見知らぬ場所


あれからずっと、涙が止まらなかった。
だが、決めたーー泣くのはこれで最後にしよう。
これから先、何があっても、もう泣かない。
強くなろう。
ーー友の死に涙を流すのは、これで最後にしよう。


「ねえ、不死鳥」

リオは自身の中にいるはずの彼に語りかけるが、

(‥‥ダメか)

と、ため息を吐く。
あれから、不死鳥に話しかけてもなんの返事も返ってこなくなったのだ。

まるで、自分の中にもう不死鳥がいないような‥‥
魔術の力は残っているから、そんなことはないと思うが‥‥

(サジャエルでさえも返事が返ってこない。なんでだろう?)

リオはあれこれ、ゆっくりと考えていた。

不死鳥の山で炎に焼かれた短い金の髪が風に揺れる。
リオは船の甲板で静かに涙を拭った。

ーーなぜ船に乗っているかと言うと‥‥
遺跡の激流の中、辿り着いた浜辺。
そこは、見知らぬ港町であった。
船に乗ってフォード大陸にリオは戻ろうと思ったが、どの船に乗ったらいいのか分からない。
シュイアと旅をした時に船に乗ったことはあるが、全てシュイア任せであった。

ただ、おかしなことに、港町の住人に尋ねたが、

「フォード国?聞いたことねえなぁ」

そう言われてしまって。

(どういうことだろう。フォード国は有名じゃないのかな?あっ!そうだ、フォード国は今は荒れていると言っていたっけ?国がなくなっちゃったのかな!?)

リオはハトネ達の言っていたことを思い出す。

(‥‥仕方なく、どこに行くかわからない船に乗っちゃったけど、大丈夫かなぁ‥‥)

快晴の空の下、リオが乗った船が港町に着こうとしていた。

「あ!大陸が見えてきた」

甲板から景色を見ていたリオは思わず声を上げる。
船が港に着き、リオは甲板から降りた。
代金は後払いという珍しい船だったので、リオは船員に代金を払おうと金額を尋ねる。
幸い、お金はシュイアが残してくれたものがまだ残っていた。

「いくらですか?」
「500ゴールドだよ」
「安い!」

リオはポケットの中にちょうど500ゴールドがあったので取り出したが‥‥

「ん?こりゃあ異国の通貨だね。この国じゃあ通用しないよ」
「え?いこく?‥‥異国!?」

リオは真っ青になる。

「これじゃあタダ乗りだなぁ。まあ、一年間この船で働いてくれたらチャラになる代金だが‥‥」
「いっ、一年!?私にそんな暇は‥‥それに、異国?」

リオは頭の中がこんがらがった。

「仕方ないだろう、これしか手は‥‥もしくはお坊っちゃんが体で支払うかだね。そういう趣味の女性は多いし‥‥」
「えっ?体!?お坊っちゃん!?わっ、私‥‥」

良くない話になってきたと、リオが視線を泳がせながら後退ると‥‥

ーーチャリン。
船員の手の上に、この国の通貨だろうか?見たことのないコインが置かれる。
ーー二人分だろうか?

「その娘の分もだ」

後ろから来た乗客が無愛想にそう言った。

「へ?ーーっ!!あっ、あなた様は‥‥ッ!は、はい!!!」

船員は慌てた素振りを見せた後で大きく頭を下げている。

「えっ、あ‥‥」

リオは青年に礼を言おうとしたが、青年は早々にその場を去ってしまった。

ーー赤い髪に赤い目。
右目には包帯を巻いている。
この前までの自分と同じだなと、リオは思う。

「いや、すまんかったな。あんた、女の子だったのか。てっきり男かと‥‥いや、まあそれはいい。あんた、やっぱこの国の者じゃないね?彼は、シェイアード・フライシルと言う貴族の方だよ」
「貴族?」
「ああ。最近まで他国に行っていらしたが‥‥アレだから帰国なさったのだろうな」

船員は独り言のように言った。

「アレ?」
「さあ、しっかり働いてこの国の通貨を稼ぐんだよ。じゃないとやってけないぜ」

船員はそう言って、船内にもどって行く


ーー見知らぬ港町は活気に満ちていた。

(この国の通貨を手に入れなきゃなぁ。仕事、かぁ。と言うか、異国っていったい‥‥んん?)

船から降りたリオは何かを目にする。

(大会‥‥開幕?)

港町にはそう書かれたポスターがいくつも貼られていた。
そういえば、先程の船員が言っていた『アレ』とは、このことだろうか?

(出場登録希望者は黄の15日までに‥‥)

リオは興味深そうにポスターを読んでいた。

(何の大会なんだ?)

そう、肝心なことが書かれていない。
ただ、大会があるとしか。

(そもそもこの大陸はなんて場所なんだろ?)

リオは目的地とは確実に違う場所に来てしまっていたのだ。何せ、異国と言われてしまったのだから。


「出場者ですか?」
「え?」

いきなり後ろから声をかけられた。若い女性の声だ。リオが振り返ると‥‥

「ポスターを熱心に見ておられましたよね?出場希望の方ですよね」

まんまるな水色の目がこちらを見ている。
腰の辺りまで伸びた空色の髪ーー高貴そうなドレスを身に纏った少女がいた。

まるで、彼女を思い浮かばせる‥‥
リオは一瞬見惚れていた。

「う、ううん、私は‥‥」

リオは戸惑うが、

「あなた、お名前は?」

彼女はお構い無くそう聞いてきて、リオは悩む。
どこかとも分からぬ地で名を明かしていいのか、と。

「‥‥リオ」

仕方なく、数秒悩んだような後で名乗った。

「リオ、ですね」
「あなたは?」

次に、リオが空色の髪の少女の名を尋ねる。すると、

「あら?」

少女は不思議そうな顔をするので、リオは少女のその顔に首を傾げた。

「いえ、申し遅れました。私はルイナ。ルイナ・ファインライズと申します」
「へえ‥‥長い名前だね」
「長いですか?」
「うん。‥‥あっ、この大陸はどこか聞いても?私は今ここに着いたばかりでよく知らなくて‥‥」
「この国の方じゃなかったのですか、そうですか‥‥」

しかし、ルイナはリオの質問には答えず、何故か残念そうにして‥‥

「!」

しかし、ルイナは急に笑顔になった。

「ーーなるほど!わざわざこのために遠くから来られたのですね!」
「え?」

リオは困惑する。なんのために‥‥?と。

「ヒントをあげましょう」
「えっ!?ヒントって!?」
「リオ、これを持ってこの港町から東へ進んで下さい」

ルイナはリオにピンク色の封筒を手渡した。

「東に進めば大きな城が見えます。その封筒を受け付けの方に渡して下さい」
「え?あの、ルイナ・ファインライズ?何がなんだか理解不能なんだけど‥‥受け付けって?」
「ルイナでいいですよ。その手紙が参加資格になります」
「さっ、参加って、もしかして大会?私は参加なんて」
「優勝すれば賞金が手に入りますよ。それでは私はそろそろ失礼しますね、楽しみにしていますよ、リオ」

ルイナはにっこり笑い、踵を返し行ってしまう。
取り残されたリオは呆然と立ち尽くしていた。
もう、何がなんだかわからないーーリオの心境はまさにそんな感じである。

(でも、優勝したらこの国の通貨が手に入るのか‥‥大会って、何するのかな?)

リオは少しだけ悩み、港町に大きなため息が一つ。

何が始まり何が起きるのか、なんとも予想のつかないことだ。

(でも、ルイナ、か。強引なところも、なんだか似てる‥‥)

リオはそう思い、目を閉じる。


◆◆◆◆◆

リオは立派に聳え立つ城を見上げた。

(大きな城ーーここだな?受け付けとやらはどこだろう)

なんでこんなことしなければならないんだと、内心リオは思う。
だが、通貨は欲しいなと思い、よく分からないが参加しようと思った。

(でも、城‥‥か。フォード城を思い出すな)

リオは目を細める。

(あれ?)

すると、街中で見覚えのある青年の姿を見つけた。

(さっきの‥‥シェイアード・フライシル‥‥だっけ?)

リオはとっさに赤髪の青年に駆け寄り、

「シェイアード・フライシル!」

と、大きな声で呼んだので、無論、本人は振り向いてくれたが、街の人々も一気にリオとシェイアードの方を見る。

「お前はさっきの‥‥」

シェイアードは訝しげに目を細めてリオを見た。なんとも冷たい声だ。

「さっきはありがとう、シェイアード。助かったよ」

リオは礼を言う。
だが、シェイアードはため息を吐き、無言で目を閉じたので、それにリオは首を傾げた。

「お前は初対面の人間を呼び捨てにする上に、目上の俺に敬語も使えんのか」

そんなことを言われて、

「あっ‥‥あれ!?」

リオははっとして、自分の口元に手をあてる。

(そっ、そういえば。少し前までは敬語だったんだけどな‥‥最近、あまり使ってなかった‥‥)

リオがそう思い返している内にシェイアードはすたすたと前へ歩いて行ってしまった。

「あっ!ちょっ‥‥待って‥‥まっ、待って下さいよ、シェイアードさん!」

リオはとっさに敬語に直して後を追う。

「わっ、私、本当にこの国に初めて来たばかりで‥‥ここがどこかも何も分からなくて‥‥とりあえず大会とやらに参加したいのですが、受け付けってどこでしょうか?」
「‥‥なぜ異国のお前が参加をする」
「それは、えーっと‥‥帰りの分の通貨を手に入れる為に‥‥」

リオは視線を泳がせた。
シェイアードはやれやれと言わんばかりに首を横に振って、

「お前、優勝する気なのか?」
「えっ‥‥いや、そのぉ‥‥」
「‥‥俺も今から登録しに行くところだ。ついてこい」

彼は呆れるようにそう言って、再び歩き出す。


ーーしかし、本当に妙なことになってしまったなと、リオは思った。
同時に、皆のことを考える。

(ハトネにラズ、フィレアさんは無事だろうか?サジャエルがなんとかしてくれたかな?カシルは‥‥シュイアさんはどうしてるだろうか?)

リオはなんだかとても遠くに来てしまったような気がした。

(レイラの墓も作ってあげたかったのに‥‥)

亡骸はないがわせめて墓だけでも作ってやりたかった。

見知らぬ地、見知らぬ場所で、新たに何かが始まろうとしていた。


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