第八章 罪悪
「え!あの跡部さんもここにいるんスか!」
「!」
宍戸から話を聞いた桃城と海堂は驚愕の表情を浮かべる。
「ユキが行方不明となりゃ、シスコンキングが黙ってるはずねえからな。けどお前ら青学までここに来てるとは驚いたぜ」
「……英二先輩と大石先輩の事は」
「嘘なんかつく訳ねえだろ。本当だ。俺もまだ信じられねえけど」
「……」
大石と菊丸の一件を聞いた二人はショックを隠せなかった。
河村、小坂田に続いてまた二人の先輩を失ってしまったのだ。
「そういやさっき一緒にいた女は誰なんだ?青学の制服じゃなかっただろ」
「あいつは……」
桃城が言い掛けた時、海堂がふと立ち止まって廊下の隅に転がるバケツに手を伸ばした。
「どうした、海堂」
「これは……」
海堂が見つけたのは壊れたバケツの側に転がるビデオカメラだった。
後ろの蓋がひび割れてしまっているがまだ使えそうだ。
それを見た宍戸はある事を思い出してポケットの中を探った。
取り出したのは"天神小学校調査記録1"と書かれたテープだった。
「それは?」
「教室で見つけたんだよ。そんなに古い物じゃねえし、ちょっと気になってな。でも再生できそうな物が見つからなくてよ」
「これまだ動くみたいっスよ。入れてみましょうよ」
宍戸からテープを受け取った桃城がビデオカメラにセットすると、しばらくノイズが走ってそれからこの天神小学校の映像が映し出された。
薄暗い廊下に和服を着た男性の姿も映っている。
『田久地君、準備はいいか?』
『はい、バッチリです!それにしても本当に凄い。まさかこんな体験ができる日が来るなんて……』
『ああ。これを世間に公表すれば大騒ぎになるぞ』
『でも良かったんですか?七星ちゃんに黙って来てしまって。きっと今頃怒ってますよ』
『あの子は一生懸命だが少し無茶をし過ぎるからな。今回の取材は危険も伴う。まだ高校生のあの子を危険な目に遭わせる訳にはいかない』
『そうですね。あ、先生!向こうに教室があるみたいですよ。行ってみましょう!』
興奮した様子で老朽化した校舎内を撮影しているのは、声からするとまだ若い男性のようだ。
画面に映っている和装の男性が教室の扉を開くと、窓際に高校生らしき男子生徒が座っていた。
カメラが近づくにつれて男子生徒の様子がおかしい事に気づく。
『せ、先生!これ……まずいですよ!本物の死体……!』
『お、落ち着くんだ!とにかく冷静に……っ』
カメラにノイズが走ると同時に絶叫するような声と子供の笑い声が響き渡る。
『うわあああ!!』
『田久地君!!』
『先生、戻りましょう!早く"逆打ち"の方法を……』
田久地が何事か言い掛けた時、廊下に顎から上がない少女の霊が現れてカメラの映像が大きく乱れた。
逆さまになった廊下に血塗れの少年と強い力で弾き飛ばされる男性の姿が映し出される。
後は悲鳴と大きな物音がするだけで何も映らない。
ノイズが終わると同時に宍戸はカメラのスイッチを切って深く息を吐いた。
おそらく着物を着た男性が用務員室で会った霊魂、鬼碑忌コウの生前の姿なのだろう。
宍戸が押入れで見た薄汚れた着物とも一致している。
鬼碑忌は子供の霊に襲われて助手の田久地とはぐれてしまったと言っていた。
カメラに映っていた霊がそうだとすれば、鬼碑忌は用務員室に逃げ込んで押入れに隠れたが、見つかって霊に殺されてしまったのかもしれない。
宍戸はもう一度深呼吸をするとビデオカメラからテープを取り出してまたポケットにしまった。
すると海堂が何かを思い出した様子で桃城の肩を叩いた。
「おい、あのテープも確認してみろ」
「あ……そっか!忘れてたぜ」
桃城が取り出したのは宍戸が見つけた物と同じ黒いテープだった。
ラベルには何も書かれていないが、おそらくこれも田久地の持ち物だろう。
「それは?」
「タカさんと教室を調べてた時に見つけたんスよ」
そう言いながら桃城はビデオカメラにテープをセットして再生してみた。
すると今度は同じ木造校舎だが少し様子の違う廊下が映し出された。
『やっぱりさっきの地震で校舎の様子が変わってる……。先生はどこに……』
廊下を進み角を曲がった所で田久地の息を呑む声が聞こえた。
『なんで……さっきまでこんな廊下はなかったはず!』
一階の保健室近くを通り過ぎてつきあたりへ向かうと、そこに扉があった。
田久地が恐る恐る扉を開ける。
画面に映し出されたのは霧の向こうに聳え立つもう一つの木造校舎。
『っ……せ、先生。俺、もう帰れないかもしれません。でも……俺の撮影した映像が先生の役に立つかもしれない。いや、もう誰だっていい!この映像が誰かの役に立つなら俺は……何があっても撮り続ける!だから先生、無事でいて下さい……っ』
震える声と共に画面がノイズに切り替わる。
映像を見た宍戸達は顔を見合わせて息を呑んだ。
「今の……確か一階の端っこの方だよな?」
「ああ、階段の近くだ」
「別の校舎があるって言ってたな。渡り廊下みてえなのも映ってたし」
「っ……行くっきゃないっスよ!もしかしたら越前達もそっちの校舎に向かったのかも!」
「逆打ちがどうとか言ってやがった……」
「ああ。元の世界に帰る方法があるのかもしれねえ。とにかく行くぞ!」
三人はビデオカメラを持ったまま田久地の映像に映っていた階段前の廊下へと向かった。
するとそこには先程までなかった廊下と扉が存在していた。
「ここか……」
「開けるぞ」
海堂が扉を開けて渡り廊下に出ると、霧の向こうに確かに木造校舎が建っていた。
辺りは木々に囲まれ月も見えず、ただ雨の音だけが響き渡っている。
「行ってみるしかねえよな」
「待て、誰か来るぞ」
海堂が後ろを振り返ると、廊下の奥に人影が見えた。
何か引きずっているのか、ごりごりと廊下を削る音が響く。
「誰だ?越前達じゃねえよな」
「おい、あいつは……!」
闇の中から徐々に近づいて来るそれは、河村の頭蓋骨を砕いて殺害したあの男だった。
血と肉片がべっとりと付着した大きな鈍器を引きずりながらこちらへとやって来る。
「走れ!!」
誰かが叫び、三人は別館へ向かって駆け出した。
玄関から中へ入り、すぐさま宍戸が扉を閉めて押さえつける。
「おい、何かドアを塞ぐ物ねえのか!!」
「桃城、手伝え!」
「!」
宍戸が扉を押さえている間に桃城と海堂がげた箱を移動させて扉を塞ぐ。
男が追いついて扉を殴りつけるが、げた箱は見た目以上に重い為そう簡単には突破されないだろう。
しかし男の常軌を逸した目を見る限り、突破されるのは時間の問題かもしれない。
「見るからにヤバそうな奴じゃねえか。くそ、何だってんだ」
「ぐずぐずしてる暇はねえ。とっとと越前達を捜すぞ」
「そうだな」
宍戸達は額の汗を拭うと落ち着きを取り戻して校舎の探索を始めた。
こちらの校舎はさっきまでいた校舎よりも狭いが、一つ一つの教室は広く作られているようだ。
入れそうな教室を回って越前達を捜すが、二階の図工室に入ると、部屋の奥にうずくまる人影があった。
最初はリョーマが追いかけて行った桜乃かと思われたが、その少女が着ていた服は青学の制服ではなかった。
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