Last Chapter

「悪夢……か。そないな事言われても正直信じられへん。ほんまに見たん?」

「だからさっきからそう言ってるでしょう。俺の目の前で消えたんですよ。ユキと跡部さんが」

日吉の話を聞きながら忍足は困ったように視線を逸らした。

たまたま用事があって慈愛十字病院を訪れたら、そこで偶然にも学生時代の後輩に出会い驚くべき話を聞かされた。

跡部とは仕事関係でも付き合いがあるので今でも連絡を取り合っているが、確かに数日前から連絡が取れないでいる。

だが忙しい身の上なのでそれほど気にはしていなかった。

どれほど多忙でも仕事はきっちりこなすし、周囲に無駄な心配を掛けるような男ではない。

婚約者である刻命ユキの事は忍足も知っているし、パーティー会場でよく跡部と一緒にいるので今でも世間話くらいはしている。

だがその二人がいきなり消えたと言われても、駆け落ちくらいしか頭に浮かばない。

「それで?ユキちゃんはどないしたん?入院の話はさっき聞いたけど病室におらへんの?」

「……」

日吉の視線の先には406号室の病室がある。

そっと部屋の中を覗き込むと、奥のベッドに見覚えのある女性が横たわっていた。

見た感じでは特に異常は見当たらない。

すやすやと気持ち良さそうに眠っているように見える。

ベッドの側には彼女の姉の春菜が座っていて、時折妹の様子を見ては手持ちの本に視線を落としている。

長男の方が医師と話をしているようだが、病状は安定していて命に別状はないらしい。

「ちゃんとおるやん。婚約者が入院しとるのに跡部が来へんから怒っとるんか?」

日吉は深いため息をつくと場所を変えてもう一度忍足に状況を説明した。

「なるほどなあ。せやけど、幾ら何でも考え過ぎるんとちゃう?跡部の事やから急な仕事でも入ったんやろ」

「じゃあ"刻命裕也"の件はどうなるんですか?」

「お前の勘違いや。家族にちゃんと聞いたんやろ?」

「ええ。でも"そんな人間はいない"って言ってましたよ」

「ならやっぱりお前の勘違いや。お前も忙しいんやろ?疲れとるんとちゃうか?」

「……」

日吉は無言で席を立つとすたすたと歩き出した。

忍足は慌ててその後を追う。

「冗談や、冗談。そない怒らんでもええやん」

「もう結構です。俺一人で何とかします」

「意地張らんでもええやん。こう見えてオカルト系には詳しいんやで。それに跡部の件やったら心当たりがあるで」

日吉がぴたりと足を止めて忍足を振り返る。

「勘と言えば勘なんやけど、ずっと気になっとる事があるんや。お前の話と関係あるかわからへんけど」

「何ですか?」

「氷帝にいた頃の話や。跡部に奇妙な話を聞かされた事があるんや」

そう言って忍足が話したのは、跡部が高校時代に話したという"双子の妹"の話だった。

跡部は自分に双子の妹がいて、立海大附属中のテニス部でマネージャーをしていると話していたらしい。

しかし立海の学園祭の日に行方不明となり、誰も妹の事を覚えていないと。

跡部がテニスをしなくなったのはその直後の事だった。

代表メンバーにも選ばれていたのに、突然辞退してそれから一切テニスをしなくなったのだ。

双子の妹とウィンブルドンのミックスダブルスで優勝するという夢を描いていたから、自分だけプロになっても意味がない……跡部はそう忍足に言ったらしい。

跡部がテニスをする事に疲れたのかと思っていた。

正直心配になってカウンセリングも勧めた。

それっきり"妹"の話は聞かなかったし、テニスをしなくなった以外は何も変わらなかった。

けれどあの日からずっと違和感のようなものを感じている。

大げさかもしれないが、世界をひっくり返すくらい大変な事を跡部はしようとしているのではないか。

そんな漠然とした不安を感じていたのだ。

「数日前の交流会で跡部に会った時、面倒事は嫌う跡部がいやに上機嫌で不思議に思ってな。何かあるんかと聞いたんや。そしたらもうすぐ願いが叶うって言っとったで」

「願いが叶う……?」

「詳しい事は俺も聞かへんかったからわからんけど」

「……」

「なあユキちゃん、過労で倒れた言うてたけどそない忙しかったん?」

「それは……」

確かに保育士であるユキは多忙な日々を送っていた。

普段電話で相談を受けていた日吉は、その仕事内容もある程度把握している。

だが職場の環境は良く本人も毎日楽しそうで、充実した日々を送っているように見えた。

学生の頃から見かけによらず頑丈で風邪一つ引いた事のないユキが過労で倒れたと聞いた時は心底驚いた程だ。

そう言えばあの時、跡部と刻命は病院から連絡を受けて来たと言っていた。

しかし実際に跡部は病院を訪れていないし、刻命裕也という人物も存在しない。

病院に登録されているのは入院時に付き添った姉の春菜の連絡先で、緊急時の連絡先にも長男の携帯番号が登録されているようだ。

つまり病院側に跡部と刻命の連絡先は登録されていなかった事になる。

ユキが呼び出したのは自分だけなら、二人はいったい誰に呼び出されたのか。

病院の地下にあった儀式のような部屋も気になる。

だが病院とは無関係の人間が地下室を調べる事はできないし、あれが現実かどうかもわからない。

手掛かりと言えば、ユキがうなされていた廃校の悪夢とこの慈愛十字病院だけだ。

ならばこの病院について調べてみるしかない。

病院に顔が利く忍足が探りを入れたところ、院長の幸村カナエが行方不明になっている事がわかった。

ここ数年間、若い男と頻繁に会っていたという目撃証言もある。

裏で警察も動いているようだが、まだ手掛かりは掴めていないようだ。

「噂が立つようになったのは数年前、息子を亡くしてからか……」

「せやけど院長に息子なんておらんっちゅー話や。隠し子の可能性もあるけどな。真面目な人やったみたいやし、単身赴任の夫とも仲ええみたいやで」

「"若い男"が跡部さんの可能性は?」

「あの跡部が母親くらい年の違う女性と浮気か?さすがにそれは無いやろ」

「俺が地下室で見た白衣の女が院長だとしたら、知り合いだった可能性は高い。何を企んでいるのかまではわからないが……」

「ミステリー小説の読み過ぎなんとちゃう?」

「少しでも可能性があるなら調べるべきでしょう!」

「そない言うてもこれ以上は無理やで。警察ならもっと詳しい話を聞けるかもしれんけど……」

そこまで言って忍足はふと何かに気づいたようにポケットの中の携帯電話を手に取った。


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