ありがとう(後編)
あの日、フォード国の公園で会った君は、とても強引で‥‥でも、無邪気で。
とても王女になんか見えなかった。
君と出会ってから、不思議なことばかり起きた。
シュイアさんとしか接することのなかった私に、君は友達という立場で私に接してくれた。
私の中の何かを、君が確実に変えた。
だから、助けたいと思った。
また一緒に、笑い合いたいと思った。
彼女を好きだと思った。
それが友達ーーそういうのが、友達なんだろう。
(不死鳥‥‥ごめん‥‥あなたと生きると約束したけれど‥‥私はもう‥‥)
リオは意識を失いかけていた。
崩れ行く遺跡の中、レイラと共に。
意識が遠くなる中で、リオはうっすらと見た。
目の前にしゃがみこむ男を‥‥レイラを見つめる、その眼差しを。
「どう‥‥して」
リオは掠れた声で聞く。
「結局、俺は世界を見せてやれただろうか?」
男の言葉を、リオは黙って聞いていた。
なぜ、そんなことを彼は言うのか‥‥
「どう思う?小僧」
そんなことよりも、彼がどうしてここにいるかの方がリオは気になった。
そしてなぜ、自分にそんなことを聞くのか‥‥
だが、リオの中にその問いへの答えはあった。
「レイラちゃんは‥‥最期に、あなたの名を呼んでた。だからきっと、彼女を救ってきたのは‥‥あなたなんだよ‥‥」
その事実を口にし、リオは悔しくて、悲しくなる。
「‥‥そうか。だが小僧、レイラを救ったのは、お前だ」
「‥‥」
リオはぽかんと口をあけた。
この男は、時折わけのわからないことを言うから。
「‥‥あなたは、レイラちゃんのこと、本当は‥‥好きだったの?」
「‥‥違う。言っただろう、俺は誰も好きにならないと」
「誰かを好きになっても‥‥最後には裏切られる‥‥だったっけ?」
リオはあの日の彼の言葉を思い出す。
「レイラちゃんは‥‥あなたを裏切らなかったよ?最後まで‥‥あなたのことだけは、裏切らなかった‥‥」
リオは微笑み、
「レイラちゃんはずっと、あなたが好きだった‥‥」
「ーー俺は愛せなかった」
「‥‥」
しかし、それにもリオは微笑んで、
「それでも‥‥あなたは愛されていた。そのことを、忘れないで‥‥レイラちゃんのこと、忘れないでね」
男からの返事はない。
「‥‥っ」
リオの体に傷が響き、苦しそうに目を細める。
「小僧‥‥お前も早くーー‥‥!!」
遺跡の崩れが激しくなったことに、サジャエルの術が解けたのだとカシルは気づいた。
「小僧‥‥行くぞ!!」
カシルがリオに言うが、リオは意識を失ったようで‥‥
「ーー俺はお前に‥‥」
そう言って、少女に手を伸ばそうとしたが‥‥
ザパァアアァアアッー━!!と、遺跡の地面からまるで噴水のように大量の水が押し寄せてきた。
「くっ‥‥!」
カシルは水の届かない場所に避難する。
レイラの亡骸と、リオを腕に抱えて。
ーーだが‥‥不覚だった。
天井の崩れも一層に早まっていて‥‥
カシルは二人を庇いつつ、自らの体に崩れてきた岩を浴びるが‥‥
「ちっ‥‥!」
彼はとうとう耐えきれず、二人を離してしまった。
「リオーー!!」
二人は落下し、激しい激流の波に呑まれていく。
「‥‥お前はいつも、行ってしまうな‥‥」
カシルは二人を見失い、静かに呟いた。
◆◆◆◆◆
一面の青だ。水の流れが激しい。
リオはただ、その流れに身を任せていた。
ー━それから、数時間後‥‥
ハトネは光景を見て驚いた。
遺跡が跡形もなく崩れ去っていたのだ‥‥
「リオちゃん‥‥戻ってくるって言ったのに‥‥!本当‥‥約束を守らない子ね‥‥」
フィレアは大人気ないと思いつつも、遺跡を見て涙を溢す。
「シュイア様に会ったら、なんて説明すればいいのよ‥‥」
「待ってよ!まだ、リオさんが死んだって決まったわけじゃないんだ!リオさんは戻ってくるって言った‥‥信じようよ」
ラズが言えば、その隣でハトネが涙を流しながら、力強く頷いた。
◆◆◆◆◆
息苦しい。
(そうだ‥‥カシルが、助けてくれようとしてた‥‥)
水の中で、リオは思い出す。
(私も、レイラちゃんの元に、逝けるかな)
リオは微笑み、目を閉じた。
「ダメよ」
リオの右手を誰かが握る。
「あなたは生きるの。こっちに来ちゃダメよ」
明るく、優しく、強い声。
「あなたに預けた約束の石に、私、願ったからね」
それは、レイラだった。だが、リオは驚くことなく、
(何を、願ったの‥‥?)
そう聞けば、
「秘密!」
と、彼女は悪戯っぽく笑った。
すると、レイラはぐいっとリオの腕を引き、
「‥‥カシル様のこと‥‥よろしくね」
レイラは悲し気に微笑んで言う。
(え?レイラちゃん?レイラちゃん‥‥待って!レイラちゃん!?)
ーーザザァ‥‥と、波の音がした。
リオは目を開け、
「待って!!レイラちゃん!!」
リオは腕を伸ばし、がばっと起き上がる。
「はっ‥‥!はぁっ、はっ‥‥えっ?ここは!?」
辺りを見回すと、どこかの浜辺にいることに気付いた。
「あれ?」
瞬きを数回する。
傷つけられたはずの右目が、しっかりと見えた。
『あなたに預けた約束の石に、私、願ったからね』
先刻の言葉が思い浮かび‥‥
「まさか‥‥レイラちゃんが?あれは、夢じゃ‥‥なかったの?」
リオはレイラから預かった青い石を見た。
石の青い輝きはなくなり、ただの白い石になっているではないか。
「願って‥‥くれたの?レイラちゃん‥‥私の、為に‥‥」
リオは石を握り締める。
「ごめんなさいっ‥‥ごめんなさい‥‥約束守れなくて‥‥助けれなくて‥‥」
リオは謝り、
「ありがとう、レイラちゃん‥‥ありがとう‥‥」
次に、何度も何度も、礼を言った。
「君に会えてっ‥‥良かった!君と友達になれて‥‥本当に良かった‥‥出会えたのが、友達になれたのが、君で‥‥良かった‥‥!」
リオは涙を流しながら、レイラと出会えたことに心からの感謝をする。
「うんっ‥‥レイラちゃん。私も、後悔しないよっ‥‥この結末を、後悔なんか‥‥しないから!君がくれたこの命‥‥私は、君を忘れずに、生きていくからっ‥‥!」
一つの物語が幕を閉じた。
別れた道が再び重なることはなかったが、それでも、絆と繋がりは消えなかった。
忘れはしない。
この時代に会えたことを‥‥
この世界で会えたことを‥‥
顔が、声が、いつかは思い出せなくなる日がくるかもしれない。
でも、それでも、忘れない。
名を、呼ぶから。
思い出があるから。
二人で手を取り合い、友として共に歩んだ短い日々。
忘れない、絶対にーー‥‥
「忘れないよ、レイラ‥‥」
この世界でたった一人の友達。
これからの時代、君以上の友など現れないだろう。
そして、君が愛した人のことを、私はもっとちゃんと、理解していこうと思う。
君が安心して、眠れるように‥‥
だから、おやすみ、レイラ‥‥
私は、諦めが悪いから。だから、願わくは。
いずれまた、いつかの時代で出会えればと思う。
叶わない願いを、私は抱く。
心から、本当に。君に会えて、良かった。
ありがとう‥‥レイラ。
〜第三章〜繋がり〜〈完〉