bT 初めの一歩


「疲れたなぁ」
自分で言うのもなんだが、珍しく気の抜けた声が出た。
あの後筆記試験の会場へ向かった俺とアスベルは、結局ここでも遅刻ギリギリで猛ダッシュする羽目になり、息も絶え絶えに試験会場にたどり着いた。
そこで受けた筆記試験は、難しいなんてものじゃない。
「超」が付くほど難しかった。文章表現なら、超に鍵かっこを付けて強調したくなるくらいには。一応全部解けたけど。
昨日の夜、アスベルに勉強を教えてもらってなかったら、ちゃんと問題を解けたかどうかも怪しい。
本当に、ルームメイトがアスベルでよかった。
本人にそう言ったら、苦笑いで「本当は弟の方が頭がいい」と言っていた。
アスベル以上に頭のいい弟なんて言ったら俺には、凄く気難しい奴しか想像できない。メガネかけて、普段の喋り方から敬語で、他人にも自分にも厳しいような奴で……。
イメージをアスベルに伝えて「ほとんどその通り」と言われた時には、本気で会いたくないと思った。
とにかく、筆記試験を終えた俺たちは、もう結果発表を待つのみとなっていた。
騎士学校の近くのベンチに座って、暇をつぶすために参考書を指先でいじってみたりする。
アスベルに至っては、ぼーっと景色を眺めているだけだ。
もう、かれこれ一時間はこうしているだろうか。
騎士学校ではおそらく終業時間を迎えるころだろう。いつもならアイスキャンディーでも食べながら寮に向かう時間帯だが何せ、結果が出るまでは待っていなければならないので、移動するには結果が出るまで待たなければならないのだ。
……暇だ。暇すぎる。
………………………………。
暇だ。
暇だ。ひたすらに暇だ。
アスベルがボーっとしているから、つられて俺もボーっとしてみる。
とりあえずボーっとしていたら、だんだんと瞼が重くなってきた。
まあ、寝てもいいか。
軽い気持ちで、俺は腕を組み、足を組み替えて眠る体勢に入った。
意識が闇に沈みかけた、丁度そのとき。
「起きて!」
はっきりと聞き取れた声は、明らかにアスベルとは違う、少女のものだつた。
俺が突然のことに驚いて飛び起きると、となりでボーッとしていたアスベルも一緒に驚いて、座っていたベンチから2人して落ちてしまった。
今日だけで何回頭を抱えるような痛みにおそわれただろうか。
数えるのも面倒なほどの回数に、痛みとは別の理由で頭を抱えた。
ふと、アスベルもあの声を聞いたのかが気になって向き直ってみると、アスベルもこちらに視線を向けてきた。
その目を見ながら疑問をぶつけてみる。
「アスベルお前、今何か聞こえたか?」
アスベルは、痛みをこらえた渋い顔から一転、きょとんとした顔をこちらに向けて小首をかしげた。
「いや、俺は何も聞こえなかったが……どうかしたのか?」
「……何でもねぇ。気にすんな」
心配そうな顔をするアスベルにそう声をかけてから、俺は足に力を入れて立ち上がった。
続けてアスベルも立ち上がる。
砂埃を払って、辺りを見渡した。
その時、鐘がなった。騎士学校に設置してある大きな鐘だ。
毎年毎年、何に使うのか分からなくて首をひねったものだが、試験の結果を待っている生徒を呼び戻すものだったらしい。
とりあえずよく分からない声の事は無視して、俺はアスベルに声をかけた。
「結果、出たみたいだな」
「ああ。行こう、ユーリ」
前を歩きだすアスベルの後について、俺も歩き出す。
そして、いつものふざけた調子で聞く。
「受かってなかったらどーすっかな」
頭の後ろで腕を組みながらにやりと笑ってみる。
そうしたら、アスベルはあからさまに嫌そうな顔をして顔をそむけた。
「そういうこと言うなよ」
明らかに不機嫌になったアスベルと共に騎士学校前の掲示板に急ぐ。
たどり着いた掲示板の前には軽く人だかりができていた。
このままでは見えにくいので、俺はアスベルと軽くアイコンタクトを取り、しばらく待ってみる。
待っている間に、柄じゃないがぼーっと考え事をしてみる。
結論から言って、俺達が落ちていることはまずないと考えていいだろう。
実技、筆記。その両方とも、できは悪くなかったと見えるからだ。特に実技は、うまく行ったと言って間違いないだろう。
問題はそのあとだ。貴族がわんさかいる騎士団に、生粋の下町人の俺と、貴族でありながらそんな下町人の味方をするアスベル。
俺達はどう考えても嫌われるだろう。いや、貴族に嫌われること自体は何も問題はない。問題は、嫌われることによって起こるデメリットだ。
上官に嫌われれば、当然出世に関わってくる。
アスベルは出世にこだわるタイプではないが、俺は出世できないと困る。そうでないと騎士団に入る意味がない。
俺がここに来たことの意味が、失われてしまう。
とにかく、出世ができないというのは俺にとって致命的な事なのだ。
かといって自分の生い立ちをごまかせるわけもない。アスベルと別れたりすることにも、全く意味はない。
なら、考えられる方法は一つだろう。
貴族共が俺たちに文句をつけられないほど完璧な手柄を立て、なおかつ横取りされないうちに国王に直接報告する……少なくとも俺には、これしか思いつかない。
この方法にはアスベルの協力が必要不可欠だ。なぜならあいつは……。
「ユーリ!」
不意に大きな声で呼ばれて、我に返った。
「な、なんだ?」
「結果、見られるようになったぞ」
驚いているのをなるべく悟られないようにしながらアスベルに聞くと、掲示板を指さしながらそう言われた。
見ればできていた人だかりは無くなり、無機質な掲示板だけがそこにある状態だった。
これならば、誰にも邪魔されないどころかもう見るものも俺達しかいないだろう。
「よし、見に行くか」
頷いたアスベルと共に、俺は掲示板に向かった。
緑色のボードに模造紙が1枚貼り付けられているだけの掲示板を、そっと見上げる。
そこにはでかでかと、あのおっさんのものであろう字で、俺達2人の名前だけが書かれていた。
合格者。アスベル・ラント、ユーリ・ローウェル。以上2名。
これだけの文面なのに、俺は飛び上るほどの嬉しさを感じた。
念願がやっと叶うのだ。……いや、念願への一歩を、ようやく、ようやく踏み出せた。
これが俺の、最初の一歩。大きすぎる目標への、最初の一歩だ。
俺とアスベルは、まるでこれからの互いの健闘を願うように、めいっぱいの力でハイタッチを交わした。
それから、固い握手も。
こうして俺達は、喜びを分かち合い、これからに思いを馳せながら、最初の一歩を踏み出したのだった。


だが、俺達はこの時まだ知らなかった。
その最初の一歩が、既に深みにはまっていることを。

初めの
(それは運命にあらがう旅の、初めの一歩だった)

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あとがき
やっと騎士学校終わった……。
タイトル考えるのって難しいですよね。毎回悩みまくっています。
そろそろバロニアから脱出できそうです。長かった……。
こんな長文駄文に付き合って下さって、ありがとうございます!
thank you for reading!

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