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Skypiea


島が滅んで神だけ生きるなんて滑稽だわ

「エンジェル島に…家族のおる者達だぞ……!」

ガン・フォールの慟哭を聞きながら、恭の空島への印象は大きく変わり始めていた。
物語と違って、空島は自然の力で空に浮いている。恭はまだ見ていないが、この島には今も尚たくさんの人々が地上と同じように生活している。
元から空島で暮らしていた人も、ジャヤから飛ばされて来てしまった人も、それぞれの思いはあれど四百年ずっと雲の上で家族や仲間と共に生きてきたのだ。
土から離れては生きられなかったあの物語とは違うのだ。

そんな人々を、島ごと消してしまおうとするこの男は…

「貴様悪魔かァ!!」

その昔、神という称号をもって空島を治めていたガン・フォールは、エネルの所業を知って激昂する。
けれど手負いの老体が振りかざした槍など、エネルはいとも容易く躱して彼に指を向けた。

「“二千万V放電”!」

青白い稲妻はガン・フォールも、ロビンも、ゲリラの男も、ゾロも貫いていく。
為す術なく次々と仲間は倒れていき、恭のジッパーも釣り針も悉くすり抜けていく。
背後でへたり込むナミを除きたった一人で佇む恭を見てエネルは嗤う。

「さて、残るはお前達二人だ。これ以上は時間の無駄だと思うが?」

ゴロゴロの実――クロコダイルと同じ自然系の悪魔の実の能力者である目の前の男に、物理攻撃はほぼ無意味。
勝ち誇った顔でエネルは掌にスタンガンのように稲光を走らせる。生身の人間に防ぐ手段はない。
……それでもこの男に屈服するのは承知できなかった。

「がフッ」
「…神様ってのは…人の心の拠り所に、癒しになるべきやろ」

恭が指差すと同時に、エネルが口から血と剃刀を吐き出した。先読みができても、内側からの見えない攻撃には対処が遅れるらしい。
数度咳き込みながら睨んでくるエネルの身体が脅すように青白く光る。もう同じ手は通じまい。
それでも、圧倒的な力を前にしても譲れない気持ちがある。恭はその場から動かずエネルを見据えた。

「争いと破滅しか呼ばん疫病神なんか、どこの大地でも願い下げや!」
「不敬」

エネルもまた恭に指を向ける。瞬きする間もなく光が迫り、遅れて全身を鋭い衝撃と熱が駆け抜ける。
脳天から爪先まで痛みに襲われ、自分を呼ぶナミの声を最後に恭の意識は暗転した。



―なーおい、黄金郷にはでっけェ鐘があんだよな!


それは探索組が森を歩いている時、大蛇に追い回される少し前のことだ。
ルフィから出た言葉に、その場にいたクルーはみんな彼の方を向いた。
モンブラン・ノーランドの航海日誌に書いてあったことを覚えていたらしい。ロビンの肯定を受けて、ルフィの顔はより一層笑みを深める。
木々に遮られているはずなのに、その笑顔は陽の光を受けたようにキラキラとしていた。

―そのでっけー鐘を空から鳴らしたらよ…下にいる菱形のおっさんや猿達に聞こえねェかなー!


ぱちぱちと音まで聞こえてきそうな笑顔を目にして恭の中にふと一つの可能性が浮かぶ。
ノーランドの物語なんて、彼はもう忘れているだろう。
財宝だって手に入れば喜ぶだろうが、彼は大して執着しないだろう。
空島の過去もジャヤの過去も、彼は今後も聞こうとも思わないだろう。

……もしかしたらルフィは“そのため”だけに空島に来たのかもしれない、なんて。

―なァ!聞こえるよなー!!


ルフィの発想にロビンは微笑み、チョッパーは目を輝かせ、ゾロはニヤリと口角を上げて、恭は眩しさに目を細めた。
もし“そう”だとしたら、あまりに短絡的で無謀で……とても誇らしかった。


   *  *


「あっ恭!よかった、気が付いたか!」

島中に轟く夥しい数の雷鳴に、恭の意識は浮上する。ゆっくり上体を起こしていると、近くでゾロとガン・フォールの呻く声が聞こえた。
倒れている間に何があったのか、地下の遺跡から地上に上がって来ていてウソップとサンジまでいる。
上陸した時に青く晴れていた空は、今は真っ黒な雲に覆われ次々と島に雷を落としている。エネルによる空島消滅が始まっているらしい。

「急ぎましょう。ここにいても何もできない」
「恭、ボロボロなとこ悪ィけどこいつら小さくしてくれねェか!」
「…あ…うん…」

支えてくれるウソップ曰く、上空を飛ぶエネルの船へ向かっているルフィをナミが迎えに行っているそうだ。何やら入れ違いがあったらしい。
ルフィを連れ戻したらメリー号で空島から避難する計画らしく、気絶しているサンジとチョッパーを託された恭は曖昧に返事をする。
――避難する?あのルフィが、逃げるなどという選択をするだろうか?

けれど悩む間など許さないと言わんばかりに、突如上空に黒い球状の雲が現れる。
不穏な低い音を響かせる黒雲はゆっくりと遠くの島の方へ降りていき……

「……は?」

轟音と共に島を消し飛ばした。

「……エンジェル島を…消しおったのか…!?」

掠れた声で頭を抱えるガン・フォール。目の前の信じがたい光景は現実のものと受け入れるには余りに残酷だ。
ほんの数十秒前までそこには島があったのだ。島には町が、人々が、歴史があったはず……それを何の躊躇いもなく踏み躙り一瞬にして無に帰したエネルへの嫌悪感で、恭は吐き気を覚えた。
今更船へ向かっても空島から脱出できるのかも疑わしい。震えあがるウソップに急かされて立ち上がったところへ、何かが上空から落ちてきた。

「…この巨大な蔓を…“西に切り倒せ”」
「何ィ!?」

一度巨大な豆蔓の先端が落ちてきているためウソップから悲鳴が飛び出たが、二度目は大きな葉だった。
蔓はエネルによる敵意だったのに対し、葉はナミからのメッセージである。エネルの船に攻めに行くのに、豆蔓を橋替わりにして接近するつもりらしい。
やっぱりルフィは逃げるという考えを持ち合わせていない。あの時森で口にしたことを――黄金の鐘を鳴らすことを実現させようとしている。

「そんな無茶苦茶な…!」
「…ルフィを説得できなきゃ全員でデモ起こしても聞かへん、やんな?」
「そういうこった。無茶でも何でもやって貰うしかねェだろうがよ」

空には先程島を消滅させた黒雲より、数倍巨大な球状の雲。エネルはいよいよ空島全てを消し去るつもりらしい。こちらの動きにも気付いて次々と雷を落としてくる。
足場を貫こうとする電撃から逃れるため蔓から離れた所へ一行は走るが、蔓を切るためゾロは反対方向へ駆け出し、恭もその背中を追った。

「おい恭何する気だ!?」
「あれやって一応生物やろ。老化させる!」
「無理だ!ガスの効き目が出る前に攻撃されちまうぞ!」
「解ってる!やから“直”でいく!」

大木のように太い豆蔓相手には剃刀を出すことはもちろんできない。ジッパーを取り付ける能力も小さくする能力も、効果を発揮させるには時間がかかる。この場で唯一可能性があるとしたら老化ガスの能力のもう一つの発動方法、対象に直接触れることだ。辿り着く前に雷を食らう確率が高いが、一か八か飛び移るしかない。
二本の捻じれた蔓の片方をゾロが切り、間髪入れずに彼に電撃が落とされる。心配ではあるが無事を信じて恭は地を蹴った。
老化能力を使うため、釣り竿を出すわけにはいかない。何とか自力で蔓にしがみつくしかないと恭が両手を伸ばした時だった。

「十輪咲き!」

恭の肩に腕が生えた。いや、咲いたと表現すべきだろう。
腕から更に腕が咲いて恭の肩から五対の腕が伸び、蔓にも咲いていた両腕と手を取り合う。
肩からの命綱を手に入れた恭は、両腕両足を使って無事蔓に着地した。

「ロビンさん!」
「騎士さん達は避難させたわ。私が支えるから、貴女はしっかり両手を使って!」
「っ、ありがとう!」

不意に襲った強い衝撃により蔓がやや傾いたのは上でエネルに攻撃されているからか、それとも下の遺跡で何かあったのか。
蔓の破損を避けるためかまだ雷撃が来ない。すぐ足元でウソップが次々火薬を打ち始めたため、恭も切られていない方の蔓に両手を添えた。

「グレイトフル・デッド!」

触れている所から蔓が急速に萎れ始めるが、それでも蔓は倒れない。
雷は途絶えることなく襲いかかって来るが、それでも地面は崩れない。
能力者とはいえたかが一人の人間には奪い尽くせないほど、この島には命が満ちているのだ。物語の天空の城とは似ても似つかない。
幾百の声を聞き取れる力を持っているのにその気持ちを汲み取らなかったのは、汲み取る事に疲れたのか必要がないと思ったのか……何れにしろ全てを滅ぼす考えに至ったエネルはいっそ哀れだった。

「そっから降りろガキ!“排撃”!!」

肩の腕が恭を宙へ放り投げると同時に、蔓に大きな風穴が空いた。メキメキと音を立てて蔓が倒れ始める。
ココヤシ村でも、ドラム王国でも、アラバスタでも、破壊と支配で国を手に入れようとした輩は誰一人成功しなかった。
今回もきっと同じだ。

「晴れろ〜〜!!」

大きな破裂音と共に、どす黒い球体をした悪魔が跡形もなく霧散する。
暗雲がかき消されて青空が広がる中、遥か遠くで何かが金色に光りながら吼えている。ウソップが泣きながら彼の名前を呼ぶ。
恭の目に映ったそれはさながら、麦わら帽子を被った神様だった。

「鳴らせェ麦わらァ!“シャンドラの灯”を!!」
「聞かせてくれ小僧……“島の歌声”を!!」

未だ雷鳴が聞こえるがもう怖くない。既に結果を確信していた。
金色の光が稲妻に向かって行くのを静かに見守って……その音を聞いた。



「やりやがったあんにゃろう〜〜〜!」
「何て美しい…」
「キレーな音だなー。何だコレ?何だ!?」
「いつか…こんな時が来ると…信じた…」
「……ノーランドの聞いた鐘の音ってのは…」

深みのある澄んだ音が青空いっぱいに広がる。
荘厳な響きが島に、更に遥か下の海にまで降り注ぐ。
もう雷鳴は聞こえない。

「…賛美歌みたいや……」

シャンドラの灯。
島の歌声。
戦いの終焉を知らせる音色。
約束の鐘。
四百年の時を経て体を震わせたその鐘は……まさしく平和の証だった。

その後神の島に、海に避難していた島民が続々と集まってきた。
シャンディアの子孫達も、故郷を失った空島の人々も、長きに渡る確執は簡単には忘れられないかもしれない。
けれど少なくとも、今この瞬間は誰一人争いを望んではいなかった。
ルフィが言い出しっぺになって始まった宴に、空島もシャンドラも動物達まで加わって、みんなが笑いながら踊りだす。
歴史も文化も越えた平和を歓ぶ宴は、数日に渡って開催される事になる。


   *  *


「おい、ほどほどにしとけよ青海人。傷口開くぞ」
「ぜぇ……ぜは……だいじょぶ、です…」

エネルを倒し神官を追放してから丸一日経った頃、恭は神の島の森で枝から枝へと飛び移っていた。
大蛇に追い回された時に無我夢中で使った釣り糸での空中移動を練習するには、この森はうってつけである。
見えない糸、という神官に似た能力にシャンディアの戦士は始めは嫌そうな顔をしていたが、ちょくちょく失敗して身体をぶつけたり木から落ちたり果ては道に迷う恭を見かねて数名が並走しだした。
時々首根っこを掴まれたり空中姿勢を指摘してもらうこと数時間、日が傾き始めた頃にはノンストップで島を一周できるようになった。

「はひ…こ、これなら実戦でも使えるかも……皆さんありがとう…」
「今回の借りに比べたら大したことじゃねェ。“利き手を使わずに”できそうか?」
「なんとか…明日も練習せんと…」

クリケットの家の片割れで座り込んで息を整えている恭に対し、戦士達―確か一人は虫みたいな名前だった―は包帯だらけなのに平然としている。
体力と経験の差にどんよりしていると、目の前の海からぶわりと強い風が吹いてきた。

空島に辿り着いたばかりの時に見た青空と白い雲も綺麗だったが、薄桃色に染まる空と雲海も幻想的な景色だ。
来たばかりの恭ですら感動する景色なのだから、生まれてからずっと戦い続けてきただろう戦士達にとってどれだけ待ち望んだ瞬間だろうか。
その場の誰もが無言で眺めていたが、暫くして日が沈まない内に戻ろうと海に背を向けた。

「……あれ?」

立ち上がるため家の壁に手を付いたその時、恭が感じたのは不自然な手触りだった。
ざらざらした壁の感触でも、苔や木の湿った感触でもない、削られて傷付いたような凹凸具合。
壁に目を遣って手をどかすと、それはただの傷ではなかった。


“Sto bene, JOJO.”


「――ッ!?」

驚愕で後退りした足が木の根に引っかかり転倒する。派手に尻餅をついた恭に、戦士達が彼女の元へ寄って来た。
家の方に目が釘付けになっている様子に視線の先を辿り、やがて「ああ」と納得の声を漏らす。

「この落書きか。昔からあるんだ」
「へ?昔って……」
「二十年以上前にもこの島に海賊が来たことがあってな。そいつらの内の一人がこれを書いたらしいぜ」
「酋長は歴史の本文じゃねェって言ってたけど誰も読めねェんだ。お前読めんのか?」
「これは……昔の、仲間の故郷で…」

二十年以上前……ロビンから聞いた“サンブレスを持つ男”のいた時代と合致する。
この世界は恭のいた世界で言うところの日本語で会話をし、使われる文字は日本語と英語が混同している。陸から遠く離れた空島ですら同じ言語なのだ。言葉はほぼ世界共通なのだろう。
つまりこちらの世界でこの文を――イタリア語を書ける人間がいる可能性は限りなく低い。

「…これ書いた人って、どんな人か聞いてます…?」
「知らねェな。若い男だったってくらいだ」
「それより、何て書いてんだよそれ?」

悪魔の実を持たず、海を走り、無数の攻撃を弾き、イタリア語を使える若い男――自分以外にも違う世界から来た人間がいる。誰?どうやって来た?今何処にいる?噂が漠然としすぎて疑問が尽きない。

けれど恭は、脳内をざわめかせていた可能性が静まっていくのを感じた。


「“俺は元気にやってるぞ、ジョジョ”」

自分の思い描いていた男に、ジョジョと名のつく親しい人はいない。寧ろそのあだ名は敵対していた少年のものだった。
自分はおろかチームのリーダーへ宛てられたものでもないこのメッセージは、きっと彼のものではない。
文字を指でなぞっていると、少し下に名前らしきものも刻まれている……それも彼には掠りもしなかった。

「か、ず…いや、イニシャルかな…?」
「……大戦士カルガラも、友へのメッセージとして鐘を鳴らそうとしたんだ。“俺達はここにいる”ってな」
「もしその話を聞いてこれ書いたんなら、こいつにとって大事な奴だったんだろうな」

シャンディアの人がよく口にするカルガラという人のことを、恭はよく知らない。シャンドラの昔の偉人という程度の認識だ。
あの大きな音でなければ居場所を知らせられないとなると、彼と友人は遠くかけ離れた場所に、きっと陸と空で引き裂かれたのだろう。それでもシャンドラの大切な鐘で呼びかけようとするほど大切な相手だったのだ。

戦士達の言葉を聞いて、途端に恭の目蓋の裏に昔の仲間の顔が鮮明に浮き上がった。
このメッセージを書いた男もきっとそうだっただろう。“彼”でないことがほぼ確定した今関心があるのは、この景色を見た男の心情の方だった。
一万メートルの距離をものともしない友情は、そしてその意志を四百年絶やさなかった子孫達の思いは、聞いた者に大切な人へ言葉を届けたいと思わせるには充分だ。

「……なあ、私も何か書いていい?」

たとえそれが二度と会えない人と解っていても、会うことが叶わない場所にいたとしても…
不思議と言葉が届くような気がした。

この島は、たくさんの人の“存在の証(ここにいる)”で溢れている。