▽ 慌てるな!クーリングオフというものがある
「よっ、恭。久し振り」
何処も彼処も白い空間。その白に目立つ真っ黒な髪と眼をした幼い顔立ちの男の子。
忘れもせぇへん、私をあの世界に連れてった張本人――
「久し振り黒桜。ようやっと出番貰えたな」
「やめてくんね?そういう裏事情言うの。俺悲しくなってくるから」
「知らん、勝手に泣いとけ」
「…お前、いい加減直せよその二重人格。俺こっからちゃんと見てるからなお前の事」
「嫌な言い方せんとって。居候させてもらってるっていう身分を弁えてるだけや」
「身分っておまっ、あんな地味キャラのままずっとやってく気かよ?この調子じゃ客全部白雪に持ってかれちまうぜ?」
「お前こそ何サラッと裏事情言うてんの?ええやん別に、お客さん来てくれるんやから」
「よかねーよ、こっちがメインだぞ?」
知らんがな。黒桜は諦めたように「もういい」って言うと一つ溜め息を吐いた。此処に呼び出したんには別の理由があるらしい。
「お前に渡した刀の事なんだがな…――」
「あっそうや!あの刀って私の弓!?勘弁してや、私の戦友に何てことしてくれてんの!?」
「戦って何だよ試合?んな大げさな…因みにあの刀はお前の弓じゃねーぞ。鞘のデザインはモデルにしてるけどな」
「あ、やっぱそうなん?ってかモデルて…あの刀、鞘なかったん?」
「ああ。っつかその話をしようと思って此処にお前を呼んだんだよ」
黒桜の間抜けやった顔が真剣なモンに変わる。なんや、こんな顔もできるんやん。
あの刀の話になると桂さんも土方さんも何処か恐い顔付きになってた。本当の事を知らなあかん気がする。
「恭、もう感付いてるかもしれねぇが言っておく。あの刀には殺人鬼の魂が入ってる。生前に何百もの人間を殺した奴だ」
「………そんなんを私に寄越したんは、フェアにするため?」
「そうだ。俺はお前に異世界での命を与えた上に、特典として視力も回復させた。落ち度があったのは俺なんだからこのくらい普通だと思うんだが、どうも同胞にはよく思わない奴もいるらしくてな…だから条件としてお前に呪われた刀を持たせて、ソイツを手懐けさせるよう仕組んだ。悪ぃが取り換えはできねぇぜ。他の奴らとの約束だからな」
「何それ物騒…まあ事情分かったから文句言わへんけど。その代わりあのコの取り扱い方教えて」
「強くなれ、身も心もな。あいつに精神を乗っ取られないような強い意志を持て」
「んなアバウトな!なんかもっとニンニクが苦手ーみたいな具体的なんはないん?」
「吸血鬼?っつか、そんなんはない。このくらいしか攻略法ねーんだよ」
なんちゅうこっちゃ。そんな訳分からん暴れん坊を私に託すとか、無謀すぎる。
でも「文句言わへん」って言うた手前、今更泣き言言うんは癪や。意地でも使いこなしたる。
「んじゃよろしくな。力が欲しいからってソイツの誘惑に乗るんじゃねーぞ?」
「りょーかい」
「…資格試験、頑張れよ」
ホンマに全部見てんねんな…。意識が遠退くのを感じながら、そんな事をぼんやりと考えてた。
慌てるな!クーリングオフというものがある夜、ドサリと一人の侍が倒れる。
対峙していたのは、大きく厳つい体付きの男。男は倒れた侍に歩み寄った。
男の目的は人斬りではなく刀。最強の刀を求めて男はこの地へ来たのだ。
刀が手に入れば、所持者は生きようが死のうがどうでもいい。奪い取った刀を、男は月明かりに照らした。
「…これも最強とは程遠いな……侍の刃は星をも切り裂くと聞いたが…どうやら地球(ここ)へ来たのも無駄足だったようだ…」
軽く落胆の色を帯びた声を漏らしながらも、男はその刀を背中の籠に収めた。
籠の中には既に数え切れない程の戦利品が収納されている。
男は青白く輝く月を見詰め、小さく溜め息を漏らした。
「ああ、何処にある…
――妖刀“星砕”……」
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