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Skypiea


言葉を慎みたまえ、君達は神の島にいるのだ

「スティッキィ・フィンガーズ」

白くて丸くてモコモコしている雲に青い手を添え、円を描くようにジッパーを取り付ける。
ルフィ・ウソップ・チョッパーに頼まれた箇所も同様にして一斉に切り離し、枕サイズになった雲を配ってジッパーを解く。
目で合図を送り合い、四人はそれぞれの腕の中の雲にバフっと顔を埋めた。

「「「「ああ〜〜ふっかふかぁ……」」」」

突き上げる海流を渡った先に現れたのは一面真っ白な雲の世界。
ルフィに手を引かれるまま恭は雲に飛び乗ったが、土足で立つのが躊躇われるくらいの純白である。
水蒸気の集まりである雲に本来触れるはずがないのだが、海のように船を運んだり陸のように歩けたり、空島の雲にはいろんな形があるらしい。
お日様の匂いのするふかふかの雲は例えが見つからない柔らかさと温かさで、恭はとろりと目を細めた。

「おい恭!全員分作ろう!」
「あっちにいい感じの塊があるぞ!」
「あんた達遊んでないで通り道探して!」

船の方からナミの怒った声が飛んできた。
ちゃっかり八人分作った雲の枕をそれぞれ両手で抱えて、雲から雲へ飛び移って通れそうな道を上から確認する。
しばらく雲の間を進んでいると大きな門を構えた広い場所に出たため四人は船に戻った。
門を見上げるとそこには「HEAVEN’S GATE」という文字が。

「天国の門、だと…」

縁起でもないとウソップが震え、変なところで馬が合うゾロとサンジが実は全員死んだのかもと冗談めかして話し、乗っかったルフィがへらへら笑う。
男性陣が楽しそうでなによりだが、真に受けたチョッパーが驚愕しているのを誰もフォローしないため、恭はしゃがんで小さな背中を擦った。

「大丈夫やチョッパー、私らは死んでへんよ。海賊は天国には行かれへんからな」
「えっ!?」
「フォローになってねェよ」
「あっ見ろあそこ、誰か出てきた!」

ウソップの指さす方を見ると、門近くの扉から出て来た老婆がカメラを船に向けていた。
シャッターを押しながら入国料を置いていけと言うが、エクストルという通貨が解らない。
もっと不可解なのは、払わなくても通っていいことである。持ち金が子供のお小遣い以下な麦わら一味は払わずに通るしかないのだが。
何の条件も言われなかったが、無銭で入国した船に何か制限はかからないのだろうか……

けれど運ばれた先を見た途端、そんな疑問は脳内から消し飛んだ。

「空島だ〜〜!!」

白い海原に青い空。
自然の緑と雲の白が混じる陸。
橋や巨大な蔓が雲を繋ぎ、遠くには城のような豪華な建物。
門から更に上空には、お伽噺のような景色が広がっていた。

想像していたものとは異なるが、それでも荘厳な島の姿に恭は言葉を失う。
メリー号が陸に着くのも待てず、サンダルを脱ぎ捨てて船から飛び降りた。

「あっ恭、抜け駆けは許さねェぞ!」
「うおおお!俺が先だァ!」

陸に向かって走る恭に先を越されまいとルフィとウソップが追いかけ、それに続こうとチョッパーが梯子を降りる。
まだ得体の知れない海なのにと呆れ気味の他のクルーも、綺麗なビーチを前にいそいそと上陸準備をしている。
途中で恭を追い抜いたルフィは、浜に辿り着くと満面の笑みでクルーの方へ振り返った。

「おっしゃあ!俺一番〜!」

続いて浜に着いた恭とルフィの目が合う。
恭は黙ったまま奥に広がる島を見て、振り返ってメリー号を見て、その先に広がる白い海を見た。
――絵に描いたような冒険の光景が、夢のような景色が目の前にある……

「…らぴゅたはあった……」
「恭…?」

ふるふると体が震え、じわじわ口角が上がるのを抑えられない。
恭は大きく息を吸い、天を仰いで両の拳を突き上げた。


「ホンマにあったァーー!!」

喜びと感動と興奮が混じって飛び出た大声は青空へと飛んでいく。
こんなに恭が全身全力で喜びを体現するのはチョッパーと出会った時以来だ。
つられて感動したルフィは、堪らず恭へ飛びかかって来た。

「ぃやッッッたァァあああ!!」
「うわぁあああはははは!!」

腕で恭の身体をぐるぐる巻きにして持ち上げ、その場でくるくると回る。
遠慮のない振り回しっぷりに恭は始めこそ驚いたが、徐々に楽しくなってルフィと一緒にきゃらきゃらと笑い出した。
ルフィが波に足を取られたためすぐに二人してひっくり返る事になったが、浜も雲のように柔らかく少しも痛くない。
ひとしきり笑うと恭は仰向けで寝転んだまま、黙って目の前の青空を眺めた。

「どした?疲れたか?」
「んーん、こんなシーンも物語にあったなーって…懐かしい……」

故郷から遠く離れた所で、故郷で夢見た景色を目にしている。
その事に体が熱くなるくらい興奮しているのに……心のどこかに温まらないところがある。
嬉しくて楽しくてワクワクしていて晴れやかな気持ちなのに、どこかに水溜りがあるような。この正体はもしかして――

そしてそんな恭の様子を、目の前の船長は見逃さない。

「…泣かねェのか?」

恭が顔を横に向けると、いつかのように真顔で尋ねてくるルフィ。
恭も明確に名前を見付けられていない心境に、彼はきっと気付いている。
それでも今彼の言葉通りになりそうかと考えると…そんなことはない。だから恭もいつかのように「うん、泣かへん」と返した。

「そっか…」
「いつまで恭ちゃんにくっついてんだクソゴムぅぅぅ!」

恭とルフィの距離の近さに怒り狂ったサンジのローキックが飛んでくる少し前。
ルフィが恭に見せた顔は、以前とは違って少し不満そうだった。

けれど仕方がない。恭はけして我慢しているわけではないのだから。


   *  *


入国料問題は一味を見逃してはいなかった。

「神・エネルの御名において、お前達を雲流しの刑に処す!!」

島民の親子からもてなしを受け、空島独特の文化に触れていた麦わら一味の前に現れた謎の集団。
空島の兵士らしい彼らが言うには、やはり料金を払わず入国するのは法律違反だったらしい。

「そんなこと言われんかったし。これ詐欺やん。訴えたら勝てるて」
「海賊に法が通じるわけねェだろ」
「さらに採捕禁止の空島の雲の所持もあるため、漁業規則違反も加算されます」
「嘘やん、サンゴと一緒!?」

そんなある意味当然の理由や拾い物まで窃盗扱いされるといういちゃもんも含め、一味はあれよあれよと空島でも犯罪者としてマークされてしまう。
仕掛けられた攻撃は麦わら一味の戦闘員で難なく返り討ちにしたが、兵士の言った神官からの制裁があるという言葉が気がかりである。
突き上げる海流を抜けてすぐに襲いかかって来た謎の人物も、今思えば何か関係しているのかもしれない。
同タイミングで現れた老騎士も護衛の営業しかしてくれなかったが、捕まえてでも聞いておくべきだった。
とにかく神官の裁きとやらから逃れるため空島を出ようとナミが提言するが、それを是とするルフィではない。

「出るだと〜〜!アホ言え、お前は冒険と命とどっちが大事だァ!」
「命よ!その次はお金!」
「恭だって嫌だよな!?冒険したいよな!?」

目をひん剥いて猛反対するルフィの顔が恭に向けられる。
ついでにナミからも無言の圧力が籠った目線が向けられている――アンタは私の味方するわよねェ?
雄弁に語るその目に、近くにいたウソップと一緒に恭は顔を引き攣らせる。それに屈したわけではないが、空島を出る方法を知らないことは問題だろう。

「…確かに今すぐ空島から出るのは惜しいけど…」
「ほら!」
「でも、帰り道を把握しとくのは大事やで。帰るルートを調べつつ、寄り道できるか様子見したらええんちゃうかな?」
「だな。俺達ここに来るのに必死で帰りのことなんて考えてなかったからな。まずは安全な道を探そうぜ!」

ウソップの後押しもあってルフィとナミはムスッとした顔のままだが了承する。
ルフィはサンジと一緒に食糧を分けてもらいに、ウソップはルート確認と備品の調達のため、島民の親子の元へ向かう。
ナミは出航準備のため残りのクルーと共に船に戻る。全面的には味方してくれなかった恭の後頭部を小突きながら。

「チョッパー!あんたは私の味方よ、ね゙ェ…?」
「えっ?」
「チョッパーを脅さんといてよ」
「うっさい、恭のバカッ」
「あてっ、いててっ」
「当たんなよ、解ってんだろ?ルフィを説得できねェんじゃ全員でデモ起こそうが聞きゃしねェ」

偶然にも神官達の強さを目撃してしまったナミは一刻も早く逃げ出したいらしい。いまいち緊迫感のない恭とゾロに苛立ちをぶつけている。
そろそろ煙が上がりそうな後頭部を擦っていた恭は、タイミングよくメリー号から降りてきた縄梯子を使って甲板へ登る。てっきりチョッパーが降ろしてくれたのだと思っていたが、登った先で笑って恭を出迎えたのはロビンだった。

「何だか大変なことになったわね」
「まあ、海賊はどこでも追われる種族なんでしょ」
「そうね……簡単には逃げられないわよね」
「…え?」

ぽつりと漏らしたロビンの言葉の意味が解らず恭は思わず聞き返す。
何を考えているか解らないロビンの本心が、ほんの僅かに垣間見えたような気がしたのだ。視線も逸らしてしまっていたが、もしかしていつもとは違う表情をしていたのだろうか。

けれどロビンへ投げかけようとした言葉は、突如現れた甲殻類の鋏によってかき消された。


   *  *


ルフィ・ウソップ・サンジを置き去りにして、巨大なエビに連れられた先の島。ゾロ・ナミ・ロビンが探索のため船を降りる。
八人いるクルーの内、三人と三人がいなくなった場合の引き算など、年齢一桁の子供でもできるだろう。

「一番危険なのおれ達だ!!」
「大丈夫やて、チョッパーは私が守るからな」
「恭〜!いてくれてよかったー!」
「んぇへへへ…」

心細さから足にしがみついてくるチョッパーが可愛い。でれりと鼻の下を伸ばす恭。
いつぞやもあったシチュエーションで、あの時はすぐにラブコックという名の邪魔が入っていた。
しかし今回の邪魔は、仲間の帰還ではなかった。

「何だ、殺していい生け贄はこの二人か?」

巨大な鳥に乗って船に乗り込んで来た見知らぬ男。大きな武器を持って吐かれたセリフが何よりの自己紹介だ。
老騎士から貰った助けを呼ぶホイッスルをチョッパーが吹き、チョッパーを抱えて恭が飛び退くのに一秒も要らなかった。

「うわあああああああ!!やめろ〜!やめてくれよォ!!船だけはやめてくれ!」
「チョッパー、マストを捨てろ!このままやったら全部燃えてしまう!」
「ウゥ……!くそォ!!」

チョッパーから悲痛な叫び声が上がる。
恭とチョッパーの必死の抵抗など意に介さず、率先して船を攻撃してくる男。
この場にいないクルー含め、逃げ込む場所を奪ってしまおうという魂胆だろうか。
男の持つ燃える槍によって火の手が上がったメインマストを、チョッパーは身を切る思いで折って船外へ投げ捨てた。

「このっ、メ――」
「小賢しい」
「ぐッ」

それより解らないのは、この男の反応の早さである。
動きが速いというよりこちらの動きを読まれているようだ。能力の名前を言うより早く、男に視点を合わせた瞬間に吹き飛ばされる。
一体どういうカラクリなんだ――小さい舌打ちが恭から漏れた。

今メリー号の居る場所は男が言うには、誰かが神官による試練を受けている間は手出しされない“生け贄の祭壇”らしい。
けれど生け贄が外へ出て行ってしまった場合、祭壇に残った者は犠牲者として即攻撃の対象にするという。
森へ入る。神に祈った事はない。そう大口を叩いた某剣士の顔が脳内に浮かび、恭とチョッパーは頭を抱えた。この事態の原因は奴である。

「己の過ちをより深く知る為に、お前達の命を“神”に差し出せ!」
「い、嫌だ〜〜〜!!」
「チョッパー!」
「クカカカカ!」

槍を振り翳しチョッパー目掛けて上から飛び降りて来る男。助けに行こうとする恭の前には男の連れて来た怪鳥が阻んでくる。
見えない腕を伸ばすも間に合わず槍の先端がチョッパーの肩に触れた。チョッパーから悲鳴が上がり、男は狙いを恭に変える。
その時、特徴的な鳴き声と共に水玉模様の鳥が舞い降りて、その背に乗る鎧を纏った老騎士が男の槍を弾いた。

「少々待たせた」
「空の騎士〜〜!!」

男も鳥に跨り老騎士との空中戦が繰り広げられる。
恭は自分の服を割いてチョッパーの肩の傷に宛てがいながら、上空の攻防戦を見守る。
二人が何事か叫び合っているが船から距離が離れていて聞き取れない。それよりもチョッパーも恭も感じた違和感がある。
始めは優勢だった老騎士が、徐々に動きが鈍くなっているのだ。特段傷を負ったわけではないのに不自然な動きをしている。
男がニヤリとほくそ笑むのが遠目に見えた――何か細工をされている。老騎士に狙いを定め槍を振り下ろす男を見て恭は手を翳した。

「おのれ…何をした……!?」
「死ぬ者に答えは要るまい」

「ビーチ・ボーイ!」
「うおっ!?」

燃える槍が老騎士の鎧を抉ったその時、急に男の身体が鳥の上から引きずり下ろされた。
男が落下していく先に首を向けると、何かを――丁度釣竿を持つような構えをした恭。
老騎士に意識が集中していた隙を、恭は見逃さなかった。

「下手な鉄砲も数打ちゃ当たるやろ――Arrivederci!」

聞き慣れない単語と共に男を襲ったのは、無数の見えない拳だった。
攻撃が来ると“読めては”いたが、息つく間もなく繰り出されては防ぎようがない。女のものとは違う固い拳の連撃から頭を守るしかなかった。

始めからこの女の攻撃は不可解だった。“何かを吐かせよう”としたり“何かを使って殴ろう”としたり能力に共通点がないうえに、肝心の能力が目に見えない。
一体どういうカラクリなんだ――小さい舌打ちが男から漏れた。
けれど男には槍以外にも攻撃の術がある。

「クカカカカ!」
「うぁッ!」
「将を射んと欲するなら、まず馬を射るべきだったな。俺の場合は鳥だが…」

男の連れていた鳥が恭を背後から襲う。
大きな鉤爪で背中を蹴り飛ばされた恭は甲板を転がり船外へ飛び出したが、間一髪船の縁を両手で掴んでぶら下がる。
慌ててチョッパーが引き上げに駆け寄って来たところに恭が感じたのは安堵感ではなく……謎の浮遊感だった。

「摩訶不思議、紐の試練……!」

クロコダイルに掴まれた時とは違い、全身が何かに阻まれまともに動かせない。
再び鳥の背に乗った男が口の中の血を吐き捨て、槍を構えて船の方へ飛んで来る。
チョッパーが手を伸ばすも虚しく船から離れた恭の身体は、縄か何かで絡め取られたように男の目の前まで引き寄せられ……

神の島(アッパーヤード)…入るはいいが、我ら四神官の険しき試練…ちょっとやそっとで破れるものと思うな!」

燃える槍が、恭の腹を貫いた。

「神・エネルは貴く、遠いお方だ」
「がはッ…!」
「ウワァアア!恭〜〜〜っ!!」

刺された腹から煙が上がり、重力に従って恭の身体は落下していく。
チョッパーの何度目かの悲鳴が恭の鼓膜に響き、此方に向かって手を伸ばす老騎士の顔が紅く霞む視界に映る。
文字通り燃えるような痛みが全身を駆け巡り、瞼は重く、意識は薄れていく――こんな状況になっても残り一つの、彼の能力が現れない。

「…生き…て、ンの…?」

恭の頭の中を掻き乱す感情は、一言でいえば困惑だった。

どんな力より鮮明に覚えている能力の持ち主で、二十年前にこの世界に降り立っていたかもしれない男。
そして、未だに力が発現しないという事は、死んでいない可能性をまだ拭い去ることができない男。
失った仲間達の中でも一等大事で、忘れられない人……


「ぎ、あ…ちょ…ッ」


久し振りに口にした大切な人の名前は掠れていて、それも直ぐに雲の海へと呑み込まれていった。