昼間の攻防でルシタニア人たちは一度退いたものの、夜を待ってふたたび来襲するであろうとクバードは予測していた。

「奴らは必ず火を放ってくる。俺たちを動揺させるためと、自分たちの目印にするためにな。地理に自信がないから、街道を進んでくるのも間違いない」

漁村に倒れていた兵の数を差し引いても、彼らはまだ二百八十騎ほどの戦力を残している可能性があった。



夜になる前にミトたちはマルヤムの敗残兵とダイラム地方の農民や漁夫や小役人を集めていた。その数は三百人ほどだが、ほとんどが戦闘の素人だった。「これはこれでおもしろい」などと言いながらクバードは作戦を練り、人々を各所に配置して指示を叩き込んだ。
目の前で妻子を殺された男たちは素人とはいえ、復讐心に燃え、戦意は盛んだった。クバードの指示さえ守れば、戦術的には並の兵士とかわらない働きをしてくれるかもしれない。

「クバードさんって……もしかしてパルス軍にいたりしたのでしょうか」

麦酒を飲みながら地図を眺め、人々に指示を出しているクバードに、ミトはぼんやりと訊いた。
もし彼がパルスの将軍だったりしたら、本来はアルスラーンのもとに馳せ参じているはずで、こんなところで油を売っているはずはないと思いつつも。

「なぜそう思う?」
「いえ、戦闘指揮が的確で、すごいなと思って……」
「これが的確かどうかわかるとは、おぬしもなかなかではないか」
「まあ……先日まで専門の人たちと一緒にいたので……」

彼の豪気と聡明さは、ミトの知るダリューンやキシュワードといった万騎長にも相当するほどだった。
クバードはただの旅人ではない、とミトは感じていた。しかし細かなことを聞くにはこちらも素性を明かさねばならないが、それが結構面倒なので二の足を踏んでいた。



***



メルレインは暗くなる前に、峠から内界岸へとつづく街道に材木を組んだ柵をつくらせ、その手前に魚油をまいて、みずから黒い粉――火薬をまいた。それは大量の火と煙を発生させ、弾けるような音も出すという。パルス軍とともにいたミトでも、見たことのない秘薬だった。

「で、お前は何ができるんだ」

自分の仕事を終えて、ミトたちが本陣としている漁村の小屋に戻ってきたメルレインは、クバードから最終的な作戦を聞かされると、ミトに視線を向けて問いかけた。
あいかわらずぶっきらぼうな物言いで、表情には愛想の欠片も浮かばないのだが、出会ったからずっと一貫してこの様子なので、ミトもすでに慣れてしまっていた。

「え?えーと、一応……敵の攻撃は必ず避けられますけど……」

ややこしい力を説明する気にはならず、ミトはそう言って肩を竦めた。

「ほう。確かに、おぬし不思議と避けていたな」
「お、おい、そんな意味のわからないこと、信用していいのか」

意外にもクバードがのってきてくれたが、メルレインは納得いかない様子でミトを見やる。当然だ。そんなことを言われたところで、ミトの体格はクバードの半分くらいしかないし、ちょっとぶつかっただけで骨が折れてしまいそうな普通の女の子にみえるのだから。

「……お前は俺と一緒に来い」
「え?メルレインと?」

そっぽを向いてぼそっと呟かれた言葉に、ミトは目を丸くした。

「……怪しいから見張っておきたいってこと?」
「違う。放っておいたら敵に殺されそうだから言ってるんだ」
「だから、それなら大丈夫ですって。信じられないかもしれないけど、ほら、クバードさんだって私がよく避けてたって言ってるし」
「いいから俺と来い」

クバードは酒を飲みながらふたりのやりとりを見て目を細めた。メルレインも、彼なりにミトを心配しているらしい。彼はミトとルシタニア兵との戦闘を一瞬しか見ていなかったから、いまいちミトの力を認めることができないわけだ。

「そいつの気がすむようにしてやれ、ミト」
「え……ま、まあ、わかりましたけど」

クバードに言われて、ミトは口をつぐんだ。もともと彼の作戦ではミトは臨機応変に動く別働隊のような役割にする予定だったが、メルレインと行動を共にしたとしてもとくに支障はなかった。
ふん、と鼻を鳴らしてメルレインは外の様子を見に出て行った。
残されてその場にふたりだけになると、クバードが声を落として「ミト」と呼んだ。

「おぬし、一体何者なのだ?」
「……!?」

ぎくりとして動きを止めると、クバードは「昼間のルシタニア兵との戦闘は……どうもおぬしが避けたというより、奴らの斬撃の軌道が捻じ曲げられたように見えてなあ」と呑気な声を出したものの、そこには隠しきれぬ緊張感が張り詰めていた。

「……そ、そういう体質なのです。呪いなのか加護なのか、私にも、どうしてかわかりませんが……」

豪快なようでいて非常に繊細に真実を見抜く彼に、誤魔化しは通用しなそうだった。嘘は言わず、それとなく事情を述べると、クバードは「……そうか。まあ原因がわかったら参考までに教えてくれ」と息を吐いた。
かなわない、とミトは悟る。ミトの言葉や不安な表情が嘘でないことまで、ばれてしまったのだから。

「実は俺は数カ月前までパルスで万騎長をやっていたんだが、おぬしのような体質は聞いたことがない。異国の秘術でもかけられたのか?」
「え?ま、まるずばーん?……ちょ、まさか、クバードさんが!?」
「どうした?」

クバードの口から驚きの言葉が漏れて、ミトが目を見開いたとき、連絡係の農民が小屋の戸を叩いた。

「ルシタニア兵と思われる一団が、街道を進み始めたようです!」
「!」

ミトとクバードは会話を中断して、急いで外へ飛び出した。漁村に、夜とともに再び緊張が降りてくる。すでにメルレインが二人の馬を率いて待っていた。ミトと目が合うと、「行くぞ。俺は待ってないから、ちゃんと着いて来い」と無愛想に言うのだった。

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