく襲い掛かって来る。
おそらくデスゲームを仕掛けた犯人にとって、"これ"は本当にただのゲームに過ぎないのだろう。
集められた人間はプレイヤーという役目を与えられた、ただのモルモット。
邪悪な罠を仕掛けてそこに掛かった哀れなネズミを嘲笑う。
ただそれだけのゲーム。
だが罠だけでは賢いウサギは捕まえられない。
だから犯人はゲーム盤の上に"反乱軍"という名の駒を登場させたのだ。
その駒がたとえ自分の思い通りに動かなかったとしても、犯人にとってはさしたる問題ではないのだろう。
プレイヤーが反乱軍を倒したのなら万々歳、そうでなくともよりゲームを盛り上げてくれればそれで十分。
その程度の思惑なのだろう。
だからこそ余計に恐怖を感じるのだ。
生命を軽んじているのではなく、命の重みを知りながらそれをもゲームの駒として扱うその狂気に。
「なんで……」
ぽつりとリョーマが呟き、海堂は唇を噛み締めて正面に立つ人間を睨みつけた。
「てめえ……!」
「……フフ、アハハハハ!!」
桃城を突き飛ばした眼鏡の男子生徒は狂気じみた笑みを浮かべて携帯電話のカメラをプールへ向けた。
「ほら、やっぱり人間は脆い!今まで必死に生きてた奴がここでは簡単に死んでいく。ここはそういう場所なんだ。誰も逃げられはしない!」
カメラのシャッター音とフラッシュだけが点滅を繰り返している。
男子生徒は右手に持った携帯電話でプールを……プールに浮かんだ桃城の死体を撮影していた。
観光地で騒ぐ旅行者のように、興奮した様子で何度もシャッターを切る。
だが撮影した写真に不満があったのか、すぐに冷静さを取り戻して小さなため息をついた。
「ああ、やはりダメだな。水に浸かったせいか良い画が撮れない。これじゃ普通の写真と同じだ。もっと過激に、もっと美しく、何もかもさらけ出した姿でないと完璧とは言えない」
血でどす黒く変色した指で眼鏡を押し上げながら男子生徒は携帯電話をポケットにしまった。
そして改めてリョーマ達に向き直ると、そこで初めて生きた人間に気づいたように口を開いた。
「……他校の生徒か?俺……僕は如月学園二年の森繁朔太郎。クラスメートの鈴本繭を捜してるんだが知らないか?」
森繁と名乗った男子生徒は、さっきとはまるで別人のように落ち着いていて意識もはっきりしているようだった。
だが目の前にいる森繁が殺人犯である事は変わらないし、冷たい瞳の奥には得体の知れない獣が潜んでいるような気がする。
「ふざけやがって……!」
仲間を殺された怒りと悲しみが心を覆い尽くし、海堂は強く拳を握り締めた。
「海堂先輩!」
だがその手をリョーマが掴んで止めた。
いつも冷静で何があっても弱音など吐かないリョーマの瞳が不安に揺れているのを見て、海堂は自分を落ち着けるように深く息を吐いた。
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