部屋の中は暗かった。視線を奥へと移すと、ストッキングを履いたままの唯ちゃんの足の先が見えて、スカートと、そして俯き気味の唯ちゃんと視線がかち合った。

「……」

暗くて表情はあまりよく見えなかった。ただ、その目に映るのが、初めて会ったときのような不安そうな色だということはわかった。水槽のようにゆらゆら揺れて、助けを求めているような。

「唯ちゃんさっきは、ご、ごめ……」
「ごめん!」

それは俺の声じゃなくて彼女の声だった。
俺の方へ進み出てきた彼女の顔が廊下の光に照らされる。唯ちゃんは泣きそうになって、俺に向かって両手を合わせた。

「一松さん、勝手に飛び出してごめんなさい。あと、気分悪くさせててごめんなさい。その、一松さんとのこと本当に二股だなんて思ったことないんです、ごめんなさい。無理に彼氏の話聞かせてたのも本当にごめんなさい」

気付けば彼女の方ばかり謝っていた。俺は彼女の部屋に足を踏み入れてもいないのに、ここへ辿り着くまでめちゃくちゃ苦労したのに、何も言えないまま、呆然として彼女の言葉をのみこんでいた。

やっぱり俺には眩しくて、でもこの彼女の光が、とても好きだと思った。

「……いや、俺の方が謝らないと、ごめん。唯ちゃんはなんにも悪くないから。俺が勝手に……」

唯ちゃんを好きになって嫉妬してわがままを言っただけ。
でもそれは彼女には言えず、次の言葉を探していると、「入って」と声をかけられた。

「……いいの?」

一応そう確認すると、彼女は静かに頷いた。話したいことはたくさんあったけれど、声にならない。代わりに俺は、「彼氏は?」とか今本当に一番どうでもいいことを訊いていた。

「うん、来るって言ってたんだけど……さっき連絡あって、今日やっぱ来ないって」
「え……なんで来ないの?」
「わかんない……。いつもなんにも教えてくれないから」
「……」

唯ちゃんの声を聞いているうちに、抑えたはずの感情がまたうねり始める。俺は唯ちゃんを追い越して勝手に部屋に入ると、ソファにすとんと座った。彼女は少し離れて、ベッドに腰を下ろす。部屋は暗くて、隅にある間接照明がほんのりとオレンジ色の光で壁を照らしているだけだった。

「唯ちゃん、改めて……さっきはほんとにごめん。俺、つい酷いことを言って……」
「うん……大丈夫。むしろ本当に我慢できなくなる前に言ってくれてよかったかも」

唯ちゃんは穏やかに俺をみつめていた。あれだけ言ったのに、俺を怖がったり無理に気をつかったりもしていなくて、ただただ優しかった。
俺は彼女を泣かせてしまった。
だけど彼女は、俺の方が傷付いてると思っているんだろう、たぶん。だからこんなに優しくしてくれるんだ。
いや、実際俺は相当傷付いていた。自分で言っておいて自分の方がカウンターくらってるなんて、どれだけメンタル弱いんだとせせら笑いたくなる。

「……でも、急に部屋にまで来て、よく考えたら俺ほんと迷惑だよね」
「そ、そんなことないよ」
「彼氏がいたら面倒なことになったかもしれないし」
「……それは、そうだけど」

俺の知らない彼女の彼氏の気まぐれのおかげで、唯ちゃんと喧嘩してしまったわけだけど、同時にその気まぐれのおかげで、今こうして二人になれた。
しかし一体なんなんだろう、この影はいつまで俺の周りをうろつくんだろう。彼女と一緒にいる限り、永遠にそれを消すことはできないんだろうか。

「唯ちゃん」
「ん?」
「唯ちゃんはなんでまだ彼氏と付き合ってるの。別れてくれないの」
「え……」
「あ、いや……」

ご飯を食べていたときと同じ質問をしてしまったことに、言ってから気付く。せっかく修復しかけていたのに、また振り出しに戻してしまった。あわてて取り消そうとするが、唯ちゃんは俺の言葉を遮るように「それは」と声に出した。

「それは……二股されたこととか、あんまり私を大事にしてないこととかを差し引いても、好きだし、依存しちゃってるし、人と別れるのってそんな簡単にいかないんだよ……」
「……だめでしょ。そんなの」

自分を大事にしてくれない人と一緒にいることが、幸せなのか?というか、そういうの差し引いてもまだ付き合えてるとか、どんなスペックなんだ唯ちゃんの彼氏は。

「唯ちゃん本当に今の彼氏でいいの」
「……」
「不安にならないの?」

俺にとって、彼女は高い壁の上にいる存在のような感じだった。
まともで、きちんと働けて、生活ができて。そんな人が誰かに依存する必要はないと思う。唯ちゃんを大事にしない男なんかと一緒にいたって、心が傷んでいくだけだ。

「なんで、大事にしてくれない人と付き合うなんて面倒なこと続けてるの?ひとりでだって生きていけるでしょ唯ちゃんは。唯ちゃんにはもったいない。別れたらいいじゃん」

冷静に考えて俺が言うセリフじゃないのはわかっていたが、なぜか止まらなかった。

「それで……。それで」

俺と付き合って。

一瞬口から出かかって、あわてて唇を閉じた。


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