「告白、聞く必要がないなら言わないから」

未だに自信なんて少しもなかった。部屋は幸い薄暗いのに、唯ちゃんの顔をまともに見ることもできない。
大それた願いだってわかっているから、こんな情けない告白になってしまった。でもこれが松野一松の精一杯。今の自分の正直な気持ちには変わりなかった。

「……そこまで言われたら聞かないなんてできないんだけど……」

今にも消えてしまいそうな唯ちゃんの小さな声が、ぽつりと落ちる。これだけで、少し安心した自分がいた。まわりくどいことを言っておきながら、もしこの段階で拒絶されたらと思うと本当に死んでしまいたくなる。
ふー、と長く息を吐いて、また深く吸う。
お互いに、呼吸の音にすらいちいち緊張しているみたいだった。重ねている手もぴくりとも動かせない。
心臓がどきどきうるさいと思っていたけど、いつの間にかその鼓動も頭の奥の方に遠のいていた。

「好き、です」
「あ……」
「唯ちゃんのことが好き」
「……」

こんな時でも伸ばせない背筋をさらに丸めて彼女の顔を覗き込むと、どんな表情をすればいいかわからないのか、唯ちゃんはただただ頬を染めてぼんやりと俺の方を見返していた。

「……一松さん、ええと……」
「俺は唯ちゃんのことが好きって言ってんの」
「え、えーと……い、いつから?」
「……忘れたけど何回か会ってから。彼氏がいるのに俺は唯ちゃんのことがずっと好きだったんだよ」

好き、と一度口にしてしまったら、緊張も不安も振り切ったみたいで、今度は繰り返さずにはいられなかった。好き。もっと伝われ。どれだけ俺が唯ちゃんのことを好きか、ちゃんとわかって。

「俺、唯ちゃんの彼氏になりたい。今の彼氏よりもずっと大事にする。一生大事にする」

なんて身の程知らずな告白だろう。
自分でもそう思ったけど、でも嘘はついていないし出来ないことも言っていなかった。
彼女はすっかり赤くなってしまった顔で俯いて、「そんなふうに想っててくれたなんて、知らなかった」とだけ呟いた。
それで少し我に返って、俺と彼女はもともと生きる世界が別だったのだから、こんなふうに想っているなんて本当はおかしいんだろうな、と思った。
彼女にとって俺が恋愛とか結婚とかの対象になるはずは絶対になかったし、逆もそうであるはずだったのに。

「……急にこんな話してごめん」

自分に自信がないのに他人からの愛情を受けようだなんて、耐えられるわけがない。彼女に万が一求められたとしても、立派な人間じゃない自分では応えることができないかもしれない。

「俺、仕事もしてなくてほんとになんの取り柄もないクズなんだけど、だから唯ちゃんにとってはゴミも同然なのに、一緒にいてくれて嬉しかった。だから、彼氏になりたいなんてのはただの俺の願望です……」

言わずにいられなかっただけ。大きくなりすぎた欲求をどうしたらいいかわからなかっただけ。気持ち悪いと思われても仕方ない。
そんな後ろ向きな思考がここにきて頭の中で渦を巻き始めて、また自分の気持ちに対して不安定にぐらついていた。

「自分でも自分が好きじゃないのに、俺なんかが、唯ちゃんの彼氏になれるなんて思ってないから……」
「……そうなんだ。なのに私のこと好きなんて言ってくれてありがとう」

しどろもどろになっている俺を嘲りもせずに、唯ちゃんはこっちを見て微笑んだ。「頑張ったね」と言ってくれているような優しい表情に、思わず泣いてしまいそうになった。

唯ちゃんと一緒にいると、彼女があまりにも優しすぎて、俺ってどうしてこんな無価値な人間なんだろうと思って辛かった。
それでも、唯ちゃんから連絡がきて「また会って」って呼び出されると、俺にも価値があるんじゃないかと錯覚して、彼女が本当に俺を必要としてくれればいいのにと望まずにはいられなかった。
大好きなんだ、本当に。俺にないものをなんでも持っていて、それを惜しみなく俺に与えてくれる唯ちゃんが。

「唯ちゃんはどうするのがいちばんいい?もう俺とは会わない方がいいなら、もう来ないから」

本当は大好きな人に嫌われたくないし拒絶されたくなくて、この気持ちは隠し通すつもりだったのに、どうしてこんな展開になっているのか、自分でも理解が追い付いていない。
正直「もう会いたくない」と言われてもこのマンションの周りをうろついてしまいそうな自信があったし、連絡先もいつまでも消せずにいると思う。
彼女は特別だった。だから、足りない言葉を吐き続けているのだけど。

「ま、待って、一松さん。少し時間もらえないでしょうか?ちょっと考えさせて……」

懇願するような唯ちゃんの声に、自分を刺し始めていた思考が一旦停止した。
彼女の顔を覗き込むと、逃げ出したそうにやや視線を逸らされてしまった。

「……どれくらい?10分でいい?」
「いや、一松さんにちゃんと返事できるようになったら連絡するから……一週間くらい」
「一週間?」

つい、彼女の返答を繰り返していた。そんなに悩むものなんだろうか、そんなに俺の気持ちに気が付いてなかった?そんなに嫌?と思ったら「ねえ、ちょっと考えさせて、って答えはもうほとんど望みがないような気がするんだけど」と口に出してしまったが、彼女はふるふると首を振っていた。

「えっと、一松さんにその気があるなら、彼氏のこともちゃんとしたいから」

さっきこの部屋に来て唯ちゃんに追い返された今の彼氏との関係のことを、「ちゃんとする」と唯ちゃんは言った。
ああ、そういえば別れたいとか話していたっけ、とまるで他人事のように考えついてから、俺は訝しむように彼女を見つめた。
信じられない、と自分で思いながら。

「……唯ちゃん、俺と付き合う気があるの?」
「それも含めて考えさせてってこと。ていうか、そうしてもいいんだよね?」
「……俺、待ってていいの?」

期待して一週間待っててもいいの?
そう思ったら、全身からどっと汗が噴き出した気がした。彼女の答えをまだはっきり聞いていないのに、もう約束されたかのように思えて、頭の中が唯ちゃんでいっぱいになってしまう。

その妄想を、勢いよく頭を振って霧散させた。
期待なんてするだけ無駄、という染み付いた習慣が無意識にそうさせたのだ。
「考えさせて」なんて言って結局拒絶するつもりなら、もう無意味な望みを持たせないで欲しい。時間が長引けばそのぶん傷が深くなって痛みが増すだけなんだから、今ここでそれを死なせてやってほしい。

「唯ちゃ……」

不安と期待とが頭の中でないまぜになっていると、突然大きな電子音が鳴り響いて、お互いにびくりと肩を跳ねさせた。
鳴り続ける音に煽られた恐怖で、「な、何?」と訊く声が震えた。彼女は恐る恐るといった様子で、暗闇の中にぼうっと浮き上がるスマートフォンを指差す。

「彼氏から電話……」

呟く唯ちゃんの声は、流れる音でほとんど掻き消されていた。
表情が固くなっていくのが自分でわかった。
俺は今唯ちゃんを呼び出している男に、彼女を譲りたくなかった。
以前にも一度、唯ちゃんとご飯を食べているときにこいつから電話がかかってきたことがあって、その時は「出ていいよ」と言っていたけれど、もう渡したくない。まだ唯ちゃんの所有権はその男にあるとしても。
どうしようかと迷っている唯ちゃんをじっと見て、重ねたままにしていた手を痛いくらいに思いっきり握りしめた。

「出ないで」

真剣にそう言うと、唯ちゃんは一瞬びくりとして、音に向かって伸ばしかけていたもう一方の手を反射的に引っ込めた。
唯ちゃんの彼氏からの着信音が止まずに鳴り続けるなか、数秒後、動き出したのは唯ちゃんだった。
戻した手をもう一度伸ばして、スマホの画面に触れる。その瞬間、責め立てるように煩く鳴っていた電話がぴたりと止んだ。
彼女が電話に出ずに、切ったのだ。

また。唯ちゃんは彼氏よりも俺を優先する。
もう勘違いだとしても、構わないとさえ思った。この瞬間に時が止まって欲しい。一方的に握りしめていた手を緩めて、おずおずと繋ぎ直すと、彼女の体温が生々しく伝わってきた。

「……唯ちゃん、今いけないことしてる自覚ある?」

彼氏にとっても、俺にとっても。

「もうなんでもいいから、早く俺に決めてよ……」

なに言ってるんだろう。もう考えてることと言ってることがぐちゃぐちゃだった。
俺は唯ちゃんの彼氏になりたいけど、俺が変わらないうちは、いつまでたっても唯ちゃんの隣に立つとか彼氏になるとかは無理だろうと思っていたのに、告白してしまって。
期待しないで待つつもりなのに、今すぐに期待どおりの答えを言ってほしいと急かしたくなっていて。
唯ちゃんは困ったように眉を下げていた。

「うん……ごめんね……」

それから無言になって、しばらくしたら唯ちゃんが「少しの間考えるから、私のこと待っててくれる?一松さん」と言って手を離して、話も終わった。
裏切るくらいなら待たせないで欲しいのに「待ってて」なんて、それだけでこっちはあり得ないほど期待してしまうっていうのに。

唯ちゃんは「ありがとう一松さん……嬉しかった」と少し微笑んで、ソファから立ち上がると毛布を一枚渡してきた。
こんなことがあって、眠れるはずがないと思っていたけれど、結局、静けさと暗闇が、異常な緊張で疲れきった脳をあっという間に眠りにつかせてしまった。


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