Chapter7

白檀高校B棟4階にある生徒会室で美月は必死に息を殺して隠れていた。

震えそうになる手を強く握り締め、歯が鳴らないよう痛いくらいに唇を噛み締めてただ祈りを捧げていた。

「……」

静寂の中で足音が徐々に遠ざかっていく。

完全に気配が消えてから美月はようやく息を吐き出した。

結衣と袋井を襲った黒服の男から逃れてここに身を隠したが、いつまでもこうしている訳にはいかない。

ここでじっとしていても助かる保証はどこにもない。

「何なのあいつ……なんであんな奴が学校に……っ」

零れ落ちそうになる涙を拭って美月は懐中電灯の明かりをつけ辺りを見回した。

ポケットに入れてある携帯電話は圏外のまま何度掛けても繋がらない。

おまけに外には気味の悪い四つん這いの女が徘徊していて逃げられない。

黒崎と凍孤を捜しに出て行った刻命達も見つからず、美月は一人頭を抱えていた。

「どうしよう……。先生と袋井はどうなったの?刻命君達は?……ダメ、混乱して何も考えられない。どうすればいいの……?」

鉄パイプを振り回す男の姿が目に焼き付いて離れない。

男に殴り飛ばされた袋井はどうなったのだろうか。

目を閉じれば嫌な想像ばかり膨らんで心を蝕んでいく。

「とにかくここから逃げないと。部室棟なら外に連絡できるかも……」

微かな希望を胸に美月は恐る恐る廊下に出て階段を下り始めた。

暗闇に響き渡る自分の足音ですら恐怖を感じる。

叩きつけるような雨音が不安を煽り、時折落ちる雷の光と音が心臓を縮ませる。

それでもどうにか一階に下りると美月は辺りを見回して体育館側の出入り口へ駆け寄った。

そっとドアノブに手を掛け息を呑む。

しかしそこでひたひたと廊下を歩く足音に気づいて美月は背筋が凍った。

慌てて振り返り懐中電灯の明かりで辺りを照らすが誰もいない。

「……」

心臓がどくどくと脈打つ。

何もいない事を確認してもう一度ドアノブに手を伸ばした瞬間、非常口のドアと自分の間に何かが落ちて来て美月は悲鳴を上げた。

髪を振り乱した女が床に転がってもがいている。

先程聞こえた気味の悪い足音はやはり女の足音だったのだ。

懐中電灯で廊下を照らした時に気づかなかったのは、女が床ではなく天井を這っていたからだろう。

「来ないで!!」

美月は思わず持っていた懐中電灯を女に投げつけた。

鈍い音がして女は一瞬怯んだがただそれだけだった。

悲鳴を上げながら美月が逃げ出そうとするが、女の長い手が足に巻きつき美月は床に倒れた。

「嫌!放して!!」

どうにか女の手から逃れようと無我夢中で暴れるが、女の力は異常なほど強く振り解けない。

掴まれた足が、そして骨が軋む。

「っ……嫌あ!!」

暗闇の中に美月の泣き叫ぶ声だけが響き渡る。

長い髪の向こうで女が笑ったような気がした。

すると次の瞬間、不意に女の力が緩んで足に巻きついていた腕が離れた。

「!」

後ずさりながら顔を上げると、そこには歪な形をした女に背後から抱きつく結衣の姿があった。

「先生!」

「っ……早く、逃げて!」

結衣は歯を食いしばりながら必死に女に抱きつき動きを封じる。

だが女も左右に頭を振って結衣の拘束から逃げようとする。

長い髪の毛が蛇のようにうねって結衣の首や手足に巻きついていく。

「結衣先生!」

「山本さん、逃げなさい!」

「!」

「早く!!」

結衣の言葉に美月は弾かれたように廊下を駆け出した。

遠ざかる背中を見つめながら結衣はふっと口元に笑みを浮かべる。

だが女の髪が喉を締め上げ、結衣の顔はすぐに苦痛の表情へと変わった。

両腕が振り解かれ手足に巻きついた髪の毛が外へと引っ張る。

骨が軋み体が悲鳴を上げるが四肢を拘束された状態ではもうどうしようもなかった。

「っ……おねが……い……生徒……達には……手を……出さない……で……っ」

苦痛に顔を歪ませながらそれでも懇願する結衣に、女は何を思ったのか、結衣には知る由もなかった。


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