フリーSS『10年の間に』
※10年後設定、捏造あり。
堂上のキャラが少し崩れてます。苦手な方はUターンお願いします。
***
10年の間に変わったことは、まず呼び名である。
ー堅物、真面目、仏頂面、融通がきかない、鬼教官。
これらは10年ほど前は毎日のように周りから、もちろん俺の妻からにも言われていた二つ名である。
だが、今はというと。
「ーおい、嫁馬鹿。この書類よろしくな!」
「親馬鹿な堂上君は一刻も早く子どもに会いたいだろうが、頑張ってこの書類処理してくれ」
「おい子煩悩!家族サービスは大事だがたまには飲みに付き合えよ!」
ーやれ嫁馬鹿だ、愛妻家だ、親馬鹿だ子煩悩だ。
これらが今の俺の二つ名だ。
ー…間違ってはいないのだろうが。
でも、愛妻家の何が悪い。
親馬鹿の何が悪いんだ。
悪いことでもおかしいことでもないと、そうなるのは当たり前のことだと俺は主張したい。
だって、可愛いじゃないか。
こんなこと死んでも口には出せないが、郁は可愛い。とても可愛い。
子供が産まれるまで比較対象が思い浮かばなかったぐらいに可愛い。
見た目も、決してもうすぐ40には見えない。
未だに純粋乙女の名は健在だし、どうしてそんな無意識に可愛いことができるんだ、と問い詰めたくなるくらい俺を無意識に煽るのも変わらない。
そんな可愛い妻に溺れるな、という方が無理な話である。
きっと、郁と一日行動したら誰もがわかってくれると思うが、可愛い郁を見るのは俺だけの特権なのでもちろんそんなことはしない。俺だけが郁の可愛いところを知っていればいい。
そしてそんな可愛い郁と俺の子供を可愛がる以外の選択肢が果たして存在するのか?いや、しない。
もともと俺は子供が好きだった。…ただ、仏頂面のせいであまり好かれなかったが。
とにかく、他人の子供でも可愛いと思うのに、自分と郁との子供が可愛くないはずがないし実際にかわいい。
俺たち夫婦は男の子と女の子、二人の子供に恵まれた。
息子の方はプチ堂上と呼ばれるほどに俺に似ている。性格もどことなく俺に似ているところはあるが、ところどころぬけているあたり郁の血を引いているのだなと、息子がミスをしたとき説教中なのに郁を思い出して思わず顔が綻びそうになってたいへんだったことが数回あった。
そして、娘の方は本当に郁に似ている。見た目中身ともに。
娘は郁に似てよく笑う。そしてその笑顔も郁に似てたまらなく可愛い。
なんであんなに可愛いのだろう。ああ、息子の方も笑った顔は郁に似てるな。やっぱり笑った郁は最高に可愛い。
仏頂面な娘じゃなくてよかった、と思う反面誰にでも笑顔を振りまく娘に少しの不安が伴なう。
こんな笑顔が可愛い子、誘拐犯のターゲットにされる可能性がないとは言い切れない。
だって、他所のお子さんより遥かに可愛い。
となると、目が離せなくなるのも当然だ。それなのに親馬鹿だ子煩悩だ言われる。
俺としては寧ろどうして子供から目を離せるのかが不思議でたまらないのだが…。
10年前と比べて呼び名以外で変わったことといえば、郁がすっかりお母さんになったことだな。
子供の扱いが得意でも、他人の子供の面倒を見るのと自分の子供を育てるのはまったく違う。
最初こそ戸惑っていたが今では立派な妻でお母さんだ。
俺がつい子供を甘やかしてしまうのにたいし、しっかり叱るべきところは叱っているーー…夫の俺にも。
郁が俺に説教するとき、それは主に俺がお金を使い過ぎたときだ。
もともと金銭面に関して財布の紐が固かった郁だ。
家族が増えてさらに固くなったのは言うまでもない。
それに対して俺はというとー…。
つい、我が子に似合う服を買い過ぎてしまう(決して無駄遣いではない)
実際に、俺の子が着るのが一番似合うしその服を作った人だって嬉しいはずなのに、郁は無駄遣いだと言う。
子供なんだから動きやすい服がいい、ブランド服はまだ早い、などと小言を言う。
ーもちろん、親馬鹿と言われる俺がそれを聞き入れるはずがなく。
変わらずにブランド服やら玩具やらを買い与えた。
そして、ある月の初めの日。
すっかり遅い時間に帰宅すると郁は子供を寝かしつけているようでお出迎えはなかった。
そのことに少し寂しさを感じながらリビングへといくと、一冊のノートと数枚の札が置いてあった。
首を傾げてノートを見て固まった。
ーおこづかいちょう あつし
ノートにはそう書いてあった。
それは、どう見ても最近字を書けるようになったの!と、自慢してきた下の子の字で。
大声で郁を呼びたい気持ちを、子供はもう寝ているのだからと必死に我慢して、郁がいる子供部屋へ向かう。
「…郁」
「…篤さん、おかえりなさい」
「ただいま。…寝たか?」
「うん、ちょうど。お腹空いた?今するから待ってて」
物音立てず出てきた郁を、間髪を容れず抱きかかえて寝室へ連れて行った。
「ちょ、篤さん!」
「大声は出すなよ。寝かしつけたばっかなんだろ?…郁」
「…なに」
「…机の上の、あれはなんだ。」
「…お小遣い帳と今月分のお小遣いですけど?」
「っ、そんなの見たらわかる!なんで小遣いなんだ!」
「なんで?なんでって…聞きますか?」
その時の郁は、かつて見たことのないほど俺を凍らせる笑みだった。
ー今でも時折夢にでるくらい。
結局、その日以来俺は小遣い制となり、毎晩子供達と一緒に小遣い帳をつける嵌めとなった。
ーーまあ必ず子供と過ごせる時間が確保できるのは有難いが。
しかし、正直恥ずかしい。
まさか俺が小遣い制になるだなんて、一体誰が想像したのだろうか。
この小遣い制をきっかけに、郁ははっきりと物を言うようになった。
結婚当初は上官部下だったせいか、遠慮がちだったので俺としては凄く嬉しい。
嬉しいがー……最近気づいたのだが、主導権はどうやら郁が握っている感じになってしまった。
いや、俺の前では相変わらず可愛い奥さんだ。ただ、家庭のこととなると、お母さんとなるとそれは一変する。
ー…そんな郁が愛おしいだなんて、俺は末期なのだろうか。いや、当たり前のことのはずだ。
とにかく、10年の間に変わったことと言えばこの二つ。
俺の呼び名と、郁がすっかり頼もしいお母さんとなったことだ。
***
「〜〜っ!!!」
「っ、わ、笑い…死ぬ…!!」
「…この10年間で凄い変化ねえ、笠原。」
「煩いっ!ていうかどんだけ飲ませたの!?この部屋酒くさい!」
「ねー、笠原お母さん。もしかして堂上教官が最近飲みに行かないのって、お小遣い制だから?いったい小遣いいくらなの?」
「…ちゃんとそれなりに渡してる。けど…」
「けど、なに?」
「篤さん、お酒代にまわすなら子供に服買うって…」
「ぶっっ」
「あはっ、あはははは!!ダメだ、ど、どうじょっが…!酒より…子供…!あははっ」
「(俺は何も聞いてない。俺は何も聞いてない。俺は何も聞いてない。)」
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