第八章 罪悪

「お前……」

宍戸が駆け寄って両手の隙間から覗く顔を覗き込む。

「っ……ユキ!」

そこにうずくまっていたのは、確かに跡部の妹のユキだった。

全身傷だらけでスカートも切れてしまっているが、幽霊ではない。

両手は変色した血で汚れているがこれは彼女の血ではないようだ。

「よかった……無事だったんだな。ずっと捜してたんだぞ。跡部もここに来てるはずだ」

「……」

宍戸が声を掛けるがユキは黙り込んだまま何も反応を示さない。

不安になってもう一度顔を覗き込むと、僅かに口を動かして何事か呟いている様子だった。

「おい、ユキ。どうしたんだよ。何があった?」

問いかけても返答はなく、俯いたまま顔を上げる事もない。

「何か様子が変っスね……」

「ユキ、しっかりしろ!もう大丈夫だ。跡部もいるし、きっと何とかなる」

宍戸は必死に励まそうとするが、それ以前にユキは宍戸達の存在にでさえ気づいていない様子だった。

「どうなってんだ……」

途方に暮れたように宍戸はユキの肩を抱いたまま天井を見上げる。

ここに跡部がいれば少しはマシだったのかもしれないが、現状跡部の手掛かりは何もない。

「どうするんスか」

「どうするって……こいつを置いてく訳にもいかねえし」

宍戸は抱えるようにしてユキを無理やり立たせた。

いつあの男が玄関を踏み破って襲い掛かって来るかもわからないこの状況で、あまりのんびりはしていられない。

仕方なく三人は震えるユキを連れて校舎の探索に戻った。

「お、向こうに階段があるぜ」

「油断するなよ」

「わかってるって」

廊下の先に階段を見つけて上ろうとする桃城達だったが、その後ろで突然悲鳴が上がった。

驚いて振り返ると、階段の下でユキが頭を抱えてうずくまっていた。

「おい、どうした?」

「っ……い、嫌……ここは嫌……!」

ユキは焦点の合わない目でただ震えている。

宍戸が腕を引っ張って連れて行こうとしてもユキは頑なに拒絶して階段に近づこうとしなかった。

「ん?おい、海堂。足元に何か落ちてねえか?」

「あ?」

桃城に指摘されて海堂が足元に目をやると、踊り場の隅に見覚えのあるテープが転がっていた。

「宍戸さん!例のテープがまた!」

「わかった。とりあえず一旦ここを離れるぞ」

宍戸は震えるユキの手を引いて階段から離れた。

桃城と海堂も階段を下りて見つけたテープを宍戸に渡す。

ビデオカメラにセットして再生ボタンを押すと、画面にこの別館の映像が流れた。

撮影している田久地の姿は映っていないが、画面の中には立海大附属中の制服を着た二人の男子生徒の姿が映り込んでいる。

『柳生、さっきの奴は?』

『いえ、もう見当たりません』

『ま、まだ近くにいるかもしれない。先を急ごう』

三人は広間の横を通って階段の方へと向かう。

三階に上がると"校長室"と書かれた扉があった。

仁王がポケットから何かを取り出して扉の前に跪く。

『先生、これから別館にある校長室を調べてみます。例の事件の謎を解く手掛かりがこの先にあるはずなんです。資料室で見つけた古いファイルの中に地下室の写真がありました。やっぱり先生が仰っていたようにこの学校の地下には何か秘密があるのかも……』

『よし、開いたぜよ』

『気をつけて下さい、仁王君』

校長室の扉が開かれると同時に画面が揺れて急に途切れた。

最後の方にはノイズに混じって"あいつが"という声が録音されていた。

「今の映像、さっきの階段の上だよな?」

「ああ。映ってたのは誰だ?」

「あの制服……」

宍戸は怯えながら何事か呟くユキに視線を移した。

映像に映っていた男子生徒達に見覚えはないが、あれは確か立海大附属中の制服だ。

女子と男子ではデザインが異なるが、ネクタイは同じだった。

「……」

ユキに映像を見せれば映っていた男子生徒達が何者なのかわかるかもしれない。

だが今のユキにさっきの映像を見せても大丈夫なのだろうか。

何があったのかはわからないが、階段に近づいた時の反応と言い、今のユキは非常に精神が不安定だ。

同じ立海大附属中の制服を着ていたという事は、彼らはユキと共にこの天神小学校へ飛ばされたメンバーの可能性が高い。

「……そういや、跡部の奴が言ってたな」

「どうかしたんスか?」

「……いや、何でもねえ」

少し迷ってから宍戸は口を閉じた。

跡部から聞いた幸村達の名前の中に、"仁王"と"柳生"も含まれていたはずだ。

田久地は彼らと一緒に三階にある校長室へ向かったようだが、今も無事でいるのだろうか。

「とにかく校長室へ行ってみようぜ」

「そうだな」

宍戸達はもう一度階段へと向かうが、やはりユキは怯えて階段を上ろうとしなかった。

「仕方ねえな。ここに置いてく訳にも行かねえし」

「……どうすんスか」

海堂が尋ねると、宍戸はビデオカメラと鬼碑忌から受け取った切れ端を渡した。

「それ持って先に行ってくれ。俺はここでユキと待ってる」

「けど大丈夫なんスか?またあの男が来たら……」

桃城は不安そうに廊下の先に目をやるが、宍戸は震えながらうずくまるユキを見て言った。

「仕方ねえだろ。こんな状態のユキを無理やり連れてく訳にはいかねえよ」

「……そうっスね」

「田久地って人に会ったらその切れ端を渡してくれ。鬼碑忌さんから預かってんだ」

「わかりました」

「それと、その人がもう手遅れだって事も伝えてくれ」

「……はい」

「さっきの映像に映ってた奴らが無事だといいんだけどよ。もし会えたらこいつが俺と一緒にいるって事も伝えといてくれ」

桃城と海堂は頷くと、宍戸とユキを残して三階へと向かった。


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