本当の始まり


結局、泣いたのはあの日だけ。
もう、どこへ行ったか分からず、戻って来ない友の為に流した涙。
あの日以降は、ただ、時間任せに日々を過ごしていた。

女王と王女がいなくなった国。
リオ達は国民に真実を話した。

王女の護衛が、実は世界を壊そうとしているということ。
王女がその男と共に行ったということ。
女王はその男の仲間に殺されたということ。

国民たちは、最初は信じなかった。そんなのは作り話だと。

だが、リオは必死に訴えた。声を震わせながら、友の名誉を守る為に。

『レイラ王女は悪くないんです。友達として、彼女の気持ちに気づけずに、止められなかった私の責任なんです。私は女王様の最期を看取りました、助けられませんでした。だから、レイラ王女は必ず助けます‥‥!必ず、この国に連れ戻しますーー!』

フォード国の者達は言葉を失った。
国民でもなく、そしてただの子供である彼女の言葉に。
一人で全てを抱え込むような、苦しそうな表情にーー。


◆◆◆◆◆

「シュイアさん、お願いします。私に戦い方を教えて下さいーー!」

リオのその申し出に、シュイアは目を伏せる。

「私がもし戦えたなら、あの時‥‥女王様が死なずに済んだかもしれません。レイラちゃんを助けれたかもしれません‥‥」

リオは俯き、そして顔を上げて、

「でも、今更‥‥後悔はしません。ただ、もうあんなことを繰り返さないように‥‥少しでもシュイアさんのように、カシルさんのように、戦えるようになりたいんです」

リオの真剣な目を見て、シュイアはため息を吐いた。

「いつかは、お前が力を求めることはわかっていた。だが、リオ。戦う力を手に入れるということは、同時に【死】と言うものが身近に在るということだ。言葉だけで力を求めるのは簡単だ。だが‥‥」

シュイアは厳しい口調で言って、真剣な眼差しでリオを見据える。
その視線を、リオは真っ直ぐに見つめた。

「ーーこの剣を貸してやろう」

シュイアの手から淡い光が放たれ、彼には少し小さすぎる剣が現れる。
魔術を見慣れたせいか、リオはもう驚かなかった。

リオはシュイアの側に行き、恐る恐るその剣を受け取る。
初めて手にする剣の感触と重さに、リオは驚いた。

(おっ‥‥重たいーー!シュイアさんはこんな重たいものを軽々と‥‥)

リオがまじまじと剣を見ていると、

「さあ、リオ」

と、シュイアの呼び掛けに、リオは首を傾げる。

「剣を交えてやろう」
「え‥‥」
「剣の相手をしてやろうと言っているんだ」
「なっ」

リオは慌てるように首を横に振って、

「そっ、そんなっ!?私、無理です!こんな‥‥剣を使うのなんて初めてですし‥‥それに、シュイアさんとなんて‥‥」

リオの言葉を最後まで聞かず、シュイアは腰に下げた剣を抜き、その切っ先をリオに向けた。

「リオ。もし戦いの場に赴くことがあれば、そんなことを言う事は許されない。それを言っている間は‥‥逃げている間は、お前に戦う資格はない」
「っ」

シュイアのそんな言葉が酷く突き刺さり、

「わっ‥‥分かりました。お願いします、シュイアさん!」

リオは手にした剣を地面で引きずりながら持ち上げようとする。
構えた剣が重さのせいか、初めての戦いのせいか、カチャカチャと音を立てて震えていた。

だが、そうしている間に、リオは目を見開かせる。

ドゴッーー!!!

「がはっ‥‥!?」

何かに酷くぶつかる音と、リオの声が同時に重なった。
リオは何が起きたのかわからず、背中にズキズキと痛みを感じ、地面に座り込んでいる。

目に見えない速さだったが‥‥シュイアが自らの剣でリオをなぎ払ったようだ。
その剣圧により、リオは数メートル先の岩に叩きつけられていた。

痛みと驚きのせいか、リオは言葉が出ない。
涙も出ないほど、あっと言う間のことだったから。

ただ、これが殺気なのだろうかと感じる。
シュイアの剣に、躊躇いはなかった。
下手したら、リオを殺す勢いでーー‥‥

そこまで考えて、パラパラと、ぶつかった岩が軽く崩れ、砂や小石が落ちてくる。

「‥‥あ」

ようやくリオはそれだけの声が出た。
口元がヒリヒリするなと思ったら、口から軽く血が出ていたのに気付き、慌ててそれを手で拭う。
すると、シュイアがいつの間にかリオの前に立っていて、

「リオ‥‥お前はこれでも本当に、戦えるのか?」

シュイアが少しだけ悲しそうな顔をして言った。

「わっ‥‥私ーー‥‥」


◆◆◆◆◆

「はぁ‥‥夢みたい」

フィレアは、うっとりしながら言う。
ここは、フィレアとアイムの家だ。

小さい家の中に、フィレアとアイム。そして、リオとハトネ、シュイアーーなかなかの人数で食卓を囲んでいた。

「何が夢みたいなんですか?」

ハトネがフィレアに聞くと、

「あっ‥‥ううん。その‥‥」

フィレアはチラリとシュイアを見る。

「だって‥‥八年振りなんだもの。シュイア様に会うの」

フィレアはとても嬉しそうな顔をしながらスープに口を付けた。

「ああ、だが、出会ったのは十年も前で、旅先で確かに何度かお前に会ったが‥‥私はお前の名前すら覚えていなかったのに、お前はよく私を覚えていたな」

なんて言って、

(えっ。シュイアさん、フィレアさんのこと覚えてなかったんだ)

シュイアは完璧な人だと感じていたので、意外だなとリオは思う。

「‥‥わっ、忘れられるわけ‥‥ないじゃないですか‥‥」

そんな二人の会話を聞き、リオとハトネはなんとなくその場に居づらくなった。

「あんたがこの子を連れて来てくれて‥‥私は本当に幸せな生活をおくれているんだよ。本当に感謝しているよ」

アイムは微笑んでシュイアに言い、フィレアの頭をポンポンと軽く撫でる。

「ところでリオ君、左腕と右足はもう大丈夫?」

ハトネに聞かれた。あの時、ロナスにやられた傷‥‥

「うん。一昨日ぐらいまでは痛かったけど‥‥今はもう、だいぶマシになりました」

リオは微笑んでみせた。

「そっか!良かったぁ!!ねっ、リオ君。これからどうするの?また旅するの?」

ハトネの問いに、

「しばらくは、この国でゆっくりしようと思っています。この国は‥‥色々ありすぎて‥‥気持ちを整理したいし‥‥」

リオは静かに笑う。リオのその笑みを見て、ハトネとフィレアにはどこか‥‥泣いているように見えた。

「そっかそっかぁ!じゃあ私、リオ君の傍にちゃんといるからね!」

ハトネがリオに抱きつく。

「じゃあ、まだ一緒に居られるのね!えっ‥‥じゃあ‥‥シュイア様とも!?」

フィレアはリオとーーと言うより、シュイアと一緒に居られるかもしれないと言うことに喜んでいた。
すると、

コンコンーーと、ドアがノックされ、

「はい、どうぞ」

アイムが言うと、

「お邪魔します」

そう言いながら、一人の少年ーーラズが入って来た。

「ラズ、どうしたの?」

フィレアが尋ねると、

「あっ‥‥もしかしたら、お姉さん達、もうどこかへ行っちゃうのかなって」

ラズはリオを見る。

「大丈夫だよ!リオ君、しばらくここにいるって」

ハトネが笑って言えば、

「そうなの!?」

と、ラズも笑った。

「嬉しいな‥‥お姉さんは僕を助けてくれた人だから‥‥その、お礼もまだできてないし‥‥」

ラズが照れ臭そうにするので、

「ラズ君。気にしなくていいですよ」

リオはそう言って、微笑む。


ーー楽しかった‥‥
こんなにたくさんの人と笑い合いながら。
リオはそう、先刻のことを思い出す。

意識はその場に戻り、

「リオ‥‥お前はこれでも本当に、戦えるのか?」

以前、道を開く者にも似たようなことを聞かれたことを思い出す。

『これからあなたはきっと、数々の者達の死を見ることになるでしょう。あなたは【見届ける者】なのですから。それでもあなたは、生きて行けますか?』

ーーと。

リオはその時はっきりと答えた。
友達を守り抜けるまでは、生きていくと。

あの時は、そう答えた。

【世界を壊す鍵】というものがレイラの中にあった。
それを探す為、女王様を殺す為、彼女はカシルに利用されていた。

だが、彼女はカシルに恋をしたーー。

リオはギュッと目を閉じ、

「私はーー戦います。守りたい、助けたい人がいるから!」

そう、決意するように目を開け、

「あなたはいつも私の身を案じてか、戦わせないようにしてくれていましたね。だけど、そろそろ守られているだけじゃダメなんですよね‥‥私は‥‥」

リオは自分よりも、遥かに背の高い男を見上げ、

「ずっと、シュイアさんのことも助けたかったんです。いつも、何も出来ない自分が情けなかった‥‥あなたはいつも寂しそうで、時折、悲しそうな‥‥苦しそうな顔をする。そんなあなたを、助けたいと思った‥‥」

リオは今まで言えなかったことをようやく、微笑みながら口にした。
ずっと傍にいた小さな存在にそんなことを言われて、シュイアは目を見開かせる。

「私には、大切なものが一気に出来ました。ハトネさん、フィレアさん、アイムさん、ラズ君。そして、レイラちゃん。皆が、私が知らなかった感情を教えてくれました。私は大切な人を取り戻す為に戦いたいんです」

空を仰ぎながら、リオは笑った。

そんな少女を見て、それでもシュイアは苦しそうな表情をしたので、リオは慌ててシュイアを見つめる。

だが、大きな手に小さな腕が引かれ、リオはシュイアに抱き締められた。

「えっ、シュイアさん?」
「私にはやるべき事がある。だから、お前と共には行けない‥‥」
「‥‥」

それを聞き、シュイアはカシルを追わないのだろうかとリオは疑問に感じる。

「次に会う時は、強くなっていろ、リオ。私と剣を交えれるように。だから、それまで死ぬな」
「‥‥はい!私、強くなります‥‥!」

シュイアの胸の中でリオは頷き、

「私、シュイアさんが大好きです、とっても!あなたに出会えたから、今、私はここにいます」

無邪気なその声に、言葉に、シュイアは目を細め、小さく「ありがとう」と言った。


◆◆◆◆◆

「リオ君‥‥!?」
「シュイア様もいないわ!」

ハトネとフィレアが気付いた頃にはもう、二人はフォード国を発っていた。


ーー青い空、一面の草原。
全てを捨てて、一から始める。
腰に重たい剣を下げながら。

(待ってて、レイラちゃん)

シュイア以外の誰にも告げず、リオは旅立った。


少女の物語が今、始まる。


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