好奇心と愛という


昼休み、いつもどおりみんなの誘いを断って校舎裏で一人でお昼ご飯を食べていると、教室で隣の席に座っている女の子が走ってきた。
珍しいこともあるものだ。ここには人なんてほとんど来ないのに。
そこまでは別に良かったのだけれど、次に彼女が発した言葉に、私は口に入れていたミートボールをのどに詰まらせてしまった。
「ねぇねぇ名前!名前ってさ、彼氏いるの?」
「っ・・・・・・ごほっ、ごほっ・・・・・・かはっ」
結局数十回咳き込んだ。途中で背中をさすった彼女の優しさには感謝するが、できればその手の話題は振らないで欲しかった。
彼氏がいるか・・・・・・・その質問に対しては、決して「いない」とは答えられない。しかし、はっきりと「いる」とも答えられない。
私が黙ってどう答えるか考えていると、彼女はそれをどう勘違いしたのかいきなり慌て始めた。
「ご、ごめん。大丈夫?気分悪くない?」
どうやらこの沈黙を、気分が悪いために私がしゃべれていないと取ったらしい。当たらずとも遠からずであまり気分はよくないが、別にしゃべれないほどのものでもないので、私は彼女に大丈夫であることを告げた。
とたんに彼女はホッとしたような表情になって、校舎の壁に寄りかかる。
「よかった。で、彼氏いるの?」
心配してくれたのでちょっと見直したのも束の間、彼女はまたさっきの質問を蒸し返す。
見た目で判断するならとても可愛い女の子なのに、どうしてこうも凶器になるような話題を頻繁に振ってくるんだろうか。そして私はこの質問にどう答えればいいんだろうか。
これ以上考えていると昼休みも終わってしまいそうだし、また彼女に心配されるかもしれないので、私は覚悟を決めた。
よし、いちかばちか、正直に。
「うん、いるよ」
精一杯の笑顔とともに冷や汗を流す。
なんで冷や汗なんか?多くの人は疑問に思うだろうが、人間というのは恐怖の対象が目の前にあると冷や汗と鳥肌は制御がきかないものだ。
今まさに、私は蛇に睨まれた蛙よろしく指の一本も動かせなくなっていた。
そして質問の主である彼女は、同じ人間であることを疑いたくなるほど目を輝かせていた。
なにこれこわい。
「で、それが、どうかしたの?」
恐る恐る彼女にそう聞くと、彼女はなぜか腕を伸ばして私の両手をぎゅっと握った。
な、何事?
「じゃあ、彼氏にされたいこととかあったりする!?」
その質問を聞いた瞬間、私は心の中で盛大に叫んだ。
し、知らねー!と。
彼氏にされたいことなんで生まれてこのかた、いいや彼氏が出来てこのかた考えたこともなかった。というか、彼氏なんて「好き」が伝わっていれば何もしなくてもいいものだと思ってた。だって恋人って「恋をする人」なんだから。
ああ、これこそ難題。私には答えられない。
「な、ないない!私そんなこと考えたことないもん」
頭が混乱してしまって、考えることなく素の答えを言ってしまう。
私の答えを聞いて彼女は真っ白になって固まってしまった。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
何も考えられなくなって今度は私が大慌てしていると、混乱している頭を更にかき混ぜるように彼女は私の肩を揺する。
ちょ、ちょっとそれは本当にやばい。
「いや、普通あるでしょ!壁ドンとか!」
多分この時、私は気分が悪いのも忘れて無意識のうちに言葉を発していたんだと思う。
だって疑問は本能で解決したくなるでしょ?
「壁ドンって、何?」

◆       ◆       ◆

「と、いうことがあったの。というわけで風丸、壁ドンって何?」
私は今日の昼休みのことを事細かに目の前の恋人に話した上で、質問した。
今は放課後、ここはサッカー部の部室。
つまりは部活動の活動時間真っ只中である。
そんな中でマネージャーの私がした質問に、雷門中サッカー部のディフェンダーである私の恋人は、呆れたように両手を挙げた。
「あのなぁ、なんで俺にそんな事聞くんだよ」
しかも今。彼の一言に、私は頬を膨らませる。
私だって本当聞きたくなかったさ。でも仕方ないじゃないか。
ほかのメンバーには聞けないもん。
「だって円堂さんとかその手の話題にはうとそうだし」
壁山くんとかも知らなさそうだし。
そう言うと、風丸はまた一つため息をついた。
「だったら同じマネージャーか豪炎寺あたりに聞けばいいだろう?」
「豪炎寺君にも秋ちゃんとか夏未ちゃんにも、もう聞いたよ。でも夏未ちゃんたちはニヤニヤして「風丸くんに聞けば?」て言うし、豪炎寺君も知らないって言うから」
そこまで言って、私はどこか風丸の様子がおかしいことに気がついた。
なんと言えばいいのだろう。怒っているというか、傷ついているというか。
微妙な表情の彼をじっと見ていると、急に手を引かれた。
あまりに唐突過ぎて、私はバランスを崩し、半分風丸に引きずられるような体勢になる。
「ちょ、風丸。痛い、痛いってば」
普段はこんな力で引っ張られることなんてないのに、今はなぜかものすごい力で引きずられている。
「うるさい」
しかも一言で終わらされてしまうと、さすがに頭に来るのも仕方のないことだ。
どうして風丸がここまで怒っているのか、私には全く理解できなかった。怒る原因も、全く思い当たらない。
そうして連れてこられたのは、くしくも私が昼休みにお弁当を食べるのに使っている校舎裏の一角だった。
ここで何をしようというのか。
風丸が立ち止まったので、私はゆっくりと体勢を立て直す。そして怒っている原因を聞こうと口を開きかけた。
その途端にものすごい勢いで校舎の外壁に押し付けられ、自然と壁に寄りかかった私に風丸が覆いかぶさっている体勢になる。
「な、何を」
するの、と問いかけようとした唇を、生暖かい感触が塞いでしまった。
それが風丸の唇だと理解した瞬間、慌てて押しのけようとして失敗する。
頭の両脇に風丸の手があって、更に距離がいつもより近いためか、思うように動くことも無理に押しのけることもできない。
なんかやられっぱなしだ。
そうしているあいだに酸欠気味の頭がギブアップ宣言を出して白くぼやけ始めたので、私は風丸の胸をそっと叩いてそれを知らせる。
それを感じた風丸が、やや名残惜しそうに唇を離した。
ようやく風丸の顔が離れたのを確認して、私は大きく息を吸った。
空気が美味しい。そんなことを考えて気をそらそうとしても、私の頭はさっきのキスを忘れられないようで、何かを考えようとするたびに自然と頬に熱が集まる。今の私はきっとものすごく赤面しているんだろう。
「分かったか。これが壁ドンだ」
そうして同じように顔を赤くしながらそう言う風丸に「可愛い」という印象を抱いてしまう私は、きっともう末期なのだろう。
落ち着いてきた頃を見計らって、私は風丸に聞いた。
「どうして怒ってたの?」
「え、あ、いやその」
とたんに慌てた様子になる彼に、私は何かを直感で感じ取り、確信した。
これは嫉妬か。
「まさか、私が風丸より先に豪炎寺君に聞きに行ったのが気に食わなかったとか?」
くすくす笑いながら言ってあげると、風丸は一層顔を赤くして小さく何かをつぶやいた。
「・・・・・・うだ・・・・・・カ」
「え?」
「そうだよバカ!」
まさか自白するとは思わなくて、けしかけた私のほうが目を白黒させてしまう。
それとまだ壁ドンの体勢なのが妙に気にならないでもなく。
戸惑ったように視線をさまよわせていると、風丸も同じように視線をさまよわせるものだから、せめてその頭の両脇の手をどけてくださいなんて心の中で願ってみたり。もちろん口に出してはいないから伝わるわけなんてないのだけれど。
しかしさっきの言葉をそのままの意味で取るとしたらやっぱり。
「嫉妬?」
思わず口に出して言うと、目を見開いた風丸が今度はまっすぐに私を見つめてくる。
あら、これもしかして地雷踏んじゃったのかな。
そして続く言葉に、私はやはり今の言葉が自らの身を滅ぼす毒になっていることに気がついた。
「今日は覚悟しとけよ?」
その時の風丸の猟奇的な目にも見惚れてしまう私はきっともう末期なのだろう。
そして私をそこまで犯したものは、好奇心と愛という、甘い毒なのだ。
風丸にひとつ頷いた顔の真っ赤な私は、もう一度だけ壁に押し付けられた体勢のまま、彼に口付けをねだるのだった。

好奇心とという
(私を)
(俺を)
((犯す毒))
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あとがき
奏空様への相互記念作品です!
甘いの難しい・・・・・・そしてこんなクオリティでごめんなさい!
奏空様のみお持ち帰りOKです。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -