しん‥‥と、静まり返った場所。
牢屋に入れられてしばらくが経った。
だが、不思議なことに見張りは居ない。
ロファースよりも皆、あのフードの男を警戒しているようだ。
静まり返っている為、ため息だけでもよく響く。

(それにしても驚いた。エルフなんて本当に存在したんだ。それに、本当にあんなにも人間を嫌ってるんだな‥‥)

血を浴びた鎧、下劣な剣ーー。
それを聞くと、一昨日の‥‥初めて赴いた戦場を思い出してしまい、身震いがした。

「お前は戦いを好まないんだな、人間」

静まり返っていたその場所に、自分以外の声が響く。不思議なことに、ロファースは全く驚かなかった。
むしろ、その声がとても落ち着いていて、綺麗だと感じたからだ。

「君は?」

ロファースは鉄格子の前に立つ人物を見つめ、

「エルフ‥‥じゃない?」

その人物を見て、ロファースは首を傾げる。

目の前に立つ人物は、自分より少し若そうな少年だ。
エルフのように尖った耳ではなく、まるで魚を思わせるような、頭から生えた長いヒレのような耳。
赤い目に透き通るような青の髪。

「俺はレムズ。お前は?」

少年はそう名乗ると、ロファースに尋ね返した。

「俺は、ロファースです」
「ロファースか。お前の仲間、凄いな!あの結界を破っちまうなんてさ」

急に、レムズは楽しそうにそう話す。

「仲間‥‥ああ、あの人か。いや、仲間じゃないんですけど‥‥そんなに凄いんですか?」
「だってあの結界は数十人がかりで張った結界だぞ!それをあっさり‥‥しかも人間、しかもたった一人で破るなんて凄すぎることだ」

レムズは感心しながら言った。

「とっ、ところであなたは?エルフ‥‥じゃないですよね?」
「ハーフだよ、ハーフ。エルフと魚人の」
「魚人?」

ロファースは首を傾げる。

「魚人を知らないのか?」

レムズが首を傾げてそう聞けば、ロファースはコクりと頷き、

「まあ、そっか。人魚なら知ってるんじゃない?」
「人魚は知ってますけど、それこそ物語の中の存在じゃ?」

ロファースの疑問の声に、

「まあ、魚人は人前に現れないからな。それに寿命も短い。でも、今でも本当に海の底に存在してるんだぜ!」

信じられないような話だが、エルフだって本当に存在していた。ロファースが口を開こうとすれば、

「おっと、やばっ!誰か来る」

レムズは慌てて言い、

「誰か来るんですか?」

しかし、ロファースには何も聞こえないので聞けば、

「魚人もエルフも耳が良いんでね。足音と話し声が聞こえた。じゃあなロファース!」

レムズはそう言って、慌てて出口であろう階段を駆け上がった。
それからしばらくして、彼が慌てて駆け上がって行った階段から、本当に誰かの足音が聞こえてくる。

「すみません、ロファース君。少々手間取ってしまいましてね」

と、階段を降りてきたのは、フードの男であった。

「あれ!?あなた一人ですか?」

ロファースが疑問気に聞くと、

「ええ、そうですが」

と、フードの男は答える。すると、彼はロファースが入れられた牢屋に近付き、カチャカチャーー‥‥ガチャッーーと。鈍い音を立てて、牢屋の扉が開く。

「鍵!?なんで!?」

フードの男はなぜか牢の鍵を所有しており、ロファースの閉じ込められていた牢屋の扉を開けたのだ。

「エルフ達が快く渡してくれましたよ。説明もうまく出来ましたし、だから安心して下さいね」

フードの男は穏やかにそう言うと、

「ああ、そうそう。あと、今日はこの村に泊めてもらえることになりましたから」
「は!?」

唖然とするロファースを見て、

「とりあえず、ここから出ましょうか」

と、彼は言った。
確かに、いつまでも牢屋に居たくないとロファースは思い、聞きたいことは山ほどあったが、とりあえずは頷く。

ーー階段を上がり、そこから出れば、辺りはすっかり日が暮れていた。
確か、牢に入る前は昼だったなとロファースは思い出す。
ロファースはフードの男を見つめ、

「エルフは人間を嫌ってるんですよね?なのに、この村に泊まってもいいんですか?それに、本当に快く鍵を渡してくれたんですか?」

疑うようで悪いが、疑問に思ったそれを吐き出す。

エルフ達に囲まれた時、彼らは本当にロファースとフードの男を見ておぞましそうな顔をしていた。
本当に人間を嫌っているんだとわかった。
隊長の部隊も早々に追い出されたと、セルダーも言っていた。それなのに‥‥

「あなたはなんなんですか?強力な結界すらも簡単に壊して、一体‥‥」
「僕を疑っているんですか?」

そう聞かれては、ロファースは口ごもるしかない。

「まあ、そうですね。説明なく疑わしい行動をしているのは僕なんですから」

フードの男はうんうんと頷き、

「僕は普通の人間ではありませんから」

続くその声は、少しだけ寂しげに聞こえた。

「普通の人間じゃない?」
「君にはいつか話しましょう。でも今はまだ。話せば、君にも辛い思いをさせてしまいます」
「俺に?」

一体、なんの話なんだとロファースは目を見張る。

「これだけは信じて下さい。僕は君の味方です、ロファース君」

その言葉に、

「不思議な人ですね、あなたは」
「不思議?」

言われて、フードの男は首を傾げる。

「わからないけど、怪しいんですけど、悪い人じゃないって、俺にはわかります。悪い人じゃないんですよね?」

ロファースが聞けば、

「悪人と言えば悪人に、善人と言えば善人に。言葉によって変わりますよ。例えばもしここで僕がその質問に『はい』と答えても、それは口だけのことです。君を騙している悪人かもしれません」

ロファースは頷き、

「それはそうですね。わかりました。じゃあ、俺は信じてみますよ。あなたがさっき俺の敵じゃないと言ったその言葉を。あなたは今、牢屋に入れられた俺を見捨てなかった。聞きたいことはたくさんあるけど、あなたが話す気になるまで待ちます」

すると、フードの男は少し俯き、

「‥‥辛くないんですか?友や仲間だと思っていた人に、君は騙され裏切られたんですよ。また、そんなに簡単に人を信じても‥‥」
「真意がまだわかりませんから」

ロファースはフードの男の言葉を遮り、

「セルダーとイルダンさん、エウルドスの真意が、目的が。あなたはそれを知っているのかもしれないけど、俺はまだ知らない。自分の目で確かめて、この耳で聞いて、それまでは、俺は彼らを憎むことなんか出来ないし、まだ、辛くもないですよ。俺は‥‥友を、セルダーを信じてますから」

ロファースはニコリと微笑み、柔らかい口調で言った。憎しみの欠片などなく、強がりなどでもなく、ロファース自身の心の広さ、強さを物語っている。

「‥‥行きましょうか、泊めてくれる家に案内します」

フードの男はロファースから視線を外す。
真っ直ぐに人を信じるロファースを直視出来なかった。
出来るはずが、なかった。


ーーフードの男に案内されたのは、村の奥の方にある小さな家だった。

「この家に泊めてもらえるそうなんですよ」

フードの男は言いながら、木で出来たドアをコンコンとノックする。

「‥‥へいへい。また説教かよ、村長‥‥」

ガチャリーーと、家の主はドアを開けながら言ったが、フードの男とロファースの姿を確認し、

「へ、あ、あれ!?あんた牢屋に入ってた‥‥こっちは結界を破った‥‥え、え?なに?」

家の主はロファースとフードの男を交互に見る。

「あっ、レムズさん!レムズさんの家に泊めてもらえるんですね」

ロファースが言った。
そう。先ほど牢屋で会った魚人とエルフのハーフと名乗った少年、レムズの家であった。

「はぁ!?ちょっと待て!一体なんの‥‥」
「おや、お知り合いですか?」

驚きながら何かを言おうとしたレムズの言葉を無視してフードの男はロファースに尋ねる。

「はい。さっき牢屋で会ったんですよ」
「ちょっ、あんたら、俺の話を聞けよ!」

自分を無視して話を進めるので、レムズは怒鳴った。

「さっ、さっきから泊めるだのなんだの何のことだよ!」
「おや、聞いていませんか?僕はエルフの長にこの家に泊めてもらうように言われたんですよ」

フードの男がさらりと言えば、

「あんのクソ村長がぁあああっ!?厄介者は俺に押し付けたらいいと思ってやがるな!」

どうやらレムズは本当に知らなかったようだ。

「えーっと‥‥泊めてもらえるんですか?」

ロファースが聞くと、

「ダメだダメだダメに決まってんだろ!あんなクソ村長の思いのままにいかせるかよ!誰が泊めてやるもん‥‥か‥‥?」

トッ‥‥何か軽い音と共に、レムズの声も疑問を交えて小さくなる。

「なっ、何だよ」

フードの男がレムズに詰め寄り、腕を伸ばして手をドアに当て、レムズが逃げられないようにーー言うなれば包囲した。

「いえ。別に何も?」

フードの男は口元に笑みをたたえている。

「何も‥‥って顔じゃねえよなそれ!いや、顔見えないけど!」
「もう一度聞きますよ、泊めて頂けますか?」
「うぐぐっ‥‥ダメに決まっ」

ーーゾクッ‥‥
レムズは背筋が凍るような感覚に陥る。
フードの男の内に、底知れぬ力を感じたのだ。
まるで射ぬかれるかのように、背筋は凍り続ける。

何が可笑しいのか、フードの男はそんなレムズを見て小さく笑った。
それが妙に不気味に感じて、レムズの中に恐怖心が芽生え、足までもがカタカタと震え出す。

「わっ、わわわわわかった。今晩‥‥今晩だけだぞ!明日の朝には出てってくれよ!?この家は狭いんだからよ!」

レムズは自分の横に伸ばされていたフードの男の腕を払い除け、やけくそ混じりに叫んだ。

「助かります、ありがとう!」

一人、安全地帯にいたロファースは笑顔で礼を言った。
レムズは渋々、ロファース達を家へ招き入れる。

見渡す限り、家の中は生活に必要である家具類しか無いように見えた。
ふと、ロファースの脳裏には先刻訪れたアイムの家が思い起こされる。

「ジロジロ見てなんだよ。どうせ俺は貧乏なハーフだよ」

ロファースがあまりにもまじまじと家の中を見ていたものだから、レムズはふてくされるように言った。

「いっ、いえ。そんなつもりじゃなくて。凄く良い家だなって」

ロファースは本当にそう思う。アイムの家を、彼女の生き方を見た後だからであろうか‥‥

「それよかとっとと寝ろよな!風呂なら勝手に入っとけ!飯はパンと果物がそこの箱ん中にあるから食っとけ!ったく‥‥あの村長め‥‥」

ぶつぶつと悪態を吐くレムズを横目に、

(そういえば、フォード行きの船で朝食を食べたっきり、何も食べていなかったな)

ロファースは急に空腹感を感じた。

「じゃあ、パンと果物、少し戴いていいですか?」
「勝手に食えよ。果物はそこら辺に勝手に実るんで調達しやすいからな」

レムズが言った。
確かに、エルフの里は豊かな木々に恵まれている。果物が実りやすい環境なのであろう。
それからレムズはフードの男に視線を移し、

「あんたは食わねーの?」

と、尋ねれば、

「ああ、僕は結構ですよ」

フードの男は木の椅子に座りながら言った。

ーーロファースはパンと果物を食べ終えた後、レムズに「さっさと風呂入って寝ろ」と促され、風呂に入っていた。
だが、それからレムズはしまった‥‥と思う。

今は部屋に自分とフードの男しか居ないことに気付いたからだ。

(こいつ‥‥なんか異常なんだよな)

レムズはそう思う。何が異常かと言えば‥‥

「流石ですね。エルフと魚人のハーフですか。さぞかし察しが良いんでしょうね、レムズ君は」
「へ!?」

いきなりフードの男に言われて、レムズはビクッと肩を揺らした。

「なっ、何がだ?」
「僕がどれほどの力を秘めているか‥‥君はなんとなくわかるんでしょう?」

彼はクスクスと笑う。

「そっ、そりゃあ、あの結界を解いたんだ!お前が凄い力を持ってるってのは一目瞭然だろ?」
「それもあります。それもありますが‥‥わかるんですよね?僕が力を使わなくても、僕がいつだってーー‥‥そう。殺気を放っていることを」
「ーー!」

レムズは目を見開かせた。

そう、‘異常’。
レムズがこの男に感じていたもの。
それは彼が、有り余る程のなんらかの力を身体中に秘めていること。
そしてそれを、まるで殺気の如く撒き散らしていること。
だが、並大抵の者はそれに気付かないであろう、普通は。

「遥か昔からエルフは占いの能力に優れ、魚人は歴史を見通す力を微かに持っている。君はその二つを受け継ぎ、敏感になっているんですよね。目に視える全てのことに。いえ、視えないものさえもーーですかね」

フードの男が微笑しながら淡々と語るのを、まるで凝視するかのようにレムズは聞いていたが、

「あんたは、いったい‥‥」

震える声で尋ねた。

「ああ、そうか。未来を見通す力ーー過去までは視えませんよね。僕の正体がなんなのか、君にはわかりませんよね」
「わっ、わかんねーよ」

フードの男の言葉に、レムズは眉を潜める。

「それどころか、あんたの未来さえも視えねぇよ。普通は‥‥ちょっとぐらいは視えるはずなんだが‥‥あんたの未来はさっぱり‥‥」
「そうですか。ならば、彼の未来は視えましたか?」

彼ーー聞かれてレムズはしばらく考えたが、

「ロファースか。まあ完璧に視えるってわけじゃねーけど、ただ一つ。追われ続ける、かな。何に追われてるかは知らねーけどさ」

レムズの言葉に、

(追われ続ける、か)

フードの男は静かに息を吐き、

「レムズ君」
「なっ、何‥‥」
「ロファース君には言わないで下さいね、僕のこと」
「僕のことって?」
「今話した一連の内容ですよ」

それからフードの男は見回すかのように部屋を眺め、

「ですがまあ、君も相当苦労していますね」

そう言われ、

「なっ、何が‥‥」
「エルフは仲間意識が強い種族ですから、自分の種族以外を嫌う。それは、ハーフも例外ではない」
「‥‥」

レムズは無言で俯く。フードの男はちらりとそれを見て、

「さて、僕は先に休ませてもらいましょうかね」
「あっ、ああ‥‥あっちの部屋が空いてるから、好きに使えよ」

と、レムズは奥のドアを指差した。


◆◆◆◆◆

「あれ?」

風呂から上がり、ロファースは首を傾げる。

「あの男なら先に休んでるぞ」

レムズがロファースの疑問の意を汲み取り、そう伝えた。

「そうですか」

言いながら、ロファースはレムズの席の真正面に座る。

「‥‥ロファースさ、なんかに、追われてんの?」
「え?」

レムズがいきなり聞いてきたので、ロファースは目を丸くした。

「あ。知らないんだな」

と、レムズは一言そう言い、

「言ったように、俺はエルフと魚人のハーフだ。エルフは占いの能力に優れ、魚人は歴史を見通す力を微かに持ってる。だから俺はその二つを受け継ぎ、他人の未来がちょっとだけ視えるんだぜ」
「未来が!?すっ、凄い‥‥!」

ロファースは本気で凄いと思ったが、レムズの表情はどこか寂しげに見えた。

「ーーで?俺の言ったこと、当たってるか?」

レムズの言ったことをロファースは考え、

(追われている‥‥エウルドス。イルダンさんやセルダー達が俺を殺そうとしていることか?)

しばらくしてからロファースは首を横に振り、

「わかりません‥‥追われているのかなんなのかは。でも、当たってるのかもしれません」

ロファース自身にもわからなかった。彼らがまだ、自分を追っているのかどうかさえも。

「なんか知んねーけど、お前も大変そうだなー」
「お前も?」
「あー!いやいや何でもねー!もう休めよ。真夜中だぞ。俺ももう寝るしさ」

レムズは苦笑いをして言った。


◆◆◆◆◆

レムズの家のベッドを借り、ロファースは横になる。
友達だったはずのセルダーの言葉を思い出してはまだ何も信じられない気持ちになった。
これから、意味もわからずイルダン達に追われるのだろうか?

『ロファースよ、我々にとってはお前という存在自体が危険なんだ。エウルドスから出られてはな。
何もお前だけではない。エウルドスの人間全てがーー』

意味深な彼の言葉が頭から離れない。
それに、神父と教会の子供達の安否も気に掛かる。

(俺が国を出たせいで、神父様や子供達が酷い目に‥‥?くそっ‥‥!!俺は、俺はどうしたら!?)

布団にくるまり、歯を食い縛った。疲れていたせいか、眠気に襲われる頃には、貧困街で出会った少女の笑顔に包み込まれる。

いつかまた、会いに行こうと決めた。
事が落ち着いたその時に、いつか、必ずーー。
彼女の生き方を、笑顔を、守ってあげたい。
なぜだかそう、思った。


〜 四日目〈終〉〜



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