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Skypiea


海賊が冒険を夢見てどこが悪い!

ジャヤ島、モックタウン。
空島の情報を集めるためこの島に一時停泊した麦わら一味。

ならず者の溜まり場なのか、下品な笑い声や争うような物音、はては銃声が聞こえたりと非常に治安が悪い。
ルフィとゾロが面白そうだと船から降り、そのブレーキ役にナミが二人の後を追った。何故サンジや恭ではないのかというと、船内の戦力が減ることをウソップとチョッパーが嫌がったためである。

「その帽子似合うわね目付役さん、それも買いましょ」

そんな恭は今、ロビンと一緒に町に来ている。
船の補修の手伝いをしようとしていたところをロビンに誘われたのだ。
着の身着のままで船に乗り込んだ彼女は日用品の調達ついでに別ルートで情報収集をするとのことで、確かに誰か見張りがいた方がいいかと恭はそれを了承した。
そしてサンジに一言断って町に来たはいいが、ロビンは自分のものだけでなく何故か恭の服まで選んでいる。
服や武器など必要なものはアラバスタで貰っているため不要だと伝えたが、ニコニコ笑って恭に服を宛てがうためもう好きにさせることにした。
選ぶものがみんな恭の好みのデザインばかりなため強く言えなかったのもある。

「ふふ、久々に楽しく買い物ができたわ」
「…買ってもらった分のお金は後で返します」
「いいのよ。これくらいプレゼントさせて」

やんわり断られると引き下がるしかない。情報収集のために入った酒場でも飲み物をご馳走してもらうことになった。
何遊ばれてんだ絆されんな、と脳内のゾロが眉を顰めている。
もっと警戒しているという姿勢を見せたいが、疑わしい事をしていない以上こちらからできることは何もない。
カウンターで楽しそうにグラスを傾けるロビンの隣で、恭は居心地悪そうにジュースをちびちび飲んでいた。

「…迷惑だったかしら?」
「そういうわけでは…逆に私といて嫌じゃないんですか?」
「ええ、貴女や剣士さんの反応は尤もだもの」

牽制が効いてないのかと思いきやそうではないらしい。もう跡は残っていないが確かに痛みを与えた手の甲を、ロビンはそっと擦る。
ならば尚更わからない。いつでも攻撃してやるという態度の相手とショッピングを楽しもうという思考が。
口を尖らせる恭の何がおかしいのか、ロビンはくすくす笑ってツマミの皿を恭の方に寄せた。

「そうね…貴女が船で安心して眠れるくらいには仲良くなりたいの。だからこれはお近づきの印」
「……」

くらいには、とはどういう意味なのだろうか。
安心して眠っていいくらい敵意はないらしいが、自分から仲間に入れてほしいと言っておきながらクルーと親しくなる気はないのか。それともその程度の期間しか麦わら一味に身を置くつもりがないのか。
問い質してやりたかったが、経験値の高そうな静かな微笑は何も教えてくれそうになかった。

「本当なのかよ…あの爺さんが金塊を見つけたってのは?」
「ああ。だがあの嘘つきノーランドの子孫だ。どーせ大袈裟に言い触らしてんだろ!」
「あら、その話詳しく聞かせてもらえる?」

気になる単語が聞こえてきて、席を立ったロビンが男性客のテーブル席の方へ向かう。ミステリアスな美女に話しかけられて気をよくした男達は得意気に話し始めた。
隣にいた恭はステルスを使っていないのに、きっと存在すら気付かれていないのだろう。話も中断され、荷物番しかすることがなくなってしまった。
男達の話すジャヤのはみ出し者の男のことを聞きながらツマミのブルスケッタを齧ったが、モヤモヤした気持ちの所為かあまり味はしない。

「…そう、是非その人に会ってみたいわ。何処にいるのか教えてもらえる?できれば地図も」
「タダとはいかねェな……姉ちゃんが俺達ともっと仲良くしてくれるんなら考えてやってもいいぜェ?」

話が進むにつれて男達の言動がいかがわしくなってきた。いつの間にか他のテーブル席にいる客からも視線が集まっている。
その目がロビンをどう見ているかは明らかで、同性として嫌悪感が募る。これ以上の長居は無用だろう。
ジュースを飲み干した恭は席を立つと早足でロビンの元へ歩み寄る。
彼女の肩の方へ―触れようとしたのはもう少し下の方だろう―伸ばされた爪の黒い手を音を立てて叩き落とした。

「あァ?んだこのガキ」
「“姉さん”に触んな」

睨みつけてくる男を冷ややかに見下しながら出た言葉について、恭はよく考えたわけではない。この場をさっさと立ち去るのに手っ取り早い言い訳だろうくらいにしか思っていなかった。
けれどこの言葉に驚いたのは男達ではなくロビンの方で、ぱちぱちと数回瞬きをして自分より背の低い恭の頭頂部を見詰める。
自分を警戒していた相手から突然庇われて反応が遅れたらしいが、そんなものに構っている時間が惜しい。

「帰ろう姉さん。私バゲットにトマトより、今は食パンに目玉焼きの気分」
「おいおいチビ助、姉ちゃんはこれから俺達と遊ぶんだよ邪魔すんな!」
「まあ待てよ、除け者にされて寂しかったんだろ?お前もお姉ちゃんと一緒に可愛がってやるよ」

ロビンの背を押して出口へ向かう恭を数人の男達が取り囲み、あからさまな目線を向けてくる。
力で抑えればどうにでもできると踏んでいるらしいが方や元七武海の秘書、方やその七武海を喀血させた海賊。どうにでもできるのはこの二人の方である。
けれどこの島から穏便に出航するため乱闘は避けたい。どう切り抜けたもんかと恭は静かに考えていた。

「これだけいりゃァ、そのまな板が趣味な奴も何人かはいるだろ!ギャハハ!」
「………ああ゙?」

彼らが地雷を踏むまでは。

「ゴハッ!」
「おいオッサン…あんた今、私のことなんつった…?」

突如男が鼻から釘と血を噴いて机に突っ伏した。静まりかえった酒場に女の低い声が響く。
ロビンをカウンターへ追いやって恭が手を翳すと、同じテーブル席の男達が磁石で引き寄せられたように頭をぶつけ合う。
ひっくり返る男達にギャラリーから小さく悲鳴が漏れるが時すでに遅しである。

「だァれの胸がァァ断崖絶壁じゃあああ!」
「え!そ…そんなこと誰も言って…」
「確かに聞いたわコラーーーッ!」

相手は害しても問題のないチンピラ集団。傍にいるロビンは強さでは心配いらない。問題児のルフィとゾロにはナミがついている。戻ってすぐ出航させれば被害はいかないし、そもそもこの集団に負けるような仲間ではない。
心配事がなくなった恭は、コンプレックスを大勢で笑われた怒りを遠慮なく発散することに決めた。
急に姿が消えたと思ったら鳩尾を蹴飛ばされたり、口から血と剃刀を吐かされたり、店主と客引きの女は店の外へ突き飛ばされたりと、酒場は恭の独擅場となる。

あまりの暴れっぷりに、暫く呆けた顔をしていたロビンはやがてこっそり吹き出して笑う。
得体の知れない能力を持ち仄暗い警戒心を向けてくる少女が、年相応に見た目を気にして怒りを爆発させていることに安堵を覚えたのだ。
さて仮にも庇ってもらったのだからこちらもフォローはしなければ。一つ咳払いをして逃げようとしていた男の一人に腕を咲かせて地面に押さえつけた。

「ヒィッ、て…手…ッ?」
「見ての通り“妹”はやんちゃなの。これ以上遊ばせるのはお互い不本意でしょうから……そのクリケットという男の居場所を教えなさい」


   *  *


「お前ら二人でどっか行ってたのかー」
「遊ばれてんじゃねェよ、絆されんな」
「私の脳内ゾロの再現率高すぎ…」

傷だらけのルフィとゾロを手当をし、

「何二人だけでショッピング楽しんでんのよ!私とも行ったことないのに!」
「いや情報収集やて。ほら、ナミの分も買うてきてるから」
「そういう問題じゃない!」

怒り狂うナミを宥め、

「いーか、俺の怒りという名のトンネルを抜けるとそこは血の海でした」
「そんな鮮血にまみれた川端○成は嫌や」

オランウータンのような顔をした海賊が発する怪音波を振り切って、モンブラン・クリケットの家に船で向かった一味。
島に着く前にもゴリラのような顔をした集団に会ったがどちらも人間らしい。

クリケットという人物は酒場のチンピラ曰く、ジャヤ島に黄金があると嘘を吐いた男――正しくはその子孫として町を追われた男である。
警戒するクリケットの誤解を解いて聞いたところ、彼も先祖の話など信じず海賊として生きていたが、偶然ジャヤに辿り着いたことに運命を感じ船を降りたらしい。
黄金は海に沈んだという先祖の話は嘘か誠か、答えが見つかるまで来る日も来る日も海中を探し続けているというのだ。

「俺は空島に行きてェんだよおっさん!!」

けれどクリケットの話もそこそこに、ルフィは空島の行き方を尋ねる。そんなルフィにクリケットは先祖の航海日誌を差し出した。
ナミが読んでみるとそこには、空島にいる不思議な魚や変わった乗り物について書かれている。
空島の存在が当たり前のように記されていることにルフィはもちろん、それまでの騒動で疲れ気味だった恭のテンションが跳ね上がった。

「やっぱり、らぴゅたは実在するんや!」
「おうっ、らぷたは実在するんだァ!野郎共、夢の島へ行くぞォ!」
「ら・ぴゅ・た!」
「ら…ぴた?」
「んぐぅぅぅ何でやろ…ルフィの声でらぴゅたが発音できんのは許可できないぃぃぃい」

よく分からない単語を連呼して地団駄まで踏んでいる恭だが、ルフィにとってはそれすら楽しいらしくずっとニコニコしている。
行き方があまりにも危険すぎてビビり散らかしているウソップのことなどお構い無しである。
明日の出発に向けて船の補強と前夜祭が始まった。



その数時間後、麦わら一味は森の中にいた。
目的は空島へ行くのに必要な鳥を捕まえるため。
しかし夜の森には、一部のクルーを震え上がらせる恐ろしい生き物がいる。

「いやァァァ虫ぃぃぃい!」
「いちいち討ち取っちゃうのはよくないわ、可哀想よ」
「俺に挑んできたコイツが悪ィ。お前はシャキッとしろ」

森にはよく分からない生き物が…もっと言えば虫がうじゃうじゃいる。しかも夜闇のせいで何処にいてもすぐには気付けない。加えて全体的にサイズがデカい。
目の前に自分の身長と同じくらいの大きさのムカデが現れて、恭はゾロの背後で悲鳴を上げた。というか森に入ってからずっとゾロの腹巻を掴んでいる。
ちなみに恭の気持ちを理解してくれそうなクルーは今は一緒にはおらず、別行動で同じように悲鳴を上げていた。
虫嫌いの気持ちなど知らないゾロは恭を叱りながら、あっさりムカデを斬り捨ててロビンに鋭い眼光を飛ばす。

「まだ尻尾は出さねェようだが、俺達はお前を信用しちゃいねェんだ。それを忘れんな」
「…ちょっとゾロ」
「…そっちは今来た道」
「………」

無言になったその場に「ジョーー」と変わった鳴き声が聞こえた。お目当ての鳥は近くにいそうだ。
ロビンは不安そうにしている恭に近付くと、そっと手を差し出した。

「目付役さん、私が先導するわ」
「え…」
「前は私、後ろは剣士さんがついてるわ。一緒に鳥を見付けて捕まえましょう」

どうにもロビンには情けない姿ばかり見られている気がする。目付役さんは虫が苦手なのね、と優しく微笑まれたのは先程のことだ。
信頼のおける同期だが方向感覚が壊滅的なゾロか、まだ信用できないが方向感覚がまともで頭の良いロビンか……この状況で裏切っても彼女にメリットはない。
迷った末、恭はゾロから離れてロビンの手を取った。

「!おい」
「こっちね。そこのぬかるみに気をつけて」

にっこり笑うロビンとゲーンとショックを受けた顔をするゾロ。けれど暗闇の森で遭難するより何倍もマシである。
優しく手を引かれるままに先を進むと、後ろからゾロの焦った声が追いかけてくる。少しひんやりとした自分のより大きい手を見て、そして一歩前を行く横顔を見上げる。
暗がりに慣れてきた目でも殆ど見えないが、それでも近くにある嬉しそうな顔は見えた。

「…まさか懐柔できたとか思ってないですよね?」
「ええ。でも信じきってないにもかかわらず貴女は私を選んでくれた。それが嬉しいのよ」
「クロコダイルみたいに利用されてるとは思わないんですか?」

取り調べへの仕返しなのか単にからかっているのか、ロビンの掌の上で転がされていそうなのが気に入らなくて彼女の元上司の名前を出した。
クロコダイルがロビンの何をどこまで知っていたのか、恭には分からない。だが少なくとも今の麦わら一味よりは彼女の過去を知っていて利用価値を見出したんだろう。
例え知ったところで我らが船長が道具扱いを許すはずがないのだが、余裕の顔を崩してみたくて言葉を投げた。

少しの間、ロビンは恭の方へ振り返る。
真顔の彼女と見つめ合うこと数秒、その顔は歪むどころかフッとまた笑みを浮かべた。

「…無理ね。目付役さんは優しいもの」
「それ馬鹿にしてます?私も海賊なんですけど」
「ええ。でもこの一味は他とは少し違うでしょう?諦めが悪くてお人好しでみーんなお子ちゃま」
「うぐっ」
「おかしな人達よね……でも、ずいぶん気が楽」

そう言って前へ向き直ったロビンはやはり楽しそうだった。表情といい言い方といい、ウイスキーピークを出た時のビビを思い出す。
ずっと張り詰めていた緊張の糸がほんのり弛んだような……わずか八歳で賞金首になったと言っていたが、それから今までどんな風に生きてきたのだろう。
敵味方関係なく、純粋に彼女に興味が沸いた瞬間だった。


   *  *


無事に鳥を見付けて帰ってきたらクリケット達が襲撃されていて金塊が強奪されていたことも、
その強奪犯を倒しにルフィが単独で向かい金塊と一緒に呑気にカブトムシを持って帰ってきたことも、
最早大したことではない。

「も!!勘゙弁じでぐれェ!!」

海王類をも呑み込む、目の前の巨大な渦潮に比べたら。

「恐゙ェえっつうんだよ!帰゙らせてくれゴノヤロー!即死じゃねェかごんなモン!!」
「こんな大渦の話なんて聞いてないわよ!詐欺よ詐欺〜〜!!」

空島へ向かうのに必要な海流・突き上げる海流(ノックアップストリーム)
クリケットの説明には専門用語が多くて恭は半分も理解できた気がしないが、要するに冷たい海水と地熱がぶつかって発生する爆発の力で、文字通り海流が上空へと突き上げるらしい。
けれどその海流も風と波の条件が揃っていないと空まで届くような威力は出ないし、突き上がった先に空島がなければ飛ぶだけ無駄。後は落ちて海の藻屑になるだけだ。
天候、位置、運。全ての好機が重ならないと成功しない空島への上陸に、一部から悲鳴が上がる。

「引き返そうルフィ!今ならまだ間に合う!見りゃ分かるだろ!?この渦だけで充分死んじまうんだよ!空島なんて夢のまた夢だ!!」
「そうよルフィ!やっぱり私も無理だと思うわ!」
「そうだよな……“夢のまた夢の島”!こんな大冒険、逃したら一生後悔すんぞ!!」

太陽のような笑顔とはまさにこのことである。
分厚い雲がかかり辺りは夜のように暗くなっているのに、振り返ったルフィの周りだけピッカーーンと輝いているように見える。
大いなる自然の力に圧倒されかけていた恭は、その笑顔を見て恐怖とはまた別の感情が沸き出るのを感じた。目の前に広がる真っ黒な渦…その先には誰も知らない冒険が、かつて夢見た島が待っている。

「…何やろ…ヤバい怖いを通り越して――ゾクゾクする!」
「そうだよなァ!」
「ロビン!これのどこが目付役よ!?全然ルフィの暴走止めてないじゃない!」
「一緒になって楽しみやがって!クビだクビ!」
「でも目付役なんだから、船長さんの顔を立ててあげないと」

膝を震わせながらも笑顔を浮かべた恭にルフィが飛び付く。
船長を諌める様子のない目付役にウソップとナミは名付けた本人に噛み付くが、ロビンもニコニコと微笑むばかり。
誰にも意見を汲んでもらえず二人は滝のような涙を流した。そんな間にも海はメリー号を渦の中心へと連れて行く。
途端に波が穏やかになったがそれは終わりではない。海底に呑まれた渦が力を発揮する始まりの合図だ。いつ“その時”が来るかと船内に緊張が走る。
そこへ聞こえた「待ァてェ〜〜!」という知らない声。

「ゼハハハハハ!追いついたぞ“麦わらのルフィ”!てめェの一億の首を貰いに来た!観念しろやァ!!」

振り返ると丸太に旗を立てた程度の簡素な船がメリー号に近付いて来ていた。
そこに乗る数人の男達の内、中央で特徴的な笑い声をあげる黒ひげの大男。ルフィ達の反応を見るに、モックタウンで一度会っているらしい。
それにしても一億とは。恭の脳裏に嫌な予感が過ぎる。

「おめェの首にゃ“1億ベリー”の賞金が懸かってんだよ!」
「酒場で大暴れだったらしいな“黒ずきんの恭”、てめェは“7千100万”!」
「そして“海賊狩りのゾロ”、てめェにゃ“6千万”だ!」

黒ひげが掲げたのは三枚の手配書。
金額の上がったルフィと恭のものと、新たに賞金首になったゾロのものだった。
双眼鏡で確認したウソップの声に、それぞれ異なる反応を見せる。

「おい待て!俺は?俺のもあるだろ!?」
「ねえ」
「よく見ろよ!」
「なんか前にもあったなこのやりとり…」

「おかしいて、小娘につける金額ちゃう。何でそんなに上がるん?」
「クロコダイルの血で真っ赤になってたからじゃないかしら」
「すげェな恭!丁度クロコダイルと一千万違いだ!」
「んぐぅぅ…嬉しくないけど、チョッパーに褒められるのは嬉しい…複雑…」

「…そうか、アラバスタの件で額が跳ね上がったんだわ…!」
「聞いたか!俺一億だ!」
「チッ、あいつより一千万下かよ。不満だぜ…!」

一時状況を忘れて騒いでいたが、足元から響く低い音にすぐに現実に引き戻された。
黒ひげの船やここまで送ってくれた猿達の船が目線より下に見える……真下の海が盛り上がっているのだ。

「全員船体にしがみつくか船室へ!」
「海が吹き飛ぶぞォ〜〜!」

クルーの誰も船内に入らなかったのは、なんだかんだ言っても決定的瞬間を己の目で見たいからなのか。
生き物の唸り声のような音を立てて海はゆっくりゆっくり持ち上がり……

一気に吹き上がった。

『うわああああああああ〜〜〜!!』

轟音と強風と水飛沫が全身を叩く。空目がけて立ち昇った水柱の上を船が垂直に進んでいる。
九十度傾いたメリー号に、クルーは振り落とされないようしがみつくので精一杯である。船首が進行方向を向いていたのも、落ちてきた海王類と衝突しなかったのも最早奇跡だ。
けれど重力には逆らえない。動力もなく縦の海流を進んでいるだけの船は、徐々に水面から離されようとしている。このままでは海流から弾き出されて逆落としになるのは時間の問題だ。
しかしそうはさせない人物がこの船に乗っている。

「相手が風と海なら航海してみせる!この船の航海士は誰!?」
「………!」
「んナミさんですっっっ!!野郎共、すぐにナミさんの言う通りに!」
『オオ!』

ナミの頼もしい言葉に奮い立ったクルーが一斉に動き始めた。
床になった船の壁を走り、ほぼ垂直な坂になった床を駆け降りて帆や舵を操作する。
その間にも船体はますます水から引き離されようとしているが怯まない。航海士が「いける」と言うのだから。
やがて船は完全に海を離れると、ぶわりと大きな浮遊感と共に――風を受けて空へと登りだした。

「すげェ!船が空を飛んだァ!!」
「ナミもメリーもすごいィィ!」
「マジか!?」
「………」
「ウオオオ!」
「やった!」
「へェ…」
「ナミさん素敵だー!そして好きだーー!」

エンジンも火薬もない、帆と木製の翼だけで雄々しく飛んでいくメリー号。
強風に混じって仲間達の喜ぶ声が聞こえる。恭も見張り台にしがみついて快哉を叫んだ。

まだ空島に着いていないのに、まだ冒険はこれからなのに……きっと今この瞬間、誰も見たことのない景色を目にしている。
これから行く雲の上には、一体どんな冒険が待っているだろう。

「恭!楽しみだなァ!」
「何てェ!?聞こえへん!」
「何だってェ!?聞こえねェ!」
「え!?」
「え!?」
「ら・ぴゅ・た!超楽しみィ〜!」
「うおおおオオ〜〜!!」

風の音でルフィと会話が成り立たない。
けれど当てずっぽうの返事でも、気持ちは一緒のはずだ。
頭巾を飛ばされないよう頭を押さえ、目前に迫った分厚い雲を笑顔で迎え入れた。