共に在れるかどうか3

数秒――…
頭を下げたままのネヴェルに、誰も声を発することが出来なくて…

すると、しばらくしてヤクヤが立ち上がり、

「ネヴェルだけの罪ではない。あの時代から生きていた俺も…結局は、あの時代から何も出来ていなかったのじゃ。もし、あの頃に戦いではなく、もっと本気で三種族の絆を取り戻せていたならば…もし、リョウタロウと向き合えていたならば…もしかしたら、世界は分断されず、このような事態にはならなかったかもしれん」

そう言って、ヤクヤも頭を下げるので、

「ヤクヤさん…?!」
「…ヤクヤおじさん」

トールとムルは驚き、ハルミナは目を細め、

「ネヴェルと同じ気持ちじゃ。どうか、俺達の世界を、平和を、皆で取り戻す力を貸してくれ。そして、今まで光を知らなかった若き魔族達に、光を見せてやってはくれんか?」

そう、ヤクヤが言った。
その隣で、

「…全く、二人共、カッコつけちゃってさ」

席に着いたままのカーラは呆れるかのように言いつつも立ち上がり、

「僕もヤクヤとネヴェルと同じ時代に生きていた。分断された世界では天界に居たが…僕は天使と魔族のハーフだ」
「…カーラ」

カーラのそのことを、ハルミナとの会話を盗み聞きしていたラダンとエメラは知っていたが、いざ、この場で本人から聞くと、今までそのことを黙って生きていた彼を思うと、胸が締め付けられる。

「こう言ってはなんだけど、マグロ君。君と同じだよ」
「…え?」

カーラに視線を向けられて、マグロは首を傾げた。

「大切な人が過ちを繰り返そうとしている。僕はかつてもそれを止められず…けれど、今度は止めてやりたい。…数多の日々で、伝えることが出来なかった、伝えたい言葉も沢山あるんだ。そして、今の時代に生きる若い君達に、あんな惨たらしい戦いの日々を味あわせたくはない」

そう言いながら、カーラも前者二人と同じく頭を下げ、

「まあ、要するに、言いたいことはヤクヤとネヴェルと同じさ」

そう言った。

しかし、そう言われた所で、一同は言葉が見つからなくて。

ネヴェルにヤクヤ、カーラ。
百年も前に生きた彼らの決意や思いは、今、彼ら三人が発した言葉以上に重たいものなのであろう。
それに応え、受け止められる程の決意を、力を、自分達は持ち合わせているのだろうか。

そう、不安に思う者もいれば、今なお、種族間の問題に悩む者も居て…

「…簡単な話ではないのはわかっている。だが…」

ネヴェルが顔を上げ、何か言葉を続けようとしたが、しかし、

「ネヴェルちゃん?」

ネヴェルが言葉を止め、小さく笑んだことにカトウが気付き、不思議そうに名前を呼んだ。

「…俺などより、余程…簡単に答えを出しそうな奴が良いタイミングで来たな」

なんて、ネヴェルが言ったので、

「!」

カトウ、ハルミナ、ユウタは、それだけでネヴェルの言っていることを理解し、一斉に扉の方を見る。
しばらくして、ゆっくりと扉が開き…

「…」

しかし、扉が半開きになっただけで、誰も中に入って来なくて…
代わりに、半開きになった扉の外からひそひそ話が聞こえてくる。

「おい、ヒステリック女。みんな居るみたいだぜ」
「わかってるわよ!早く入りなさいってば!お前が入らないとボクが入れないって言ったでしょ!?」
「い、いや、なんかめっちゃ人が居てオレも緊張してきた……なんか疎外感があるっつーか……な、なんて言って入ったらいい?」
「知らないわよ!」

…なんて、そんな人間と魔族の…
ジロウとナエラの会話が聞こえてきて…

「よ、よーし、せーので開けるぜ、せーので開けるぜ!いいか?!」
「いいから早くしろってば!」

一体、何をそんなに躊躇う必要があるのか。
ジロウは大きく深呼吸をし、

「お、お邪魔しまーす!」

そう言いながら、ようやく扉を開けて中に入って来た。
その後ろから、ナエラも少々戸惑いながら入って来て…

「…ジロウさん、無事で良かった!もう大丈夫なんですか?」

ハルミナがそう聞けば、

「おう!えっと、ウェルだっけ?あんたのお陰だ、本当にありがとうな!」

ジロウは自分の毒を抜いてくれたウェルを見て礼を言う。

「もーう!!ジロウさんが心配で、私も皆さんもヒヤヒヤしちゃってたんですよー!」

次に、カトウが涙目になりながら言い、

「悪かった!ってか、カトウ、あんたよく泣くなー」

なんて、茶化すようにジロウは言い、

「ところでジロウ。本当にもう、動いて平気なのか?」

ユウタが心配そうな表情で聞いてきて、

「ああ、本当にもう大丈夫なんだ、皆、サンキューな」

と、ジロウはニッコリと笑った。

「君が…ジロウ君か。姿は初めて見るね」
「ん?」

カーラに言われてジロウは首を捻り、

「あ、そっか。あんたとは魂だけで動いてた時にしか会ってなかったな。あんたにも世話になった、ありがとう!」

ジロウはカーラにも礼を言って、それから部屋を見回し…

「これはユウタの料理だな!いやー、オレもう腹ペコでさぁ!なあ、ヒステリック女、ユウタ……あ、オレの友達な。あいつの料理はめちゃくちゃ旨いんだぜ!」

ジロウがナエラに振り向きながら言うと、ナエラは戸惑うように視線を散らつかせる。

「ところで、オレ達どこに座ったらいいんだ?」

空いている椅子はいくつかあるが、ジロウがそう尋ねると、

「ほらほら、ネヴェルちゃん」

カトウがネヴェルの肩をぽんぽんと軽く叩き、ネヴェルは息を吐く。
それに、ハルミナもジロウを見て微笑み、

「お前の席はここだ、ジロウ」

そう、ネヴェルは自分とハルミナの間にある空席を指した。
しかし……

「へ?そうなの?」

ジロウは言いながらちらりとナエラの方に振り向き、やはり戸惑うような彼女の表情にジロウは頭を悩ませ、

「あ、あそこ、二席空いてるな。オレ達あそこでいいぜ」

と、端に余っている二席を指差して言った。
そんなジロウに、

「なっ…!?じ、ジロウさん!ネヴェルちゃん最大のデレを、そんな意図も容易く?!」

カトウは本気で衝撃を受ける。
それに、せっかく先程、皆の前でここはジロウの席だと宣言したネヴェルはさすがに引き下がれず…

「…おいジロウ。貴様、俺の言うことが聞けないのか」
「え?な、なんで怒ってんだ?だって、オレがそこに座ったら、ヒステリック女が離れて座ることになるじゃん?」

なんてことをジロウが真顔で言って…
数秒ナエラは瞬きを繰り返し、

「えっ、ちょっ?!お、お前!な、何を言ってるんだ!」

慌ててジロウの方を見た。

「へ?何って?」
「ま、まるでボクとお前が近くに座ること前提みたいなそのっ」

言いながら、ナエラは目をぐるぐると回す。

「…あれ?あれれ?!ちょっとの間に、なんなんですか!?お二人の間に流れるその妙な空気は!?」

なんてことをカトウが言って、

「カトウまでどうしたんだよ?」

ジロウはナエラやカトウの反応に首を傾げた。

「…おいジロウ。とにかく早く座れ。ナエラはこのカトウを退けて座らせる」

痺れを切らしたようにネヴェルが言い、自分の隣に座るカトウに言えば、

「え!ネヴェルちゃん酷い!私を退けるんですか!?」

と、カトウが叫ぶ。

「いやいや、ネヴェルの隣は駄目だって」

そう、ジロウは言った。
先刻、ナエラはネヴェルと顔を合わせづらいと言ったばかりなのだから。
しかし、それを知るのはジロウとナエラと…

「ふふ、微笑ましいものですね」

ウェルが言った。
ナエラと話をしていたウェルは、なんとなく状況を察する。

「ジロウちゃん、簡単なことよ?ただ、ナエラちゃんの為に、椅子をもう一つ間に置いたらいいだけじゃない」

そう言いながら、ウェルは余っている椅子を持ち上げ、それをネヴェルとハルミナの間にある空席の隣に置いた。
そんなウェルに、ジロウは再び礼を言って、

「よし!じゃあオレはネヴェルの隣の椅子に!ヒステリック女はハルミナちゃんの隣な!行こうぜ!」

そう言いながら、ジロウは椅子の方へ駆け出し、躊躇いながら、ナエラも続く。


「…あながち、間違いじゃないのかもしれないな」

ぽつり、と、ムルが言い、

「何がだよ」

ラザルが目を細めながら聞けば、ムルはウェルの方を見て、

「さっき、この人が言ったことがだ。ナエラのことを、弱い、脆いと言いつつ…だが、ナエラは前に進もうとしていると言った…。魔界では強かったあのナエラに何があったのかは知らないが、今はまるで…あの人間、ジロウが、ナエラを引っ張っているように見える。…ナエラの考えはわからないが、彼女は何かを変えようとしているのかもな」

ムルは、そう思って言った。
そんなムルにウェルは微笑み…しかし、未だ、難しそうな表情をしているラザルに視線を落とす。


「へへ」

ジロウはネヴェルの隣に座りながら笑うので、

「何が可笑しい」

と、ネヴェルが聞けば、

「いや。ハルミナちゃんとはけっこう一緒に居たけど、なんか、ネヴェルとは久々な感じがしてさ」

ジロウがそう言っている間に、ゆっくりとナエラもこちらに来て、ジロウとハルミナの間の席に腰を下ろした。

「しかし、ナエラはどうしたんだ?やけに静かだな」

ネヴェルが首を捻りながら言うと、

「そっ、そんなこと、ないよ、ネヴェルちゃん」

…と、ナエラはネヴェルの顔を見ることが出来ず、俯いて返事をする。
ナエラの事情を知るジロウは、そんな二人の間で何か気の利いた言葉、もしくは他の話題を探していて…

その様子に、ハルミナは誰にも気付かれないように、一瞬だけ寂しそうな表情をし、それから、

「…それよりネヴェルさん。話が途中でしたよね」
「…ああ」

ハルミナに言われてネヴェルは目を細め、

「…話って?」

この場に来たばかりのジロウは首を傾げた。

「今後の話をしていたんですよ」

と、ハルミナが言い、

「えへへ、本当はネヴェルちゃん、ジロウさんが来るまでに話を纏めとくって言ってたんですけ…むがっ」

余計な事を言おうとするカトウの口をネヴェルが片手で塞ぎ、

「ジロウ、お前はこれからのことを考えているか?」

そう聞かれて、ジロウは英雄の剣をギュッと握り、夢の中でのレイルとの会話を思い出し、リョウタロウやテンマのことを思い浮かべながら、ネヴェルの目を見つめ返し、大きく頷く。

「…なら、聞かせてくれないか?」
「へ?」
「お前の思い浮かべるこれからを、だ。ナエラやハルミナ…レイル。それに、俺の心さえ動かしたお前の答えならば…」

ネヴェルはそこまで言って、ばつが悪そうに言葉を止めるので、

「…心を、動かした?」

ジロウ自身にはよくわからないが、似たような言葉をどこかで聞いたような気がして…

――黒い影に飲み込まれた私を、間に合わないとわかっていても、貴方は必死に助けようとしてくれた。そんな貴方ならきっと、救いたい人達の心をいつか、動かせる


(…そうだ、レイルがさっき言ってた…)

ジロウは瞳を閉じ、それから、この一室に集まる人々の顔を眺めた。

「まあ、ネヴェルが期待するような話は出来ないだろうけど、まずは、そうだな。カトウやユウタ、ハルミナちゃんにはつまらない話だろうけど、自己紹介をしとくよ。オレは人間で、トレジャーハンタージロウ」

そうしてジロウは自らのことや、テンマとの出会い、英雄の剣を手にした経緯――…そういったことを、話し出した。


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