それは、少女がその手から炎を出し、口から水を紡ぎ出し、空から雷を呼び出すことが出来た頃。

魔法ーーそれは、生活の営みの為だけに使われていた。
十五の歳を過ぎた頃、人間の体に魔力と言うものが生まれ、自然を生み出すことが出来るようになる。それが、魔法。

魔法は、人に害を与えてはいけない。それは、禁忌である。そしてーー。

「×××。何か、何か辛いことがあるのなら隠さず言いなさい。お前とミモリ、いつもいつも傷を作って‥‥」
「そうよ。私達はあなたたち二人を愛しているわ。だから、心配なのよ」

父と母は毎日、少女に問い掛け続ける。
だが、行われる非道な暴力は、当然、大人達の目に入らない時ばかり。

助けてを言えない少女はある日、一つの考えに至った。

少女は耐えに耐えた。
もうすぐだ、もうすぐだと。
ボロボロになった弟を見て、もうすぐ弟のことも助けてやれると。

少女はただひたすらに、教会ーー孤児院の経営者である父と母が出ている隙を待つ。

そうしてようやく、その日が訪れた。

夕暮れ時、教会は大きな大きな炎に包まれる。
中には、すでに火だるまにしたり、雷で焼け焦げにしたりして動くことが出来ず、逃げ出すことの出来ない子供達を残したまま。

「大丈夫かい!?」
「ああっ、あんたらは無事だったか‥‥!」

街の住人達が、小さな弟を抱き締めた少女に駆け寄って言った。

「わ‥‥私たち、たまたま庭にいて。そしたら、いきなり火が‥‥火が‥‥」

少女は俯いて涙を溢し、何が起きたのかわからない弟はわんわん泣いていて。
街の住人達はその姿に同情し、また、中にいる子供達をどうしてやることも出来ない。

少女はーー笑いを必死に堪えた。今はただ、泣いた振りをして。

散々、自分と弟を痛め付けてきた子供達のあの顔を思い出して、口が裂けそうな程にやついてしまう。

(もっと早く、こうしてたら良かったんだわ)

体に物凄い負荷が掛かるが、十五にも満たない少女は無理矢理に自分の中に魔力を生み出した。
魔力を持った魔物を死にもの狂いで殺し、その血肉を自分の体内に取り込んだ。
自分でも、異常な行為だと思う。魔物の体を捌き、その血肉を食らった瞬間を思い出しても吐き気がする。

けれど、けれども。

そのお陰で自分を犯し続けた少年らを、弟を痛め付けた少年らを火だるまにし、焼け焦げにし、炎の中に置き去りにしてやれた。
あの、泣き叫ぶ顔が、最高に良いと思えた。
だが、中には当然、関係のない子供達も居る。
いや、関係、ある。

(みんな、みんな、私たちを助けてくれなかった!見て見ぬふりをした!!だから、みんな、死んで当然なのよ!)

泣いた振りをして、弟をギュッと抱き締めながら、少女はこれからの幸せを考えた。
家はなくなったが、自分達を苦しめた子供達は全員、死んだ!
これからは、家族だけでーー。

「お、おい!!危ないぞ!」
「そうよ‥‥!もう、間に合わないって!」

街の住人達のその声に、少女は顔を上げた。

そこには、いつの間にか出先から戻った父と母が青ざめた顔をして立ち尽くしていて‥‥

「と、父様、母様!」
「×××!!ミモリ!!お前達は無事だったか!良かった‥‥!」

父が心底ホッとしたように言い、

「待っていなさい、すぐに他の子も連れて来てやるからな!」

父が少女の頭に手を置き、安心させるように言ったが、少女は全身に鳥肌を走らせる。

「あの子達も、家族だもの!私達は親だから。×××、ミモリ、すぐに戻るわ」

母が汗を伝わせながら、優しく微笑んで言う。

「えっ‥‥ま、待って!!?」

少女は目を見開かせ、自身が撒いた炎の中に消え行く父と母に手を伸ばした。

「父様、母様ーー!!!!どうしてーー!!!?」

どうしてーー!!!?
どうして、私達を傷付けた子供達を助けに行くの!?
家族!?親!!?


「馬鹿だな‥‥」
「実の子供を遺して‥‥」

耳に入り込んでくる声。
帰ってこない、父と母。
焼け焦げて崩れた教会の中から現れた、無数の遺体。
生き残りは、誰一人、いない。

(ちがう、違う!!私、こんなこと、違う!!なんで!?なんで父様と母様が!?なんであんな奴らが父様と母様の子供なの!?なんで!?私たちを、私たちを愛してるって言ったじゃない!!?なのになんで、私たちを傷付けた奴らを助けようとして、死んだの!!!!?)

少女は逃げ出した。
自分を憐れむ街の住人達から。
自分が殺した、その街から。
弟だけを連れて、何も持たず、逃げ出した。

「げほっ‥‥ゴホッ!!」

十五にも満たない体で魔力を取り込み、負荷だらけの体から血反吐を吐き続け、噎せながら走り続ける。

石ころにつまづいて転んだ頃、大泣きし続ける弟みたいに、少女も声を上げて、泣き叫んだ。



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