Chapter7

「俺様が白檀高校にいただと?……記憶にねえな」

「気失って保健室のベッドで寝てたんや」

一階の教室で再会した忍足から事情を聞いた跡部は、訝しげな顔で首を振った。

森繁と合流した後、途中の廊下で如月学園の生徒である中嶋直美と篠原世以子に出会い森繁達と別れたのだが、彼らの話に共通していたのは"幸せのサチコさん"というおまじないについての話だった。

犠牲者が残した遺書やメモにも度々おまじないの話が綴られているが、跡部達は遅くまで学校に残っていたというだけでそんなおまじないなど誰も行ってはいない。

忍足から自分が白檀高校にいたと聞いて跡部はますます混乱した。

「日吉も白檀高校にいたと言っていたな?」

「ああ。それと刻命ユキっちゅー子もおったな。日吉とは知り合いやったみたいやけど……」

「刻命……ユキ……?」

その名を聞いて跡部はどこか驚いたように目を見開いた。

「知り合いなんか?」

「いや……」

珍しく歯切れの悪い跡部を見て忍足は首を傾げる。

「それより問題はどうやってここから脱出するかだ」

「さっき言うてた"逆打ち"の方法はわからへんのか」

「"幸せのサチコさん"というおまじないに関係があるみたいだが……知っているか?」

忍足は軽く肩をすくめて苦笑を浮かべた。

「そのおまじないの話やったら、ここへ来る途中で持田っちゅー兄妹から聞いた。けど逆打ちの事は何も言うてへんかったな」

「兄妹?」

「如月学園の生徒や。一緒におまじないやったクラスメートを捜してたんや」

「そいつらは今どこに?」

「さあ……。何や危ない奴に襲われてはぐれてしもたんや」

「襲われただと?」

「黒い服着た30代くらいの男やった。血塗れの斧持っとっていきなり襲って来よったんや」

「……」

忍足の言葉に跡部は直美と世以子から聞いた話を思い出していた。

彼女達も黒い服を着た男に襲われて必死に逃げて来たと言っていたのだ。

この学校には幽霊の他にも危険な存在がいるらしい。

跡部が男の正体について考え込んでいると、突然電話のベルが鳴った。

辺りを見回すと廊下の隅に置いてあるバケツの近くに汚れた携帯電話が転がっていた。

画面には新着メールが一件と表示されている。

「こないな所にケータイ落ちてるで。メールが来てるみたいやな」

「メール?ここは電波が通じないはずだろう」

「ほんまや。圏外のままになっとるで」

画面の右上には小さく圏外の二文字が表示されている。

しかし確かに誰かからメールが届いているようだ。

「開けてみろ」

跡部の指示に従って忍足が新着メールを開くと、本文にはただ一言"理科室へ"とだけ表示されていた。

「送り主の名前は?」

「いや、書いてない。アドレスも意味不明のアルファベットや番号で埋め尽くされとる」

「……」

明らかに怪しいメールだ。

何かの罠か、それとも幽霊が送って来たとでも言うのだろうか?

しかしこのままじっとしていても何もわからない。

幸い理科室の鍵は跡部が持っている。

調べてみるべきだろうか?

「……仕方ねえ。行くぞ、忍足」

悩んだ末、跡部はそう言って廊下を歩き出した。

拾った携帯電話をポケットにしまいながら忍足もその後に続く。

二階東にある理科室を訪れると水道の近くにユキと日吉が倒れていた。

慌てて駆け寄り声を掛けると、二人はすぐに意識を取り戻し戸惑いの表情を浮かべた。

互いに情報交換して現状を確認した跡部は、鳳の死を知って内心焦っていた。

忍足達から危険人物がいるという話は聞いていたが、自分の身近な人間が命を落とす事など考えてはいなかった。

理解不能な状況とは言え、どこか楽観視していたのだ。

この世に幽霊など存在するはずがないし、これは全て悪夢なのだとそう結論付けていたのだ。

しかし鳳の死はそれを全て否定しているかのように重く心に圧し掛かった。

「跡部、これから……」

「危ない!!」

言い掛けた忍足の言葉を遮ったのは日吉の叫び声だった。

反射的に飛び退いた跡部と忍足の頭上を血塗れの斧が通り過ぎて壁にぶつかる。

ぱらぱらと木片が床に落ちて穴の底へ消えていった。

「こいつは……!」

黒いコートに血と錆びに覆われた斧。

忍足が見たという黒服の男に間違いないだろう。

状況を理解すると同時に跡部は身を翻して叫んだ。

「走れ!!」

跡部の指示に忍足達も弾かれたように駆け出す。

暗闇の中で無数の足音と雨音だけが響き渡っていた。


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