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Skypiea


気球は降りる 僕らをのせて

宴が始まってから数日が経った。
修行をしたり島の文化に触れたり復興を手伝ったりしながら、連日食べて飲んで踊り明かした麦わら一味。
ある日の夜明け前、ルフィが一味を起こして回る。曰く、黄金を回収して島を出ようとのこと。いよいよ空島を発つ時が来たようだ。
ゾロは留守番、ウソップとロビンは他にやりたい事があるようで別行動となり、残りの面子で回収に向かう事が決まる。けれどここで一つ問題があった。

「おい恭ー!起きろー!」
「いやルフィうるせェよ!」
「……ん゙ぅ……」
「珍しいなー、これだけ呼んでも恭が起きねェなんて」
「ここのところずっと訓練してたからな…ああ〜熱心なところも眠り姫なところも素敵だ〜!」
「アホ」
「じゃあ目付役さんも剣士さんと一緒にお留守番してもらいましょうか?」
「何言ってるの!?こいつがいないとお宝運べる量が減るじゃない!ちょっと恭起きなさい!」
「いやナミもうるせェよ!」

この数日森で修行をしていたからか、疲労で恭がなかなか起きないのだ。ほんの僅かに瞼が上がるも、すぐに閉じられかくかくと船を漕いでいる。
そのまま寝かせておこうという案は、一緒に行きたいルフィと能力を当てにしているナミによって却下された。
こっそり回収しようというのに大騒ぎしている一味だが、空島の人々は彼らの騒がしさにすっかり慣れて「青海人は宴が好きだな」程度で済ませ、誰も気にせず眠っている。
けれど人目のない内に行動した方がいいだろうとサンジが恭の肩を優しく揺するが、

「恭ちゃん、疲れてるとこ悪いけど移動しよう。最後の空島の冒険しようぜ」
「…ん〜……おんぶ…」
「ぃぃ喜んで〜〜〜!」

あまり役に立たなかった。
起き上がるのを嫌がった恭にぐずられ、サンジはすぐさま背中に彼女を乗せた。普段は自分のことは大体自分でする恭にねだられた嬉しさと背中に密着する女の感触に、目をハートにしてクルクルと回っている。
それでも揺れないサンジの背中で恭は再び寝息を立て始め、ゾロが念押しでもう一度「アホ」と呟いた。

「うし!じゃあ黄金取りに行くぞー!」
「着いたらこき使ってやるから覚悟してなさい…!」
「勘弁してやれよ、一応まだ怪我人だそ?」

着いてくるなら良しとみなしたルフィに対し、いざとなったら叩き起す気満々なナミは今から拳をチラつかせていて、ウソップは顔を引き攣らせた。これ以上一味の怪我を増やすのはよろしくない。
そこへルフィの後ろをちょこちょこ着いていくチョッパーが目に留まり、ふと一つのアイデアが閃いた彼は早速その後ろ姿を呼び止めた。

「いいかチョッパー。あいつを起こす時――」



「見ろ!こんなに!」
「すごーい!」
「コリャ本物だぜ!この蛇何食ってんだ…」
「キレーだな!猿の家で見たやつと同じだ〜!」
「な!な!!」

眠れる蛇の腹の中、輝く黄金を手にして一行は歓声を上げる。
どういう経緯があったのか不明だが、黄金郷の財宝は例の大蛇が遺跡と一緒に飲み込んでいた。王冠、十字架、ネックレスと様々な形の黄金があちこちに転がっている。
これが丸ごと手に入れば食糧に困らないどころか一気に大金持ちである。けれど、これをできるだけ多く船に運ぶまでがミッションなのだ。
サンジの背中で寝こけている恭に、自然と四対の目が集まった。

「ナミ、おれが起こしてみていいか?」
「チョッパーが?」
「ウソップから試してみろって言われてて…」
「鼻と口塞ぐのか?」
「なんつー乱暴働く気だクソゴム!チョッパー、レディなんだから丁重に起こせよ?」

握り拳を作ったナミを止めたのはチョッパーだった。
さらりと手荒な起こし方を提案したルフィを蹴り飛ばし、サンジはそっと遺跡に恭を座らせる。
ゆらゆらと危なっかしく頭が揺れている恭にテコテコと近寄るチョッパー。
三人が黙って見守る中、チョッパーはよいしょと恭の膝に乗り上げた。

「恭ー、おはよう」
「…ん…ちょっぱぁ?おはよ…」

頑なに起きなかった恭が、チョッパーの優しい呼びかけにすぐに反応を示す。
俯いて目を擦る恭の頭を、小さな蹄が優しく撫でた。

「あのな、黄金運ぶの手伝ってほしいんだ。おれ一人じゃ難しいから、恭に頼めねーかな?」
「んぅ…まって、おきる…」
「へへっ、ありがとう!」

いいかチョッパー。あいつを起こす時、まずはお前が普通に呼んでみろ。起きろーじゃなくて、おはよーとかな。お前の声になら絶対反応するから。
で、困ってるからできれば手伝ってほしいなーって風に頼むんだ。ポイントはナミが言ってるからじゃなくて、チョッパー自身が困ってる感じを出すことな。
名付けて“北風と太陽モーニングコール”!まあ一回試してみろ。あとできるだけあいつに近付いて優しく言うんだぞ。

―ウソップはすげえな、恭が一発で起きたぞ。
欠伸をしながら大きく伸びをする恭を見て、チョッパーは心の中でウソップを褒める。
ルフィやナミが無理矢理起こそうした後である事も効果を発揮した一因である。
満足そうに恭の膝から飛び降りるチョッパーを見て、ナミとサンジは面白くなさそうに口をへの字に曲げ、ルフィは立ち上がった恭にニカッと笑顔を見せた。

「やっと起きたな恭!これ全部持って帰るぞ!」
「はいはい…ところでこのピンクのぶよぶよな壁は何?」
「そりゃここ蛇の腹ン中だからな!」
「ええ…鯨の次は蛇の中?ナミよお着いてきたなぁ」
「うっさい、恭のバカッ」
「いたっ、何で叩くん?」
「自分の胸に手を当てて聞いてみなさいよ!」
「…恭ちゃん、今回俺はナミさんの味方だから」
「ええええ…」

まだ寝起きのため、目の前の黄金にも蛇の体内にいることにも反応が薄い恭。
拳骨を落としてくるナミも唇を尖らせた顔を見せるサンジも、彼女には意味が解らなかった……チョッパーにばかり態度が甘いのは恭にとっては完全に無意識である。
ぼんやりした顔で頭上に?を抱えたまま、ルフィとチョッパーが持ってくる大きな黄金に指を向け次々と手の平サイズに縮めていった。


「…まって、さっきすごい絶景目の当たりにした気ぃする!私の膝に天使乗ってへんかった!?誰も見たことのない景色がそこにあった!?」
「おそっ!ていうかそこ!?」


   *  *


未だすやすや眠る大蛇の中から無事に財宝を持ち出した一行。
ナミに出航準備を任せて残った面子でロビンを待っていると、彼女は島民と一緒に待ち合わせ場所にやってきた。島民達は何やら巨大な筒状の物を運びながら、此方を見て一様に慌てた顔をしている。
財宝を持ち逃げしようとしているのがバレて砲撃の準備をしているのでは。そんな考えが過ぎったウソップとチョッパーが悲鳴を上げ、一斉に船に向かって駆け出した。
待ってくれと呼び止める声を振り切ってメリー号に乗り込んだのだが、落ち着いて思い返すとあの台詞は、黄金を返せというような意味合いではなかったように感じる。

「あれって怒ってたんかな…?」
「ふふ、どうかしら」

訳知り顔のロビンははぐらかすだけで教えてくれなかった。
そんな二人の会話は、財宝を前に大はしゃぎする一味の声にかき消されている。
アニメか海外映画でしか見たことのない金色の山に恭は始めこそ尻込みしていたが、一味の今までの所持金を思い出すとすぐ会話の輪の中に入った。寧ろこれでも足りないかもしれないと思ったくらいである。

「ついに俺達は大金持ちだぞ!何買おうかっ!?でっっっけェ銅像買わねェか!?」
「馬鹿言え何すんだそれで。ここは大砲を増やすべきだ!十門買おう!」
「ナミさんッ俺鍵付き冷蔵庫が欲しい〜!」
「おれなァ!おれはなァ!本買って欲しいんだ!他の国の医学の本読みてェんだ」
「酒」
「ちょっと待って待ってあんた達、お宝の山分けはまずここを降りてからよ!」
「大砲はさておき船の設備を増やした方がええとは思う」

宝の使い道についてまともな物から完全に私欲な物まであれこれ騒ぎ立てていた一味だったが、船外から聞こえた声に全員が意識を切り替えた。
空島に着いて始めて出会った地元民で戦闘中はメリー号をずっと守ってくれていた島民の親子が、出口までの見送りを名乗り出てくれたのだ。
彼らの指差す先を見ると「CLOUD END」と書かれた大きな門が見える。ここから下の海まで一気に降りるらしい。

「あー降りちまうのかー俺達」
「いざ降りるとなると……確かに、名残惜しいな」
「この真っ白い海ともお別れだ」
「空島楽しかったなー、恐かったけど」
「いやホンマに。この島はバルスされんくてよかったわ」
「何よそれ、呪文?」
「滅びの言葉。架空のやけど」
「ああ、来た時にはしゃいでた天空の城ってやつか?」
「うん。まあ知れば知るほどあの物語とは全然違ってんのが解ったけどな」
「そっかー。俺恭が“らぴゅた”って喜んでるとこ見るの楽しかったんだけどなー」
「……んんん?待ってルフィ今のもっかい言って!」

何かに気付いた恭が慌ててルフィに詰め寄るが、直後に飛び込んで来た鳥の鳴き声によって有耶無耶になった。
島民の助言に従い、帆を畳み財宝を船内に運んで空から降りる準備を整える。
下の青い海に戻ればまた、荒れる天候と海軍の犇めく航海が、新たな冒険が待っている。

「野郎共、そんじゃあ……青海へ帰るぞォ!!」

ルフィの弾けるような声に全員が力強く返答する。
そして船がやや傾き始めた頃、後ろで島民親子が大きく手を降りながら叫んだ。「落下中お気をつけて」と――落下中??
その瞬間急に襲ってきた浮遊感。

まるで足場が無くなり落下する直前のような……否。まるで、ではない。
門を抜けた先には道がなく、メリー号は空中に放り出されていた。
ほんの一瞬重力を忘れ、宙に浮いた麦わら一味。
コンマ数秒遅れてやってきた容赦のない引力によって、全員の目玉が置き去りにされた……ような気がした。

思えばジャヤから空島までは海流を使って垂直に登って来ていたし、下りも垂直に降りると考える方が自然だったのかもしれない。
耳を過ぎる風の音が強くてお互いの悲鳴は殆ど耳に入って来なかった。船と人間で落下速度が違うせいで空中に投げ出されそうになり、クルーは必死で船体にしがみつく。

「…!ぎゃああタコォ〜〜!!」
「コノヤ…うが!」
「ア!」

突如雲の中から出てきた巨大な蛸に対抗しようにも、舵どころかまともに身動きも取れない。
唯一ゾロが武器を構えたが、蛸が船を覆ったと同時に落下が止まったため、全員船の床に強かに身体をぶつけることになる。
痛みに悶えるクルーの中で真っ先に復活したルフィが、船外の様子を見て嬉しそうな声を上げた。

「おい見ろすげーぞコレ!」
「何だコリャ!」
「バルーンだっ!」
「うわ〜面白ェ〜〜!!」
「減速した……」
「し、ししし死ぬかかかとおおおも思おも…!」
「お…俺ァ…俺ァもうついにあの世に逝ってしまうのかと…」

頭上は蛸の吸盤で殆ど見えないが、顔を横に向けると船が雲の間をゆっくりと下降しているのがわかる。
どうやら蛸が気球になって下の海まで安全に降ろしてくれるらしい。突然の急降下で心臓が縮み上がっていた一味は、ぐったりしながら安堵の溜息を漏らした。

―カラァー…ン!カラァー…ン!カラァー…ン!

「これ…!」

そこへ聞こえてきた鐘の音。
恭はついに実物を見る事はなかったが、大空いっぱいに響く程の大きな鐘であればきっと一人二人で鳴らすのは難しい。
島の人達が…空島の人もシャンディアの人も一緒になって、笑って鐘をついている様子が目に浮かんだ。もう彼らが争うことはないだろう。

「うっはっはっはっ!いいなコレー」
「ああ、い〜〜い気持ちだ〜……」

これから先、どれだけの人があの荘厳な島に辿り着くことができるのだろう。
誰であっても、この素敵な見送りのついた景色を見られる者はいないに違いない。

ふわふわと下から温かく吹く風が、見送るように鳴り続ける鐘の音が、一味を優しく青い海へ運んでいく。
島の歌声と呼ばれたその音は、今は島の人々の笑い声のように聞こえた。


   *  *


「さてお待ちかねっ!海賊のお宝は山分けと決まってるわ!これだけの黄金だもの、すごい額よ!」

やや乱暴な着水ではあったが、一味は無事に青い海へ帰還した。
久し振りの偉大なる航路の荒れる波を乗り越えた後に待っていたのは、山のような黄金の分配である。
机に乗り切らない程の財宝を前に、ウソップとルフィがやんややんやと騒ぎ指笛を吹いた。

「イよォっ!」
「待ってたぞーっ!銅像買うんだ俺は!」
「本買っていいか!?」
「飲み放題だなコリャ」
「新しい鍋とフライパンと…食器に巨大ネズミ捕り」
「女子トイレとかシャワーブースとかも増設できるかな」
「あら、シャワー室も増やしたいの?」
「お風呂は嫌がる奴らがいるんで、あったら入りやすいかなって…」

「まず私のへそくりが八割」
『いやちょっと…』

ナミの露骨な独り占め発言にクルーは揃って待ったをかけた。
冗談よとすぐに改めたが普段の口振りから全く本気が含まれてないとも言い切れない。と思っていたが、今回は別で考えがあったようだ。曰く、メリー号を修繕しようとのこと。
舵や船首を折られたりマストをもがれたり船体を食べられたり、思えばメリー号はこれまで散々な目に遭っている。物欲を露わにしていたクルーも満場一致で賛成した。

「そりゃいい!ゴーイングメリー号大修繕!大賛成だ!!」
「じゃ…それにいくらかかるかわかんないから、宝の山分けは保留ね」

ウソップを筆頭に細々と直してきたがそれもツギハギだらけで、いつどこが壊れてもおかしくない。木材や部品を取り替えて本格的に直す必要があるだろうし、そうなるとプロである船大工へ依頼するべきだ。
荒れる海も巨大な鯨も乗り越え空まで飛んだメリー号は、破損はもちろん所々傷や汚れが目立つ。これからの冒険に備えて、また綺麗で丈夫な姿になってほしい。
そこでルフィがおもむろに立ち上がった。

「だったらよ…船大工、仲間に入れよう!旅はまだまだ続くんだ。どうせ必要な能力だし。メリーは俺達の“家”で“命”だぞ!この船を守ってくれる船大工を探そう!」
「……コイツはまた…」
「ホント稀に、核心を突くよ…」
「そりゃそれが一番だ!そうしよう!」
「じゃあその線で!」
「い〜奴が見付かるといいなー!」

これにも反対する者が出るはずがない。メリー号の修繕と船大工の勧誘ができる島を探す。今後の予定が決まった。ぴかぴかの船と新しい仲間の加入を想像してみんなが騒ぎ出す。
再び波が荒れだしたためすぐに船室を出たが、それでも何人かは期待で唇をむずむずさせている。恭もニヤけた顔のまま舵をとっていると、傍にいたゾロに見咎められた。

「何ヘラヘラしてんだシャキッとしろ」
「いやぁ、つい楽しみでさ…あの人もこんな感じやったんかなー」
「あ?」
「前に言ってた同郷の人がおるかもしれんって話。同じように冒険してたんかなーって」
「何ィ!?恭と同じとこから来た奴がいるのか!?」

二度とできないだろう体験を終えてすぐ、新たな冒険と出会いが始まろうとしている。
恭がふと思い浮かべたのは、あのイタリア語のメッセージを残した男だった。
通りすがったルフィが反応し、文字通り首を伸ばして聞いてくる。

右も左もわからない海の世界にたった一人。彼は仲間を失った側なのか、残して来てしまった側なのか。
どちらにしても孤独で苦しんでいてもおかしくない状況で、誰にも読めない言語で「元気でやってる」なんて書き残すということは、彼にも孤独を埋める出会いと冒険があったのだろう。
空の島へ行くというファンタジーな経験を終えた彼は、誰と何処へ向かったのだろう。

「会ってみたいな…会えるかな?」
「おう!そいつにもみんなで会いに行こうぜ!楽しみだな〜〜!」
「みんなで…せやんな。“今私は一人じゃない”もんな」

零れた言葉は奇しくも、恭が空島に残してきた言葉と同じだった。
強まる波と風にも怯まない一味の笑い声を乗せて、メリー号は青い海を進む。



“Sto bene, JOJO.  C.A.Z”

“Non sono solo adesso, Ghiaccio.”



我ここに至る