ひらひらと薄紅色の花弁が風に舞う。
目の前に広がる空はあの時ずっと追いかけていた背中に似た浅葱色だ。
「…………今年も、春が来ましたよ。近藤さん、平助くん、沖田さん、山崎さん、井上さん、山南さん」
そっと彼らの名前を呼ぶ。
「斎藤さん、原田さん、永倉さん、島田さんも……どこかで桜を見ていますか?」
何度見ても、何年経っても。
私は桜を見ては涙する。
きっと何年経っても変わらない。
いつも思い出すのは、彼らの背中。
道を違えた人たちも、共に戦った人たちも。
みな同じように、散りゆく桜にその面影と駆け抜けた日々を見る。
……それから、この地で戦ったあの誇り高き矜持を持った鬼のことも。
「千鶴」
しばらく桜を見て物思いにふけっていると後ろから優しい低い声が私を呼んだ。
「どこに行ったかと思えば……また此処に来てたのか」
そっと慈しむように私の肩に手を置くそのひとを振り返る。
「歳三さん」
「……また泣いてやがんのか。まったく、よく泣くなお前は」
呆れたように、けれどとても優しさのこもった声で私の目尻を拭ってくれる。
「ほんと、いつか目が溶けてなくなっちまうんじゃねえかと心配になる」
「ごめんなさい、いつまで経っても泣き虫で心配かけてばっかりですね」
「構いやしねえよ。お前が何度泣いたって、その度に全部俺がお前の涙を拭ってやる」
だから、俺の居ない所で泣くんじゃねえ――そう言って歳さんは私を抱き寄せる。
「……今年の桜も、一段と綺麗だな」
「はい。……今年も、咲きました」
歳三さんと私が蝦夷でひっそりと暮らすようになって三年の月日が流れた。
二人きりの、幸せと呼べる静かな日々。
これがいつの日か儚く終わってしまっても、私は絶対に忘れないだろう。
彼のくれたものは目に見えないものだけれど、しっかりと私の中に息づいている。
「ああ、そういえば……新八が松前にいるらしい」
ふと歳三さんが呟いた。
「ええ?そうなんですか。お元気でしょうか、永倉さん」
私のことを「妹分」と呼んで可愛がってくれた永倉さん。
その彼が思いがけず近くに居ることを知り、少し嬉しくなった。
「新八ならきっと元気だろうよ、何せ風邪も引かねえほどの大馬鹿野郎だからなあいつは」
「…………」
永倉さんに原田さん、斎藤さん。途中で道を違えた彼らの動向はこの蝦夷――北海道まではなかなか届かないものだったが、松本先生や島田さん、お千ちゃんからのお手紙や開拓使として北海道にやって来た榎本さんがたまに顔を見せては色々な話をしていってくれる。
大鳥さんも今年出獄し、新政府の一員として働き始めたらしい。
「それから、斎藤は……斗南にいるそうだ。今は藤田って名乗ってるみてえだな」
「斗南……斎藤さん、最後まで会津のために働くつもりなんですね」
「ああ。あいつらしいというか、何というか」
かつての仲間たちの話がほんの少し聞けただけでとても嬉しい。
みんな、元気でいるだろうか。
「……やっと笑ったな、千鶴」
歳三さんが、鬼の副長と呼ばれた頃からは想像もつかないほど柔らかく笑う。
その笑顔があまりに綺麗だったから、私も思わず見惚れてしまう。
「なんだよ?」
「いえ、ただ……幸せだなぁって」
歳三さんが隣にいて、二人で笑い合っている。
それはささやかな幸せかも知れないけれど。
あの時には想像も出来なかった、私にとっては最高の幸せがここにある。
「そうか。…………俺もだよ」
さっきより少しだけ強く抱きしめられて、優しい口づけが降ってくる。
うつりゆく日々の中で変わらないものはとても少なくて、いつかは離れてしまうこの手を今は決して放さずに生きていこうとそう心に誓った。
色は匂へどイメージとしては斎藤さんの話と同じく明治5年ごろの話。こちらが春なので少し早いです。
ちなみに斎藤さんが斗南に向かったのは明治3年、永倉さんが松前に移住するのが明治4年。大鳥さんは明治5年の1月に出獄してその後、開拓使も務めるようです。101023
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