Last Chapter
「で、なんで俺を呼び出すんだよ!」
忍足から急な電話で呼び出された宍戸はイラついた様子で二人に詰め寄った。
「刑事課の警察官、いわゆる刑事やったら何か知っとるんやないかな〜て思たんや」
「だからってなんで俺が呼び出されなきゃならんねえんだよ。だいたい知り合いだからって仕事の話なんかできる訳ねえだろ」
「情報が欲しいのはそっちも同じでしょう」
「はあ……ったく、確かにこの病院の院長の行方がわかればウチも助かるが、だからって捜査状況は話せねえぞ」
「俺が知りたいのは"院長の息子"の事です」
「息子?ああ、あの写真の子供か。まあ子供っつっても日付から考えるに俺達と同い年だけどな」
「やっぱり院長には息子がいたんですね?」
「せやけど院長に子供はおらんっちゅーとったで」
「まあ確かに病院の関係者は知らないって言ってたけどな。写真に名前と生年月日が書いてあったから、その内わかるだろ」
「名前?なんて名前なんですか?」
「だから無関係の奴にそうほいほいと……」
「無関係じゃありませんよ。今まさに跡部さんが件の院長と駆け落ちしてるんですから」
「はあ!?」
日吉の言葉に宍戸はこれ以上ないほど目を見開き驚いている。
もちろん日吉とて跡部が院長と浮気しているなどとは思っていない。
これは宍戸が来る前に忍足と話し合った作戦だった。
幾ら知り合いとは言え、部外者に情報を流すような真似をすれば宍戸の立場が危うい。
だが関係者となれば何も問題はない。
「という訳や。それで院長の息子はなんて名前なん?」
「ったく、しょうがねえな。"幸村精市"だよ。今のところまだ連絡先はわかってないけどな」
記憶を探ってみるが日吉も忍足も心当たりはない。
「確か俺らと同い年っちゅーとったな?」
「ああ。その息子が跡部と何か関係しているのかもしれねえな。……それにしても跡部の奴、こんな大事な時に何やってんだ?もうすぐあいつと結婚するんだろ?婚約者が入院中に駆け落ちって……」
宍戸はやれやれと言ったように首を振る。
だが日吉は二人の関係に以前からずっと違和感を感じていた。
確かに仲は良いようだし、跡部の振る舞いは少々派手好きな事を除けば完璧だと言える。
ただ跡部のユキに対する思いは、本当に愛情なのだろうか。
忍足や宍戸にとってテニス部でマネージャーをしていたユキは可愛い後輩で妹のような存在だった。
中学時代は跡部もそうだったのかもしれない。
二人の関係が変わったのは高校生になってから。
合宿が終わってしばらくしてから跡部から告白されてつき合う事になったとユキが嬉しそうに話していた。
高校生になって妹のような存在が恋人に変わるのは、特別おかしい事ではない。
けれど時々、違和感を感じるのだ。
まるでユキに昔の恋人の面影でも重ねているかのように。
それもまあよくある話だ。
だが跡部の場合は何かが違う。
跡部が必要としているのは"ユキという名前の女"であり、"刻命ユキ"ではない……そんな風に思ってしまうのだ。
何が違うのか上手く説明する事はできないし、跡部に対して嫉妬心がなかったと言えば嘘になる。
それでも彼女が幸せになれるのならそれでいいと受け入れる事にした。
だがそれが偽りの幸せで、跡部がユキを何かに利用しているのだとすれば、何としても阻止しなくてはならない。
自分の考え過ぎだと思いたいが、漠然とした不安が消えないのだ。
その翌日、日吉は忍足と共にある廃屋を訪れた。
高校時代の合宿場所の近くであり、合宿中に跡部達と肝試しに訪れた館だ。
元々は金持ちの別荘だったようで、荒れ果ててはいるが建物自体は立派な物だ。
「跡部が院長との逢引きに使てた場所……には見えへんなあ」
辺りを見回しながら忍足がぼやいた。
二人がここに来たのは跡部が頻繁にここへ出入りしていたと執事から情報を得たからだった。
廃屋で誰かと会っている様子だと聞いていたが、どうもそんな色っぽい場所には見えない。
「ん?何やここ、引きずった跡みたいなのあるで」
「この本棚ですね」
日吉が本棚を動かすと、その後ろに隠し扉があった。
扉の周囲だけ埃が綺麗に払われている。
「地下への階段や。何や映画みたいな話やな」
「下らない事言ってないで早く下りて下さい」
暗い階段を下りて行くと、その先には四畳くらいの小部屋があった。
床には魔法陣のようなものが描かれ、壁には梵字に似た文字が書かれている。
黒魔術でも行うような雰囲気だが、日吉が夢で見た地下室によく似ていた。
「院長は神社の娘なんやて宍戸が言っとったな」
「ええ。でもこの魔法陣……和洋が混ざった変な形をしている」
「ん?日吉、あれ見てみい」
忍足が指差した先には古ぼけた机が置かれていた。
その上には写真立てが乗っている。
写っているのは立海大附属中の制服を着た女子生徒のようだが、背景に写っているのはどこかのテニスコートだ。
裏に日付と名前が記されている。
「跡部ユキ……?」
「驚いたわ。ほんまに"妹"がおったん?確かに美人やけど、初めて見たで」
「……」
立海のテニス部でマネージャーをしているという忍足の話とも合致する。
だがそうなると跡部はここでいったい何をしていたのだろうか。
行方不明になった妹を捜す為にオカルトにのめり込んだのだろうか。
しかしまだわからない事だらけだ。
跡部と院長の繋がりもわからないし、この写真の少女が跡部の妹だという確証もない。
存在しない院長の息子と、いるはずのない跡部の妹。
この奇妙な一致は何を示しているのだろう。
「……ん?」
ふと足元を見ると、魔法陣の中心に人型に切り取られた紙が落ちていた。
これと同じものを夢の中で見たような気がする。
触れた瞬間、微かにユキの声が聞こえたような気がした……。
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