カリカチュア
パソコン実習室の椅子に座り、揺りかごのようにゆらゆらと体を揺らしながら丸井ブン太はぼうっと天井を眺めていた。
他にやる事がなかったので仕方なくそうしていたのだが、遂に限界を迎えてブン太は椅子から飛び降りて思いきり叫んだ。
「遅い!!ったく、何やってんだよ赤也の奴!本当にここへ向かってんのかァ!?」
待ちくたびれてシャウトするブン太と同じように、ジャッカルもまた腕組みをしながら深いため息をついていた。
「確かに遅いな。あれから連絡もねえし」
「あいつらがここで待ってろって言うから待ってんのに、何なんだよもう!」
「俺に言うなよ。仕方ねえだろ。何度電話したって繋がらねえんだから」
ジャッカルは携帯電話を確認してみるが、やはり赤也からの着信はない。
最も赤也は自分の携帯電話を持っていなかったので、正確には宍戸の携帯番号が表示されていたのだが、同じ番号に何度掛け直しても応答はなかった。
そもそもブン太とジャッカルは宍戸の連絡先を知らないし、最初に電話した時も警察に電話を掛けたのであって宍戸に電話したつもりはなかった。
110番に電話したのだから番号を間違えるはずもない。
だが電話は何故か宍戸の携帯電話に繋がり、たまたま側にいたユキと赤也と話す事ができた。
話を聞く限りどうも同じ学校にいるようなのだが、未だに音沙汰がない。
あれからもうだいぶ時間が経っているように思うのだが……。
「いつまで待ってればいいんだよ。早く帰んないと弟達が拗ねて口きいてくれなくなるじゃん」
「親に心配掛ける訳にもいかねえしな。はあ……仕方ねえ。あいつら捜しに行ってみるか?」
「けど行き違いになったらマズくね?」
「置き手紙でも残しておくか」
ジャッカルはそう言うと教室内で見つけたコピー用紙に鉛筆でメモを書き、目立つようホワイトボードに貼り付けて教室を後にした。
二人がいるのはユキ達の反対にある南棟の地下だったが、一番広い多目的ホールには入れず、他の教室にも人の気配は全くなかった。
渡り廊下と階段も防火扉で塞がっていて通れなかったのだが、ふと見るといつの間にか防火扉の近くにあるガラス扉が半分開いていた。
「やった!」
思わぬ出口を見つけて外へ飛び出すが、大階段の先にある正面入り口を見て二人は茫然と立ち竦んだ。
「何だよ、これ……」
「嘘だろ?」
ぐるりと取り囲む有刺鉄線。
刑務所にでも迷い込んだかのような感覚に陥る。
「なんでこんなんなってんだよ」
「俺が知るかよ。とにかくこれじゃ外に出られねえぞ」
「くっそー、馬鹿にしやがって!」
近づいて確認してみるが、有刺鉄線はまるでクモの巣のように張り巡らされていて抜け出る隙間もなかった。
腰ほどの高さならば、多少の怪我は承知の上で無理をすれば乗り越えられなくもないが、学校の周りを取り囲む有刺鉄線はほとんど校舎と同じ高さまで張られている。
これではとても自力で脱出する事はできない。
「どうすんだよ、これ」
「登るのが無理なら切るしかねえだろ。向こうに体育館っぽいのがあるし、ワイヤーカッターとか探せばあるんじゃねえか?」
「はあ……」
ため息をつきながらブン太はジャッカルの後に続いて体育館の中へと入って行った。
「暗くて何も見えねえ」
「気をつけろよ、ブン太。もしかしたらどこかに殺人犯が潜んでるかもしれねえだろ」
「わかってるよ」
二人は赤也達と電話で話す前に、本物の死体を目にしている。
一目で誰かに殺されたとわかる無惨な遺体だった。
なるべく考えないようにしていたのだが、暗闇を目にするとつい腰が引けてしまう。
あの女子高生が誰に何の目的で殺されたのかはわからないが、学校を取り囲む有刺鉄線と言い、ここが安全な場所でない事はよく理解している。
だからこそ一刻も早くここから脱出したかったのだが、あの有刺鉄線をどうにかしない限りここから逃げ出す事はできそうにない。
「ん?ブン太、ちょっとこっちに来てくれ」
「どうしたー?」
暗闇に目を凝らしながらジャッカルに歩み寄ると、ジャッカルは携帯電話のライトで自分の手元を照らしながら古びたペンチを見せた。
「お、ペンチじゃん。どこで見つけたんだ?」
「この体育館の隣って武道場になってるみたいで、そこに工具箱があったんだよ。けどさすがにこれじゃ外の有刺鉄線は切れねえな」
「そうか?試してみようぜい」
「いや、無理だろ。ずっと使ってなかったのかちょっと錆びてるしよ」
「んー……じゃあやっぱりワイヤーカッターを探すしかねえか」
「俺もそう思って一度この体育館の周りを調べてみたんだが、向こうに倉庫があったんだ。あそこなら何か使えそうな物があるんじゃねえか?」
「それを早く言えよ!」
思わずブン太がツッコむと、ジャッカルは外を指差して言った。
「それが……誰がやったのか知らねえけど、扉の取っ手をロープで縛ってあって手じゃ解けねえんだ」
「ふーん、ならそのペンチで切れるんじゃね?」
「ああ。試してみようぜ」
二人はいったん体育館の外に出ると、倉庫の扉を縛っていたロープをペンチで切り始めた。
「お、取れたぜ」
「ワイヤーカッターがあればいいんだけどな」
苦笑を浮かべながらブン太が倉庫の扉を開けた瞬間、暗闇から何かが飛び出してブン太の首筋に噛みついた。
凄まじい勢いで激突されてブン太は体勢を崩し地面に倒れ込む。
「ブン太!」
慌ててジャッカルが手を貸そうとするが、ブン太は自分の首筋を手で押さえたまま金魚のように大きく目を見開いていた。
指の隙間から絶えず血が流れ出し地面の土に吸い込まれていく。
「おい、嘘だろ?ブン太、しっかりしろ!!」
「っ……」
ジャッカルがブン太の手をどけてみると、喉の肉がごっそりとえぐられていた。
噛みつかれた時に肉を食い千切られたのだとすぐにわかった。
信じられない思いで振り返ったジャッカルの目に映ったのは、微かな呻き声を上げながら肉を食らう悪鬼の姿だった……。
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