白雪 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

小さな蕾


「残すところ後5日か…」

平伏す男の群れの中に立ち、刀の血を拭いながらポツリと京都は呟いた。
殆ど毎日会うようになっている“名前”も知らない銀髪の男。互いの関係はごく浅いものだが…

「……挨拶、しておくべきか…」



小さな蕾



プライドと名乗った例の男の事を、京都は他の誰にも話していない。
プライドとの暗黙の了解という事もあったが、京都自身も第3者に彼を干渉されたくなかった。その個人的な感情は、京都を嘗てない程に戸惑わせていた。今まで抱いた事のない感情だ。
どうもキナ臭いあの男をこのまま放置していれば、下手をすれば殺されるかもしれないのに。
今まで何度も、彼を詮索しようと計画を立てた事はあった。だがどうしても寸での所で核心を突くメスを下ろしてしまう。
自然な会話からそれとなく情報を掴もうとするが、彼の顔を見ると、他愛のない話を聞くと、何時も途中で止めてしまう。
それどころか、最近は己の心臓を突く針が太くなっているような気がしてならない。
縫い針がチクチクと刺しているような疼きから次第にそれは太く強くなっていき、今や錐に抉られているような感覚だった。
この解読不能な感情を解決させたいのだが、残念ながら彼女の事情を知る者は一人もいない。
よって京都は、一人悶々と考え込むしかなかったのだ。

「鳶尾さん、入ってもいいかね?」
「!どうぞ」

聞き慣れた優しげな老人の声色。考え事をしていて不意打ちの来客に、京都は慌てて返事をした。
予想通りボンゴレ9代目・ティモッテオが、静かに自分に宛がわれた部屋に入って来た。
何か飲み物をと京都は立ち上がったが「そのままで」とやんわり制され、再びソファーに腰を下ろす。
ティモッテオは向かいのソファーに座ると、厚みのある封筒をローテーブルに置いた。

「鳶尾さん、今までお疲れ様。君の働きにはとても感謝しているよ。謝礼として受け取っておくれ」
「そんな!寧ろ私の方が我儘を聞いて頂いたのです。こんな大金受け取るわけには…」
「そうだとしても、君の利益は我々ボンゴレ全体の利益に繋がった。これほどの功績に実力という報酬だけでは対価が少なすぎる。これはその不足を補ったものだよ」

解ってはいたが選択肢はないらしい。金色のカードを渡されるよりはマシだと思い直し、渋々京都は封筒を受け取った。
明日から3日間、京都は任務も何もない休日になる。それが明けて4日目の昼過ぎに飛行機に乗り、日本へ帰る予定だ。
これだけあれば新しい刀が買える。明日早速あの武器屋に行ってみようか。ついでにあの男に会えるかもしれない。
京都が脳内で休みの予定を立てている中、はてとティモッテオは彼女を見て首を傾げた。
彼女に感じる違和感。それは決して悪い意味ではなく…――

「鳶尾さん、綺麗になったね」
「はい?」
「いや、初めて会った時から美人だとは思っていたよ。けれど最近、もっと娘さんの顔になったような気がするよ」
「…どういう……」
「鳶尾さん――恋をしているのかい?」

止まった。

彼のたった一言で、京都の脳は一切の活動を停止させた。
今、この目の前の老人は何と言った?この私が“恋”だと?

「い、やいやいやいやいやいやいやありえない!私があんな得体の知れない傲慢男に!」
「おやおや顔が真っ赤だよ。無自覚ながらそんなに心を寄せていたんだねぇ」
「だからそんなんじゃないですって!奴は偶然喫茶店で出会っただけで、謂わば茶飲み友達みたいなもので…」
「出会いは喫茶店か。しかも着実に仲良くなってる…なかなかロマンチックだねぇ」
「あれ?9代目キャラ変しました?そんなボケ設定じゃなかったですよね?ねぇ!?」


   *  *


その翌日から、プライドは喫茶店に来なくなった。
期待を裏切られた気分だ。そう思った自分を無性に引っ叩きたくなった。約束したわけではないだろうに…
だが今日で3日目の休み。明日は荷造りやボンゴレ関係者への挨拶で、外は出歩けない。
今日会えなければ、彼には挨拶できないままイタリアを発つ事になる。

「…一人意識して馬鹿みたいだ。まぁ考えても仕方あるまい…」

連絡先を知らないのだから、そうなっても不思議ではない。
後ろ髪を引かれる思いだったが、京都は喫茶店を出て武器屋に向かった。
頼んでいた物ができているはずだ。

prev / next
[一覧へ]