▼ 006 選択肢
「ロイ、いっぱい葉っぱ付いてるぞ」
そう言って笑いながら、九つも年の離れた兄は服や頭に付いた葉を払い落してくれた。その優しい手がくすぐったくて、子供扱いされるのが何だか悔しくて、ロイは身を捩ってその手から逃げる。
「やめてよ、自分でとれる」
「いつもそう言って頭に葉っぱ乗せたまんまじゃないか。ほら、逃げるなって――とれた!」
嫌がる弟の頭に付いた最後の一枚を取り上げ、勝ち誇ったようにそれを目の前で見せびらかす。昼の温かな太陽の光に、緑の葉が透ける。いくつにも枝分かれした葉脈の筋が、兄の手にきらきら光る緑の影を細く写していた。
新暦二百八十七年、コルドヴァの月、五日。
この日のロズベリーはよく晴れ、強い風が吹いていた。
庁舎を囲んで生い茂る背の高い生垣には、抜け道がある。緑の壁のとある一部分だけは、枝葉をかき分けるとぽっかりと子供が通れるくらいの穴があくのだ。それはロイとオリヴだけが知っている、秘密の通路だった。
「よいしょっと……どうだロイ、見えたか?」
「ううん。もうちょっと、左……」
「こうか?」
「見えた! 父さんだ!」
兄に肩車をされて窓の外から覗き見る部屋は、庁舎の会議室だった。人間、亜人の入り混じった数人の大人たちが黒板を前に立ち並び、そこに書かれたものと手に持った資料とを見比べながら、何かの議論を交わしている。その中心となっているジャハダ族の男が二人の父親――ここ流通拠点ロズベリーの代表、イベール・ハイフェッツ。亜人と人間双方の議員をまとめる、この町の長である。
ロイはこうして兄とこっそり庁舎に忍び込んでは、父の働く姿を見る事が好きだった。
ヘレ同盟国、フランベルグ王国に跨って栄えるロズベリーは、未完成の町だ。
ヘレ同盟国の現同盟主(ガラン)グラフント・ナギブ・ヘレ・アヴェロエスは、若くして多くの種族をまとめる同盟主に就いた豪傑だった。武を極め、機知に富み、情に篤く、また非常に信仰深い。そして何よりも、『輪』を重んじる男だった。
聖典エル・アリュード曰く――
万物の父、創造主エールの作りたもうた小さき命の灯火ら。
大地に刻まれし円(まどか)なる楔を辿り、リベラメンテの女神より永劫なる祝福を賜らん。
吹き遊ぶ蒼き息吹、降り注ぐ黄金(こがね)の陽光、まろやかな石くれ、流るる空の白銀の涙。
それら全てはひとつなぎの鎖であり、そのひとつひとつがそなたである。
生を謳い、死を謳え。
その旅路こそが『リベルの輪』。
錬磨されし灯火らを久遠の楽園、『輝ける大地の庭(エル・ティエラパージ)』へと導かん――
約三百年前の旧暦の昔、『世界の嘆き』を鎮める為に四人の聖祉司(せいしし)が大地に刻んだ『リベラメンテの楔』は、巡礼路としてこのエパニュール大陸全土に丸く円を描いている。同盟国はもちろんのこと、それは王国の領土にも刻まれている。グラフントは、その輪を同盟国内のみで完結する事をよしとしなかった。
リベルの輪。それは魂の通る道。エラルーシャを信ずる全ての者の道標だ。
それらを全ての者が何の制約もなく自由に訪れ、女神の祝福を賜る。その為には人間主義のフランベルグ王国と歩み寄り、国交を正常化する事が必要だった。
グラフントと時を同じくして王座についていたのが、先のフランベルグ国王セヴル七世である。王国創立以来の賢王と名高く、また彼も敬虔なエラルーシャの信者だった。人間主義という国にありながらも、それに固執することなく、聖典のありのままの教義を尊んだ。彼の人徳は過激派さえも惹きつけ、少しずつ同盟国との和平交渉を進めていった。セヴル七世が病による崩御の後は、その政策を現国王セヴル八世が受け継いでいる。
グラフントとセヴル七世が同じ時に国の主となっていた事は、大きな幸運だった。それが両国の関係を、過去に類を見ないほど良好なものにしていた。
そうして和平条約を締結し、親和の第一歩として作られたのが、両国の物流の要となる都市ロズベリーである。
どちらの国にも属さず、種族にも括られない。自由に交流し、自由に語らい、自由に商いを行える、一つの新しい国の形――長く猜疑心を抱き合ってきた人間と亜人が歩み寄るための、和平への願いを込められて作られた町だ。
その創立はまだ浅く、賑わう町の中にもまだ建設途中の建物があり、都市機構の問題点も少なくない。それらを議論し合い、ロズベリーの町を和平への懸け橋として良い方向へと導く最高責任者こそ、ロイの父親だった。
父はロイの誇りであり、誰よりも尊敬する偉大な存在なのだ。
ふと、窓の方に視線を向けたジェイヴ族(全身を青い羽毛に覆われた有翼種の亜人)の議員と目が合った。彼は驚いたように目を見開くと、直後にくすくすと笑い始める。それに周りの者たちも気付き、熱心に手元の資料を見ながら思案しているイベールの肩を叩いた。窓の方を指で示され、イベールはロイに目をとめる。
あ、見つかっちゃった――
しまった、と思った時にはもう遅い。
「いったいいつもどこから忍び込んで来るんだ、ロイ。それにオリヴも」
渋い顔をした父が、窓を開けてそう言った。
オリヴの肩から降りたロイは、怒られる事を恐れて兄の後ろに引っ込んだ。庁舎に勝手に入ってはいけないと前にも注意を受けていたのに、言いつけを破ったのだ。
「でも、だってね……」
父さんの働く背中はとても広くて、格好いいから――とは、とても言えなかった。
オリヴの後ろでもごもごと口籠りながら、一生懸命他の言い訳を探す。けれど、いくら考えを巡らせても、幼いロイには上手い言葉など思い付かない。オリヴが「俺がロイを連れて来たんだ、怒らないでやってよ」と庇ってくれている。その影に縮こまっているのは、とても居心地が悪かった。
「いいじゃないですか代表。父親の仕事をする姿が見たいだなんて、嬉しいことじゃないか」
「会議に興味があるなら入れてやりましょうよ。未来のロズベリーを担う子供たちだ。頼もしいじゃありませんか」
議員たちが笑いながら、父の後ろから顔を出す。思い切って兄の影から顔を出すと、父は困ったように微笑んでいた。初めは子供たちを会議室に入れる事を渋った父だったが、同僚たちに背を押される形で頷いた。
「正面に回って、玄関から入って来なさい。但し、みんなの邪魔はしちゃいけないからな」
最後まで聞き終える前に、ロイとオリヴは我先にと駆け出していた。その足取りは踊る様に軽く、さんざめく緑の木漏れ日の中を飛ぶように進む。
一陣の強風が、わっと吹き抜ける。生垣を揺らす風の手が潮騒の様なさざめきを起こし、散った葉や小枝を空の彼方に運んでゆく。
太陽は隠された。晴れやかな空は分厚い雲に覆われ、天の碧は望むべくもなく、ロズベリーの町に影を落とす。
勇み喜んで庁舎の玄関をくぐった二人の子供たちは、まだその暗雲が視界にさえ入っていなかった。
曇天を切り裂く雷鳴が轟いた。
ついさっきまで外から覗いていた窓は、獣の咆哮を思わせる暴風雨に慄き、桟の中で震えている。生垣の葉が散って窓に張り付き、または地に落ちて泥に埋もれた。バケツをひっくり返したような土砂降りになり、地面には小川の様な水の流れが幾つも帯を引いている。
唸る暴風や閃く雷鳴が恐ろしくて、ロイはずっと兄にしがみ付いていた。父は机の上に町の見取り図を広げながら、補強が必要な建物や土嚢を積み上げなければいけない場所の特定を急いでいる。
働く議員達の邪魔にならないように会議室の隅に引っ込んでいたが、本当は父のそばに行きたかった。行って、怖い音など聞こえないよう父のシャツに顔を埋めてしまいたかった。
「すごい嵐だな……はやく過ぎ去ってくれるといいが」
忙しなく動きまわる議員達の中で、誰かが窓の外を見ながら不安げに呟く。同意する重い溜息が、その後にいくつも連なった。
だがその願いも虚しく、雨はいつまでたっても止まなかった。
夜を迎えても、雨風はおさまるどころか激しくなるばかり。ロズベリーの町を叩きつける嵐に怯えながら、ロイは宛がわれた休憩室のソファで縮こまっていた。
「雨、やまないね……」
隣の兄の袖を引きながら、小さく呟く。家に帰りたくても、外に出るのが危険な程の暴風雨だ。雨が止むまで庁舎で雨宿りするつもりだったのだが、一向に嵐が去る気配はない。
えも言われぬ不安感に、押しつぶされそうだった。早くこの雨が止み、青い空が雲間から覗いたなら……どんなに素敵な気分になれるだろうか――そう思い、窓の外の現実を見て肩を落とす。その瞬間黒雲に閃く稲光に小さく悲鳴を上げ、隣に座る兄にしがみ付いた。
オリヴがあやすようにロイの頭を撫でようとしたとき、廊下を慌ただしく走ってくる大人たちの足音が聞えた。ずいぶん慌てた様子で、何かを叫んでいる。
「……あれ、父さんの声じゃないか?」
オリヴに言われ、ロイは頷いた。口論している声の中に、父の怒鳴り声が混じっている。
気になって休憩室のドアを薄く開け、二人は驚いた。激高した父を、数人の男が抑えていたのだ。
「落ちついて下さい代表! あなたにもしもの事があったら!」
「どいてくれ! 庁舎で待つだけなんてできない!」
「ジュラ地区は河川の蛇行上、最も危険なんです! 河川の堤防が決壊しかけていて――」
「だから行くんだ! あそこの開発担当者はケイトだ! 住民の避難はすんだ。おそらく今は土嚢を積む作業員の指揮に当たっているはず……交代する」
「代表をそんな危険なところにお連れするなんてできません!」
「俺が行かずに誰が行く! ケイトが――妻が危険な所にいるというのに!」
兄と二人、扉の向こうで固まった。
ジュラ地区。町の中央を流れるクラモーラル川に沿った地区で、まだ建設途中の建物も多くある開発途上の地区だ。その地区の担当責任者は、議員のケイト・ハイフェッツ――母親だった。
「母さん……!」
兄の呟きを聞いた、と思った瞬間、オリヴは扉を開け放って駆け出していた。開かれた扉の先、父の驚いた顔が見える。父を抑えていた議員達が、しまったという顔で走り去るオリヴを目で追った。
「オリヴ! 待ちなさい!」
父が声を張り上げる。しかしオリヴは止まらない。
「オリヴ!」
抑えていた議員らを振り払い、父が駆け出した。それを追い、ロイも駆け出す。
ロイを止めようと議員達が手を伸ばしてきたが、それらをかいくぐり、父と兄を追って庁舎を飛び出した。
背後で議員達が口々に叫んでいる。しかし外に足を踏み出すと同時に、嵐の叫びに全ての声が掻き消された。
走った。ただひたすらに、父の後を追おうとした。精一杯の速さで走ったけれど、いつの間にかその間は開き、父の姿はもう見えない。それでも構わなかった。目指す場所は分かっている。クラモーラル川沿いにあるジュラ地区――母の働く場所だ。
雨が打ちつけ、風が飛沫を巻き上げる。頭からつま先までずぶ濡れで、水を吸った衣服が重い。強い風が駆け抜けると立っているのも困難で、時には水浸しの地面を這い、時には建物の壁に縋って歩いた。
怖くて、怖くて、泣いていたように思う。しかし涙は雨に流され風に攫われ、頬にとどまる事はなかった。だから、自分が本当に泣いているのか、よく分からなかった。ただ視界だけが、ぐにゃりと歪んでいた。
やっとの思いで辿り着いたジュラ地区での出来事は、後のロイの記憶に途切れ途切れに焼き付いている。どうゆう訳か、思い出そうとしても全てを思い出す事が出来ないのだ。
それはロイがまだ幼かった故なのか、心に負った傷のせいなのかは、定かではないが――
父がいた。河川敷を囲う土手の上、数人の男に抑えられながら必死に妻と息子の名を叫んでいた。
兄がいた。父の手をすり抜け、母に向かって土手を駆け下りて行く。
母がいた。走ってくる息子に気付き、血相を変えて駆け寄っていく。その口が何かを叫ぶ。あの口の形は、きっと、「来ては駄目」――
刹那、堤防が決壊した。
母が兄を抱き止めた直後、土嚢を吹き飛ばした濁流が二人を攫う。
「ケイト! オリヴ!」
父が荒れ狂うクラモーラル川に今にも飛び込もうとするのを、町の男たちが抑えている。その隙間から手をのばすが、化け物と化した川に飲み込まれた妻と息子には届かない。遠くの波間に見えていた母の手が、うねる濁流に飲まれた。父が叫ぶ。男たちが暴れる父を抱え、川縁から遠ざけた。
「さあ、君も早く!」
強く手を引かれ、父同様に川縁から遠ざけられる。誰だったかは覚えていない。ただ自分と同じジャハダ族の大人だった事だけ、虚ろに記憶している。
その他に思い出せることは、父の慟哭と徐々に小さくなっていく母と兄の手、打ちつける雨の冷たさだけだった――
「――母さんには濁流に流される間、ずっと俺を抱きしめていてくれた。流れる瓦礫や岩から守ってくれた。クラモーラル川がオンディーヌ湖に繋がる河口まで、命尽きるまで、ずっと……だから、俺はこの左腕一本ですんだんだ。その後は、湖を瓦礫と一緒に漂流しているところをジェノの僧兵に助けられたのさ」
左の肩口を右手でさすりながら、オリヴは当時生き残る事が出来た経緯(いきさつ)をロイに語っていた。
縄で拘束されたのち、ロイはオリヴに、ブロウはスヴェンに連れられ、別々の部屋に入れられた。その後ブロウがどんな扱いを受けているのかは分からないが、ロイは拍子抜けするほど簡単に縄をほどかれた。「弟と話がしたい」と言って人払いをした兄が、部屋に入って早々に縄を解いたのだ。
「弟と話をするのに、こんな物はいらないだろ」
そう言って苦笑し、部屋の隅に縄を放った。
ここも先程までいた部屋同様、壁を穿ったくぼみの様な部屋だが、もう少し生活感があった。部屋にはベッドや書架、箪笥、書き物に使う机が置かれている。ベッドの上には脱いだ服が放られており、荒削りの床には武具の手入れに使う道具が置かれている。そしてやはり明りとなる物は何もなく、天井を見上げると薄紫色に光る紋章が描かれていた。
このアジトに住む者ための部屋なのだろう。もしかしたら兄の部屋なのかもしれないけれど、それと確信出来るような物は何もなかった。もっとも、ロズベリーの自宅は灰の海に沈んだのだから、昔を思い出す事が出来る物などあるはずがない。
「洪水の後フランベルグの王子殿下暗殺が起こり、ロズベリーは戦火にのまれたと聞いた。代表である父も亡くなったと風の噂で聞いたから、てっきりお前もと……。さっき、あの一緒にいた隻眼の男を命の恩人と言ったな。あの男に助けられたのか?」
オリヴの問いに、ロイは頷く。
忘れはしない。
廃墟となったロズベリーで力尽きかけたその時、霞み始めた視界に立った、大きな靴。上手く動かない手を叱咤し、必死で掴んだ。何度かは戸惑う様に振り払われたけれど、その後にかけられた低い声は――ぶっきらぼうだが心につと滲み込む温度をした、泣きたくなる程の安堵感を与えてくれる声だった。
抱き上げられた後の事は、もう覚えていない。男の胸から伝わってくる心音にすっかり安心し、あっという間に気を失ってしまった。
次に気が付いた時には、ベッドの上にいた。簡素な宿屋の一室のようで、ベッドの他には特に何もない。身体を検めると、傷や火傷は手当てされていた。消毒液の清潔なにおいが、つんと鼻をつく。カーテンの引かれていない窓からは月明りが差し込み、今が夜なのだと知れた。
その月影の中、微かな寝息を聞いた。その音の方を見れば、ベッド脇の床で一人の男が眠っていた。ロイが男の顔を覗きこもうとベッドから身を乗り出すと、気配を察した男が目を覚まし、眠気の残る隻眼でロイを見上げる。
炎が、そこにはあった。暗がりでも十分それと分かるほどの、鮮やかな緋色の瞳だった。
ロイの知り得る全ての世界を灰に還した、燃え盛る焔の色。けれど、恐ろしさは感じなかった。そこにあるのは全てを飲み込む狂った炎ではなく、冷えた身体を温めてくれる炎。寒い夜に熾す小さな焚き火のような、力強い中に繊細な揺らぎを含む優しい炎だった。
その緋色が笑う様に細められ、男はこう言った。
よう。目が覚めたか、犬っころ――
「兄さん――ブロウは今どこに?」
静かな声で、兄に尋ねる。
「なぜ俺はブロウと別々の部屋に入れられたんだ? 別に一緒でもいいじゃないか。拘束するなら一ヶ所の方が管理しやすいはずだろ」
問われ、オリヴは俯いた。その後ろめたさを感じる態度に、嫌な予感ばかりが募る。なかなか返答しないオリヴにじれったさを覚え、腕を掴んだ。
「なあ、兄さん」
腕を握る指に力を込める。その痛みから逃げるように、オリヴは半身を引いた。そうしてから、躊躇いがちに口を開く。
「……お前には、選択肢が二つある。このまま俺達の仲間になるか、否か」
「……俺が、兄さんのいる組織に?」
「そうだ。お前なら……ロズベリーの町を知るお前になら、必ず俺達の志を理解できる。同志となれる。俺達の目的は――」
意を決したように顔を上げたオリヴが、逆にロイの腕を掴んできた。その焦りを帯びた指先は、ロイの心にひとつの懸念を抱かせる。
手を上げ、オリヴが続けようとした言葉を制する。
その話を聞く前に、どうしても問わずにはいられなかった。確かめなければならないのだ。
「もし、否を選んだら?」
オリヴが閉口する。
――誰にも知られてはいけないのが、私達の鉄の掟。
フィロメラが、確かそう言わなかったか。その掟ゆえに、問答無用で襲われたのではなかったか。ならば、『否』を選ぶことは畢竟(ひっきょう)――死を意味するのではないか。
ぞわりと、全身が総毛立つ。
兄が生きている。そう言うフィロメラとスヴェンの言葉に、後先のことなど考えずにこの地下アジトへと足を踏み入れてしまった。出会った時の彼らの行動を鑑みれば、事がどうゆう方向に転がるのか、容易く想像できたはずなのに。
そこまで思い至り、はっとする。
ブロウがこうなる事を分かっていなかったはずがない。拘束されるときも、やけに落ち着いていた。ならば……全てを分かっていて、俺を放って逃げる事はせず、側にいてくれたというのか――
自分はなんて……なんて浅はかで、至らないのだろう。
お前には、選択肢が二つある。
そう、兄が言った。――お前『には』、と。
……じゃあ、ブロウには?
一瞬、引いた血の気に目の前が白く霞んだ気がした。
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