嘆き


「わっ!魔物ーー!」

いつもなら誰かが助けてくれた。
いつもなら誰かが剣を振るってくれた。
だが、今は誰もいない。

「おっ、重っ‥‥」

少女は腰に下げた剣を抜こうとするが、あまりの重さに自分が剣に振り回されそうになる。
なんとか踏ん張り、剣を抜いてみせた。
剣は抜けたが‥‥

「ギシャアァアァアーー!」

狼の姿をした魔物が少女の目の前まで突進して来ていた。

「うわあーー!?」

ブンッーーと、少女は慣れない手つきで、闇雲に剣を振る。

ザシュッーードスンッ‥‥と、二つの音が同時に鳴った。

一つは、少女の振った剣が偶然魔物に当たった音。
もう一つは、少女が自ら振るった剣の重さに耐えられず、その場に尻餅をついた音。

「いっ‥‥いてて‥‥あれ?」

少女が魔物を見ると、魔物はその場に倒れていた。

「やっ‥‥やったんだ」

ほっと、少女は胸を撫で下ろす。
だが、今回はまぐれであたった剣でなんとか助かったが、こんな調子では、これからの先行きが不安になる。

(もっと‥‥練習しなきゃーー‥‥あ、村だ!)

前方に村を見つけ、

(レイラちゃんの情報を集めなきゃ!)

少女ーーリオは宛てもなく、ただフォード国付近の村などを巡り、レイラを見掛けたかどうかの情報を集めていた。


◆◆◆◆◆

「レイラ王女?ああ、そういえば‥‥フォード国は今、大変らしいね」

村人の女性が言い、

「王女が行方不明で、女王が亡くなられて、城は火事で崩壊したんだっけ?」

リオはあの日のことを思い出し、悲しい顔をする。

「でも、この村には来ていないね。王女様のお顔はこの大陸の人間なら誰もが知ってる。王女様が現れたなら、凄い騒ぎになるはずだよ」

女性はリオの肩をポンっと叩き、その場を去った。

(そっか。レイラちゃんは王女様だもんな。見掛けたら騒ぎになるはずだよね。でも、そんな騒ぎの噂‥‥まだ聞いてない。レイラちゃんはどこに‥‥)


◆◆◆◆◆

「え?旅?」

フィレアは首を傾げる。

「うんっ!リオ君やシュイアさんがいなくなってもう一ヶ月!絶対、二人でまた旅に出ちゃったんですよー!」

ハトネが駄々をこねるように言うと、

「‥‥リオちゃん‥‥シュイア様‥‥」

二人を思い出し、フィレアは俯く。

「だからっ!捜しに行きましょう!」
「捜すって‥‥もし違う大陸に渡っていたら?」
「そんなの関係ないです!捜すことに意味があるんです!私はずっとそうしてきたから!」

ハトネはにっこりと笑った。
それにフィレアは戸惑いながらも、

「そうね‥‥私はシュイア様も、そしてリオちゃんのことも好きだもの。せっかく出会えたのに、こんな別れは嫌だわ」

フィレアはハトネの目をしっかりと見て、

「捜しましょう、二人を」

そう言った。


◆◆◆◆◆

「はぁ、はあっ‥‥」

リオは全身汗まみれで、涙目になりながらも剣を振るっている。
夜になるまでに次の村に辿り着けなかったのがダメだった。

(‥‥夜は、魔物の活動時間‥‥)

リオは大量の魔物に囲まれていて‥‥

(やっぱりシュイアさんは凄い‥‥一人でこうやって戦っていたんだ‥‥)

リオはそう思うと、シュイアの凄さを改めて思い知った。

「くそっ‥‥!」

同時に、悔しさが溢れ出てくる。
ただ、ひたすらに、むやみやたらに重たい剣を振り回した。

「こんなんじゃ‥‥こんなんじゃ‥‥うぷっ‥‥」

気が、滅入る。吐き気がした。
魔物の紫色をした気味の悪い血が辺りに広がっている。

剣を振っている間は何も感じなかったが、ふと気付いた、思った。
自分は『何か』を殺したのだと‥‥

カタカタと、手が震える。
すると、誰かがその手に手を重ねてきて‥‥

「ーーリオ。私はあなたを見ていましたよ、いつも」
「‥‥道を、開く‥‥者」

彼女だった。

「私は、どうしたらいい?私には‥‥彼女を助けることは‥‥できないの?私、私は‥‥」

ただ、レイラを助けたいのに‥‥

「リオ、ご覧なさい。この大量の魔物はあなたが一人で倒したのですよ」

道を開く者は、辺りに散らばった魔物の残骸を見て言う。

「でも、闇雲に剣を振り回しただけだ‥‥こんなの‥‥」
「あなたが剣を手にしてから一ヶ月。誰だって最初は自分は無力だーーそう思うものです。ですが、あなたが戦い続ければ、あなたは強くなる。あなたには、戦う理由があるのでしょう?」

彼女の言葉を聞き、リオは顔を上げた。

「教えましょう、リオ。我が名はサジャエル。世界を、人を、行く末を導く者」

いきなり彼女が名乗ったので、リオは驚きつつも、

「サジャ‥‥エル、さん?」
「そして、あなたはそれを【見届ける者】。あなたはその宿命により産まれて来たのです。あなたはあの日、生きることを選んだーーリオ、不死鳥の住む山へ行きますか?」

急にそんな話を持ちかけられ、リオは頭が追い付かず、

「ふし‥‥ちょう?」
「救う為の力が欲しいのならば、行くべきだと思います」


◆◆◆◆◆

「どうした?」

一向に口を開かない少女に尋ねた。

「いえ‥‥その」

少女は目を伏せ、疲れたような顔をしている。

「こぞ‥‥お前の友のことか?」

男ーーカシルはレイラにそう聞いた。

「‥‥リオは、私を恨んでいるでしょうね。私があの子を友達だと言ったのに、私は彼女を裏切ったんですから‥‥」

自分はリオを選ばなかったーーそのことを自身で理解して、複雑な気持ちになる。

「俺に着いてくれば大丈夫だ。お前は間違っていない。間違っているのはその他のものだ」

カシルがそう言うので、

「間違いーー‥‥じゃあ、リオも?」

レイラの顔に疑問の色が浮かんだ。

「あいつは戦わずに物事を解決しようとする。口だけだ。だから、お前の母を救うことも出来ず‥‥挙げ句、お前のこともどうにも出来なかった。何かを変えることなんて出来ない」

それを聞いたレイラは、

「あり得ないかもしれませんが‥‥もし、リオが追って来たら?カシル様はリオを殺すんですか?」
「さあな」

カシルの考えはわからない。レイラはただ、静かに彼の言葉を聞き、見つめた。

(リオ。私は、私達はもう、友達には戻れない)

そう、感じながら。


◆◆◆◆◆

ーー道なりに草原を進み、やがて遥か高く聳え立つ岩山が見えた。
リオは、先刻サジャエルから聞いた話を思い出す。

不死鳥はこの世界の神と言ってもいい存在。

不死鳥の力を手に入れることができれば、世界を守り、レイラを助けられるかも、しれない。


不死鳥の住む山は遥か高く、山頂はもう、空を越していると言う。
到底、人間が足を踏み入れられる場所ではないのだ。

その山に登った冒険者は数多くいたと言うが、誰一人として戻って来なかったらしい。

住みかを荒らされた不死鳥の裁きの炎に焼かれたとも言われている。
もし辿り着くことが出来たとしても、不死鳥の待つ山頂まで辿り着くには、数年もの年月が掛かるとさえ言われているようだが‥‥

そして、不死鳥の住む山の手前には小さな小屋があり、そこには今の時代でたった一人、不死鳥に認められた者が住んでいるらしい。
その者の許可がなければ、山への立ち入りは禁止されているそうだ。

ーーリオはその小屋の前に着き、木製の扉をコンコンと軽く叩き、すぐに扉は開かれた。

「なんじゃ?お主は」

そう言いながら出てきたのは、一人の老婆。

「あなたが、不死鳥に認められたという人ですか?」

さあっーー‥‥と、軽く風が吹き、金の髪がキラキラと揺れる。

老婆はごくりと息を呑んだ。
エメラルド色の瞳が、あまりに強い光を帯びていて‥‥

「私は、不死鳥に会いに来ました」

あまりに、真剣な顔をしていたから。


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