さて、どうやら自分は命がけで守ろうとした人の過去に行ける、という力があるらしい。

そして過去でまたその人を救うことができる。彼らはミトに会ったことを覚えているままで、この時間軸を生きていた。
どうして自分にこんな力があるのかは、少しもわからないが、この世界へ来てしまったときに備わった不思議な力のひとつなんだろう、と思うほかなかった。
この力については説明ができない。仮に説明ができるようになったとしたら、それはミトがこの世界から消える時ではないか。
メルレインとともに広大な大地を駆けながら、ミトは有り余る時間を使ってそんなことを考えていた。

今、ミトたちは当初予定していた東方ではなく、南にあるギランという港町を目指している。

旅の途中で、王太子は今ギランにいて兵を集めているという情報を聞いたからである。
一度ペシャワールに戻ったとは聞いていたが、どうして王都も目指さずそんなことになっているのかまではわからなかった。しかし急いで向かわねばまたどこかへ移動してしまうかもしれない。
ふたりは迷いなく、南へ続く街道をひたすら進んでいた。



***



王都を脱出して半月ほど経った日だった。
これまで何度か盗賊に襲われはしたものの、ミトとメルレインは彼らを軽く退けて旅を続けていた。

しかしこの日は五十騎近い盗賊の集団にみつけられてしまい、もうかれこれ半刻も追いかけられていた。
まともに相手をする人数ではなかったから振り切ってしまおうと逃げていたが、なかなか離すことができなかったのである。

ついにしびれを切らしたメルレインが振り返り、何騎か射落とした。すると、彼が矢を放っていないのに、突然悲鳴をあげて落馬していった騎士があった。

「……なんだ?」

眉を寄せるメルレインの目に見えたのは、朝靄にまぎれて忽然と現れた二騎の男女だった。
その二人は、並外れた弓術と馬術で、盗賊たちを翻弄し次々と矢を命中させていった。盗賊たちとは、あきらかに格が違う。

「おいミト」
「あ、あれは……」
「なんてこった。俺はどうやらパルスで三番目以下の射手らしい」

パルスで二番目の名人、という彼の売り文句は、この瞬間に訂正されてしまった。
しかしメルレインは目を輝かせて、男女の放つ神技の数々を眺めているのであった。



ついに盗賊たちが逃げ出したあとで、すばらしい男女の騎士は悠々とこちらへ馬を寄せてきた。

「おかげで助かった。それにしてもあんたたちは何者だ!?」

メルレインがなかば興奮したように彼らに呼びかけたが、それに一瞬遅れてミトが「ファランギース!とギーヴ!こんなところで会うなんて!」と喜びの声をあげた。メルレインは驚いたように、男女とミトを見比べる。

「おお、これが神の思し召しか。会いたかったぞ、俺の女神どの」

ギーヴは大袈裟に言うと、彼らしい微笑みを讃えてミトに向かって礼をした。ファランギースも表情を柔らかくする。久しぶりに会っても少しも変わったところがなく、ミトは安心してふっと笑ってしまった。
黙っていれば優雅な美青年と、絶世の美女という組み合わせ。その風貌にも、メルレインは度肝を抜かれたように目を丸くしている。

「……まさか彼らが王太子の……」
「そうそう!二人がここにいるってことは、殿下たちも近くに?」
「ああ、ギランの街におる。ここから駆けていけば朝日が昇る頃には着くはずじゃ」

王太子の仲間だという一対の美男美女は、その見た目だけでも十分世間から外れていたが、とくに弓術についてはメルレインを釘付けにするほど神がかっていて、とにかく驚かされることばかりだった。
一体何者なんだ、なんでこんなやつらと妹が、とメルレインは頭を抱えた。

「しかしミトどのは、勝手に出ていったと思えば若い男と二人で旅をしていたのか?」
「なっ、別にいいでしょ。やましいところはないし」
「まあ俺は構わぬが、離れていた分は埋めさせてもらえぬかな?」

そう言ってギーヴは無防備だったミトに抱きつくと、すりすりと頬をこすりつけた。

「ちょ、ギーヴ何して……」
「ギランに着いたら俺の入る隙なんてないだろうから、今だけだって」

可愛がるように、その手付きは優しく、ギーヴの表情も柔らかかった。
まあ彼にもしばらく会ってなかったしいいか、と思ってミトがされるがままにしていると、ふと咎めるような視線を感じてその方を見たところ、メルレインがじとっとこちらを眺めていた。
ファランギースがギーヴとミトを放置したまま、メルレインに「おぬしは?」と訊くと、
彼が真顔で「俺はメルレイン。そこのミトの夫だ」と答えたのでミトは思わずギーヴを押し退けて彼の方を振り返った。

「な、何言ってんのメルレイン」
「いや、そいつがあまりに馴れ馴れしいので冗談を言っただけだ」
「冗談なんてメルレインの口からはじめてきいたけど……」

そんなやりとりの中で、ミトは初めてアルフリードに会ったときのこと思い出した。
そういえば彼女も、初め「ナルサスの妻だよ」と名乗っていた気がする。あまり似ていない気がするか、あの妹にしてこの兄ありということなのかもしれない。

「ミト殿、今の言葉を聞いたらナルサス卿がなんと申すかなあ」

ギーヴの悪魔のような囁きに、ミトはハッとして表情を歪めた。
これから彼にも会えると思うと、どんな顔をしていればいいかわからなかったから、少しのことでなんだか不安になってしまう。

「う……」
「三ヶ月もの間離れ離れで寂しい思いをしていたのに、若い男と一緒に帰ってきたなんて、それだけで俺だったら寝込んでしまうね」
「そ、そう?軽蔑したりする?」
「軽蔑というか、嫉妬はするね。まあそれはそれで焚き付けるのに良いのではないか」
「別にそんなんじゃ……」

まだ全然心の準備ができていなかった。ナルサスに会いたいのに、会って何を言えばいいか、どうやって笑えばいいか、そこまで考えが及ばない。

「ふん。よかったな、ナルサスに会えそうで」

メルレインに言われてミトはぎこちなく微笑んだ。

「う、うん、あんまり余計なこと言わないでね」
「余計って何が?」
「さっきみたいな」
「別に言わぬ。俺はアルフリードに用があるだけだ」

そのアルフリードもナルサスが好きだなんてことは、口には出さなかった。ゾット族を継ぐはずの娘が、軍師に惚れ込んでパルス軍に従軍しているなんて、たぶん前代未聞だろう。

「ん?アルフリード?こちらさんは一体?」

ギーヴに聞かれて、「えっと、実はアルフリードのお兄さんで、あの子のことを探しているんだって」とミトが答えると、美しい女神官と麗しい楽士もさすがに驚いていた。



***



ギランへ向かいながら、ミトは自分が不在の間に起こったさまざまな出来事を聞いた。
なかでも驚いたのが、「アンドラゴラス王が、王都を自力で脱出してペシャワールに戻ってきた!?」ということだった。

「そうさ、まったく化物じみているね」
「一体どうやって……」

ミトは直接国王に会ったことはないが、その武勇の数々は聞いたことがあった。どのようにギスカールたちを出し抜いたのかはわからないが、そんな人が敵でなくてよかったと思う。

しかし、アンドラゴラスは敵ではないが、どうやら味方とも言えないようだった。
ペシャワールへ到着したアンドラゴラスは、まもなくアルスラーンから兵権を取り上げ、「南方で兵を集めよ」と勅命を下した。事実上の追放であった。しかも、ダリューンやナルサスには国王の陣に残るよう言い付け、アルスラーンをたった一人で出て行かせようとしたのだと言う。

「……でも、ギーヴやみんなは結局国王の命令に背いて、殿下に付いてきちゃったんだね」
「そういうことだ」

国のために戦うという志は同じとはいえ、彼らは仰ぎ見る主君をそれぞれ選んだ。誰が自分の主君にふさわしく、誰が王となるべきかを、自分の意志に忠実に選んだのだ。
ギーヴやファランギースのようにもともと誰にも仕えていない者はともかく、官位を持つ人間が、まして国王に背いてまで行動するなんて、無謀にも程がある。
でも、アルスラーン王子にそれだけの価値があるということだろう。
ミトの知らないところで、彼らは勇気ある選択をしていた。そのことを誇りに思い、南方の街へ続く道を駆けた。

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