「あの……どういうことでしょうか、ナルサス」

ミトは笑っていたが、こめかみの辺りがビキビキと音を立てているような感じがした。
一方で冷静になって、ああ、やっぱり怒っているのか、と自分の状態を観察している。

「いや、別におぬしが美人ではないと言っているわけではない。ファランギースほどではないと言っているだけだ」
「えっと、それフォローしてるつもりなんですか?」
「……いいから最後まで話を聞いてくれ」

落ち着くよう両肩に手を置かれたが、意に介していないナルサスが少し憎らしくて、ミトは唇を噛んだ。
わざわざ兵たちから離れたところへ連れ出してきておいて、こんなことを言われるなんて。何かを期待していた自分がはずかしく、ばかばかしくなってしまった。

「おぬしは敵兵には斬られぬようだし、どの武器もかなりの腕前だが、戦闘力や経験ではやはりファランギースの方が上だろう」
「……」
「それに、この世界の文化や作法にも彼女の方が詳しい」
「……いまさら何を。私、別の世界から来たんですよ」

もともとこの世界の住人ではないし、あの女神のように美しい人とくらべて勝てるところなんてほとんどないのはわかっていたが、面と向かって、しかもこの人から言われると、敗北だなんて味じゃすまなかった。なぜだか泣きたい気分になって、ミトは目を伏せる。

「それで、何が言いたいんですか、ナルサス。やっぱり私じゃなくてファランギースを使者にした方がいいってやっと気付きましたか?」
「いや、なぜジャスワントはなぜおぬしを推薦したのか、と考えていた」

ナルサスは夕日に背を向けていたので表情には影が落ちていた。ミトの肩に置いた手に、心なしか力がこもったような気がした。

「ナルサスが言ったように、私の方が弱そうで賢くなさそうなのに、なぜ使者にってこと?」
「……本当に将軍の趣味がおぬしのような女性だというのも考えたが、あの男はおぬしを利用するつもりかもしれぬ」
「……私の方が弱そうで賢くなさそうだから、出し抜けそうだと思ったってことですね?」

自暴自棄気味になってミトは吐き捨てるように言った。
今のところミトを使者に推した張本人にしか真相はわからないが、ファランギースを差し置いてミトに、というのが自分でも腑に落ちなかったのだから、恐らくそういうことなのだろう。

「俺はそういうつもりで言ったのではないが、その可能性があるということだ。おぬしが利用されるかもしれないのに敵地へ送り出すのは、あまりいい気分ではないのだが、おぬしに一言注意するよう伝えたくてな」
「……なら普通に心配してるって言えばいいのに、なんでわざわざ他の女の人と比べるんですか。しかも勝ち目のない人に」

ぷいと目を逸らして斜め下を睨む。この感情をなんと呼べばいいかわからなかった。悔しいとか無様だとか嫉妬、という言葉が頭のなかを過っては、また消えていった。

「……俺が悪かった。訂正する」

やや笑いを含んで溜息をついたのはナルサスだった。
彼は怒ったミトの肩から手を離し、いつもより多く髪飾りのついた長い髪を撫でた。指先が髪をすくい、頬に触れ、ミトは思わず彼を見上げた。
視線がぶつかると、ナルサスはふっと笑う。そして顔を近付けると、耳元で囁いた。

「おぬしはファランギースほど美しくはないかもしれぬが、俺はミトのことを、失うのを恐れるほど大事に思っている」

ミトは体温がいっきに上昇したような気がした。
恥ずかしさで何も言えずぱくぱくと酸素をむさぼりながら、貴公子然とした風貌の人を見上げた。彼は涼しげに微笑んでいて、熱くなっているのはミトだけのようだった。
ふつう、こんなことをしたら平常心ではいられないはずなのに、とまた悔しさが募る。

「これで少しは機嫌を直してもらえるだろうか?」
「……いや、なんで私がナルサスに褒められると喜ぶ前提なんですか。ていうか美人じゃないとかやっぱり一言多いし!」
「無事に戻ってきたら、もっとおぬしを褒めようと思っているよ」

くしゃり、と大きな手で頭を押さえつけるように撫でる。
なんでもそつなくこなすくせに乙女心はいまいち理解していない人だ、とミトは思う。そして腹いせに彼の片側で束ねられた髪を引っ張り寄せた。
驚いたナルサスが何か言う前に、ミトは背伸びをしてその耳元に唇を寄せる。

「私、あの男が何かしようしたら、絶対捕まえて、ナルサスの前に引きずり出してやりますから」

自分と周りの人を守るだけで精一杯で、手柄を立てたいなんて野蛮なことはこれまで考えたこともなかったが、この時だけは、彼を見返してやりたいというか、やはり、褒めて欲しいと思ってしまっていたようだ。

「だからそれができたら、もっと私のことを……」
「……ミトを?」
「……いえ、なんでもないです」

たぶん、この時本気になったのだろう。この世界で生きていくということに。


next
3/13



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -