美しき空。
透き通った海原。
煌びやかな街並み。
そびえ立つ大きな城。

魔法というものが当たり前に存在し、世界にはそれを統べる王様やお姫様が居て、それを脅かす魔物なんてものもいた。

「×××」

赤髪をした壮年の女性が、同じ赤の髪を持つ少女の名を呼ぶ。

「かあさま」

幼い少女は空と同じ色をした大きな目をして女性ーー母親に振り返った。

火はその手から溢れ出し、水は言葉から生まれ、雷は空に伸ばした手から降り注ぐ。
そんな街並みを、母親と少女は手を繋いで歩いた。

「かあさま、びゅーって、かえろ?」

少女は母親を見上げて言い、

「ふふ、×××にはまだ出来ないものね。しっかり傍に居なさいね」

母親が柔らかく笑みながらそう言えば、二人の姿はふわりとその場から消えてなくなる。けれど、街行く人々は誰も気に止めない。なぜなら、当たり前の光景だから。

街並みから一変。
そこは大きな建物の中だった。
色鮮やかなステンドグラス、一面真っ白な壁、下を向けば、自分の顔がハッキリと映る、ガラスの床。

「×××、皆と遊んでらっしゃい。母さんは仕事に戻らないとだからね」

母親に言われ、少女は素直に頷き、廊下の突き当たりにある大部屋に入った。
そこには、数十人程の子供達が居て、楽しそうに駆け回ったり、大きな紙を広げてクレヨンで落書きしたりとしている。

「あ、×××おかえり!」

数名の子供が少女が部屋に入ったことに気付き、少女は嬉しそうに輪の中に入った。

子供達は日が暮れるまで遊び、夕食は食堂で並んで食べ、夜になれば床に布団を敷き詰めて眠るーーここは教会の孤児院だから。
けれど、少女は違った。
少女は同じ建物で、父親と母親と食事を共にし、夜には並んで眠る。

この孤児院の経営者こそが少女の両親であり、この教会は少女の実の家でもあった。

少女は幸せだった。
温かい愛に包まれて、毎日、楽しく過ごせて。
そうしてしばらくして、実の弟も出来たのだから。
自分より少し暗い赤髪ーー父親譲りの色だ。

少女は実の弟である赤ん坊を、仕事で忙しい両親の代わりによく面倒を見て可愛がった。

けれど、幼い少女は知らなかった、わからなかった、いや、わかるはずがない。
成長するにつれ、自身に向けられる、その視線に。

ーー数年後、少女が少しだけ大きくなった頃。

「な、何をするの!?やめてよ!」

両腕を孤児院の少年に掴まれ、動けなくされている中、まだあどけない弟が目の前で痛め付けられていた。
床に転がされ、足蹴を何度も食らわされている。

「やめてよ!死んじゃう!」

拘束された腕を振りほどこうと必死にもがくも、子供とはいえ男の力には敵わない。

なんでこんな目に遭っているのかすらわからない。

数年前までは、一緒に遊んだ子供達。
けれど、弟が生まれてから、何かが崩れ始めていた。

「キャア!!」

少女は床に叩き付けられ、何人もの少年に覆い囲まれる。
衣類は無理矢理に破られ、抵抗すればお構いなしに顔を殴られた。

痛い、痛い、痛い痛い痛い痛いーー。

口の中に鉄の味が広がる、血が、どこから流れているのかわからない。
全身が味わったことのない痛みに蝕まれ、弄ばれる。

それは、終わることなく、ずっとずっと、続いた。

少年達が飽きた頃、少女は弟を抱えて逃げるように浴室に入り、体を洗い流した。
だが、血は洗い流せても、お互い殴られた箇所は隠し切れない。

殴られ、蹴られ続けた無垢な弟は泣き叫び続け、心と体を傷付けられた少女は声を殺して泣いた。

「父様や母様みたいに‥‥早く魔法が使えたら‥‥あんな奴ら‥‥」

少女と少年のあからさまに殴られた痣を見た父親と母親は、少女を問い詰めた。だが、言えるはずもない。弟には状況を説明する能力も、理解する能力ももまだない。
だから、次に父親と母親は孤児院の子供達を問い詰めた。
だが、誰も名乗りを挙げない、知らない振りをした。


だから、それは続いた。ずっとずっと、続いた。

それはまだ、異常なんかなかった時代の、話。



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