※千景×千姫
※俺得です




徳川の世が終わり明治へと時代は移り、箱館を最後に戊辰戦争と呼ばれた戦は終わったものの平和な時代はまだ訪れてはいない。
その中で鬼の一族は誰に知られることもなくひそやかに時代の表舞台から姿を消していった。
そして、八瀬に住まう京の鬼を統べる姫、千姫もまた静かな日々を送っていた。

「千姫様」

千が振り返ると君菊が少し離れたところでこちらをうかがっている。

「お菊、どうしたの」

「……また、届いております」

君菊の何とも言えない表情が全てを物語っていて、何をとは言わずともわかってしまう。

「また風間から……あいつは本当に何がしたいのかしら」

風間千景。
西の鬼の首領であり千とはいちおう「許嫁」と呼べる間柄だ。
その風間から最近、友禅などの反物に簪、櫛、扇、伽羅の香に玻璃の瓶と色々な贈り物が次々と送られてくる。
肝心なことほど話さない風間の意図のわからない贈り物に、そろそろ彼女もうんざりし始めていた。

「まったく、何のつもりなのかしら。今度はいったい何?」

「……あの…見ていただくほうがよろしいかと」

ずいぶん歯切れの悪い答えが返ってくる。
とりあえず贈り物を見てみるべく千が庭から濡れ縁に上がるとすぐに君菊が草履を片付ける。
そして、彼女は屋敷の奥にある自分の部屋の襖を開けて愕然としたのだった。

「……はぁ…っ!?」

そこにあるのは正絹を織り上げた真っ白な打掛と目にも鮮やかな色打掛だった。
いわゆる、婚礼衣装と呼ぶべきものだ。
どちらも実に見事な紋様の織り込まれた見るからに高価な西陣織ではあるが、予想だにしない贈り物に絶句してしまった千の少し後ろに控える君菊も困り顔である。

「姫様、いかがいたしましょう?」

「いかがって……まず、これが何のつもりかわからないんだけど」

世継ぎなら自分が産んでやると啖呵を切った以上、千も自分の言葉を撤回する気はない。
それに、風間家ほど大きく血筋の良い鬼の一族は既に日本にはないのである。
だからこそ八瀬の鬼の一族にとっても風間との婚姻は悪いものではなかった。

だが。

「私、あいつに嫁ぐなんて一言も言ってないっ!」

――そう。自分は世継ぎを産んでやると言っただけで、決してあいつに全てをくれてやるつもりなど、

「それは困るな」
突然、男の声がした。

「俺は嫁を娶るつもりでいるのだからな」

「なっ……!」

千のすぐ後ろに現れたのはまさに風間千景本人で、今日も今日とて自分以外の者を見下したような嗤笑を浮かべている。

「千姫様!」

君菊には目もくれず、風間は千の手をとった。

「お前がどうしても嫌だというなら力ずくで連れて行くまでよ」

掴まれた手は振りほどこうにもびくともしない。
君菊は優れた忍びの者だが、女性でありどちらかと言えば非力で戦闘には向かない。ましてや風間は鬼の血が濃く、一騎当千の戦いを見せる男である。
これはどう考えても千たちの分が悪かった。

「千景様。あまり荒っぽいことはなさいますな」

やんわりと、けれどしっかりした声音で風間を制止したのは風間家に与する鬼、天霧九寿だった。

「……千姫様、我が主の無礼な振る舞いをどうかお許しください」

「天霧。お前は一体誰の家臣だ?」

不機嫌そうな風間に臆することもなく天霧はその場に膝をつく。

「我が主からの心よりの贈り物、どうか受け取ってはいただけませんでしょうか」

慇懃な物腰で告げる天霧だが、風間を本気で止めようという気はないらしかった。

「そんなこと言ったって…!それより天霧、この男をどうにかしてよ!痛いんだけど!」

「痛いのはお前が暴れるからだろう?俺とて我が妻に無体なことをする気など毛頭ない」

「妻!?ちょっと何勝手に決めてるのよ、私は…」

言い争う二人を静かに見ていた天霧が深くため息をついた。

「言っただろう?俺は、お前を娶る気でいると。俺は気が長いほうではないのだ、さっさと肚を括れ八瀬の姫よ」

「理由になってない!」

ふん、と風間が嗤う。

「お前を娶るのに理由など要らん、黙って俺について来い。そのうち心も体も全て俺のものにしてやる」

紅い瞳が千をじっと見つめている。
睨みつけようとしたが、なぜか風間の瞳を見ていられずにそのままうつむいてしまう。
鼓動だけがただひたすらにうるさくて、掴まれた手首から伝わる熱がだんだん体を蝕んでいく。

部屋に飾られた西陣織の打掛がまるで「さっさと諦めろ」と千を嗤っているようで、千は瞼を閉じた。







タイトルは将軍家茂が大阪城で亡くなり、その形見として届けられた京土産の西陣織に対して和宮が詠んだ歌から。
本来の歌の持つ意味は全く逆ですが、千景からのプロポーズ的な意味でとっていただければ。


101107


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