共に在れるかどうか2

ラザルとムルの二人が重たい表情をする中、ネヴェルも眉間に皺を寄せ、ヤクヤ、トールも何か思い込むような顔をしていた。

「…あの」

と、そこで、ウェルが手を挙げ、

「わたくし達は、あまり多くを知りません。話をただ切り取った程度にしか。一体、魔界の方々はどのような苦しみを背負っているのですか?」

そう、マグロの隣からウェルは顔を覗かせ、ラザルとムルに尋ねる。

「天使なんかに言った所で、なんにもならねえよ」

ラザルが言い、

「そ、それでも聞かせて下さい!じゃなきゃ、オレ達は多分…協力出来ない!」

と、ラザルの隣でマグロは言った。

「俺から話してもいいが…」

腕を組みながらネヴェルは言い、ちらりとラザル、ムルを見て、

「俺などの言葉より、お前たち二人の言葉の方が余程、他者には響くだろう。そしてそれが、お前らの為にもなるはずだ」

と、ネヴェルは言う。
言われて、ラザルとムルはグッと唇を噛み、

「魔王様…いや、テンマ、だったか。彼が言っていただろう?様々な制度を作り、知らず知らずの内に魔界を滅茶苦茶にしていくつもりだった…と」

ムルがそう口を開き、

「せやけど、そいつが制度を作ったってのは、それは天界も同じやろ?」

と、天長のことをラダンは言って。

「天界のことは知らないが、魔界では他者を殺めることばかりだった」

そのムルの言葉に、なんとなく先刻からの話の流れでは聞いていたが、実際このような場で深刻な話となり、ラダンは言葉を詰まらせた。

「ガキに老人に女に…力無い者は排除していったさ」
「は、排除って…」

ラザルの言葉に、隣に座るマグロが嫌悪にも似た眼差しを向け、そんなマグロの方にラザルは振り向き、

「…じゃなきゃ、オレらは生き残れなかったんだよ」

まるで切羽詰まったような、そんな表情と声で言う。

「テンマは言っていた。多くの魔族の死体と、力を持つ魔族が必要だったと。だから、ネヴェル様をも利用し、力無き魔族を排除させていった…」

次に、ムルが言い、一度息を吐いて、

「魔王様は始めに自らの力を見せつける為、力在る魔族の大切な者を目の前で奪っていった。そうする事により、大抵の魔族は自分より強い存在に従う……後は集めた俺たち魔族に、力在る魔族と、力無き魔族の分別を担わせた。そう、言っていた。それが、テンマが、魔王様が作り上げた魔界の仕組みだ」

そこまで言ったムルの体は、恐怖か、怒りか…僅かに震えていた。
そして、ラザルとムルの間に座るトールが表情を強張らせ、

「…俺ら魔族は同族で争った。俺の家族も…その魔王の制度によって殺された。家族だけじゃない、多くの弱い魔族がたくさん殺された。それを、魔王の手先達を、俺は憎んだ時もそりゃあありましたぜ…!」

トールはギュッと拳を握り、

「でも、俺はヤクヤさんに拾われた。ヤクヤさんは戦えない魔族を守り、憎しみに囚われず、魔王の手先達を殺そうとはしない…そして、魔王の手先達も生きる為に必死なんだとヤクヤさんが言って…だから、ヤクヤさんは、敵だろうが味方だろうが、他人の命を守りながら戦って…だから俺も、そう、なりたくて、…い、今の俺が、いるんですぜ…」

一気にそこまで話し、トールは鼻を啜って泣いていて…

「俺だって、そうだ。ヤクヤさんに昔、助けられて…でも、ヤクヤさんの元を離れ、中魔に襲われ、力を認められ、殺されたくなければ仲間になれと言われて…俺は、ヤクヤさんから学んだ誇りも何もかも捨てて、自分の命が大事で……魔王様に従ってしまったんだ…じゃなきゃ、生きてなんかいられなかった…」

トールの隣でムルまでもが涙を溢し始めてしまい、そんな二人をラザルは見て、

「魔王様に従ってたオレやムルに、世界を守る為に協力しろとか…馬鹿言えよ!ね…ネヴェル様だって、散々…殺して来たじゃねえか!!なんでそんな簡単に気持ちを切り替えられるんだよ!?今更…こんな手で……お、オレに…、し、死にたくないって、嫌だって…皆…震えてた無防備な奴等を、同族を、オレは…っ」

ラザルは全身をガタガタと震わせ、魔界では当たり前だったことなのに、今、この場で。
まるで正義みたいなものしか集まらないこの場で…
ふと、感じてしまった。
自分がこの場に居るのはとんでもなく場違いなんだと。
今更、してきたことをなかったことになど出来ないんだと…

なのに、同じ苦しみを、いや、もっと多くの苦しみを持つはずのネヴェルの強さに、ラザルもムルも言い表せない気持ちになり、自分達の心は、誰かに従い、言われるがままにしか生きられなかったんだと痛感した。

殺めてしまったなんの罪も無い魔族達の断末魔が、ラザルとムルの脳裏を締め付ける…

「まっ、待って下さい!ネヴェルちゃんだって…」

思わず席から立ち上がりそうになるカトウを、ネヴェルは手で制止した。

ここは、お前の出る幕じゃないんだ、と言わんばかりに…

カトウは困ったようにネヴェルや魔族達を見て、言葉を唾液と共に飲み込む…

沈黙を纏う一室で、

「…ムルよ。お前のしてきたことは、なかったことには出来ない」

と、ヤクヤが言った。

「じゃがの、これから、変わることは出来るのじゃ。…俺がフリーダムなんてのを始めたのは、戦えない者達を守る為なのは当然じゃった。しかし、しかしの…」

ヤクヤはムルを、ラザルを、ネヴェルを見て、

「魔王なんてものに鎖を付けられてしまった、お前たち魔族を助けたいとも思っていたのじゃ…」
「…え?」

ヤクヤの言葉に、ムルは恐る恐る顔を上げる。

「戦う力があるとはいえ、魔王に従う奴らの心は酷く弱いものじゃと俺は思った。俺は結局、お前達に何も出来なかったのじゃがな…」

と、悲しそうに、哀れむようにヤクヤが言って…

「ヤクヤさん、これからを変えれたって…俺なんかが今更…貴方に…貴方達みたいな、全うな生き方をした人達と…手なんか、組めませんよ…」
「オレだってそうだ、利用されてたとはいえ、やっちまったものは事実なんだ。この手で、何かを守ろうなんて…気持ちが追い付かねえよ!!」

俯くムルと、まるで泣き叫ぶようなラザル。
その近くに居た、天使であるマグロとウェルは互いに顔を見合わせて席から立ち上がり…

「やっぱり、オレ達には到底、生き方が違ったあなた達の苦しみはわからない。でも、オレ達は協力しなきゃダメだって、思うんです!あなた達を否定しようなんて、オレ達は思わない!」

マグロはムルの前に立ち、彼の手を取って…

「わたくしは、戦う力を持ちません。ですから、他人を力で傷付ける…それがどのような思いになるのかはわかりません。でも…」

マグロと同じように、ウェルもラザルの手を取ろうとしたが、

「っ!天使なんかが触るんじゃねえ!!」

――パシッ…!

と、ラザルがウェルの手を払い、

「あ、あんの魔族!ウェルさんに…」

立ち上がるラダンを、

「待ちなさい、あれでもウェルは強いわよ」

と、エメラは何かを確信するかのようにラダンを止めた。
すると…

――バチンッ!!

と、痛そうな音が一室に響く…

「っ…!?」

ラザルは目を丸くして、瞬きを数回する。
それは、頬に走る痛みによるものだった…

「て、てめっ…今さっき、他人を力で傷付けたことがないとかなんとか言ったばかりじゃねえのか?!」

思わずラザルは席から立ち上がって、ウェルの胸ぐらを掴む。

「ええ。わたくしだって、こんなことをするのは初めてです。こんなに怒りを感じたのも恐らく初めてです」
「ああ?!なんでテメェがオレにキレんだよ?!テメェなんかに何がっ」
「弱いくせに強がって、こんな風にすぐに暴力に走って、自分だけが被害者面をしている――…そんなあなたにわたくしは怒っているのです」

…と、落ち着いた口調ではあるが、ウェルの表情がとても真剣で、強い眼差しをしていて…
マグロもラダンもカーラもハルミナも…
初めてみるウェルのそんな姿に驚いていた。

「ひっ、被害者面だあ?!テメェのだって、暴力…」
「わたくしのは暴力ではありません、あなたに話を聞いてもらう為です」
「んだと?!そりゃ屁理屈ってもんじゃねえのかぁ?!」

そう、口論になり掛けた所でウェルは首を横に振り、

「わたくしは…今まで生きてきてあなた程の苦しみなど持ち合わせてはいません。けれど…苦しんで生きて来た方は、あなた以外にもたくさん居るのですよ?」

ウェルは、カーラやハルミナ、ミルダやマシュリ、フェルサ…
そういった、人知れず、苦しみや、闇や、葛藤を抱えてきた人達を思い…そして、

「…ナエラちゃん。彼女とも先程、お話をさせて頂きました。彼女も、あなたと同じ苦しみを抱えていた。けれど、彼女は前に進もうとしていました」
「ナエラは…強いんだよ」
「いいえ、彼女は弱い。脆かった。天使にも魔族にも人間にも、きっと完璧に強い人なんて存在しません。誰もが内に何かを抱え、弱いのです」

ウェルは静かにそう言い、自分の胸ぐらを掴んでいたラザルの手に自らの手を添えて包み…

「だから、あなたも自分の弱さを認めて…抱えきれない苦しみが多々あるのならば、わたくし達がそれを共有します。マグロちゃんが言ったように、ここに居る皆さんで協力をしなければ、何も変わらない」
「はっ…、話でしか知らなかったが、やっぱ天使なんて綺麗事ばっかな…」
「わたくしも、あなたと同じです。誰かに言われるがままに生きていました」

そこで、ウェルが自らを話し出すので、ラザルは怪訝そうな表情をする。

「自ら決断を出来ず、生きて来ました。ですから…誰かの心を傷付けてしまったことは、あるかもしれません。境遇や背負うものは全く違いますが…過去の自分は変えれない、でも、わたくしは、これからの自分は変えて生きたい。もう、見ているだけの自分ではなく、皆さんと共に、戦いたいのです」
「……」

涙こそ溢さないが、目に涙を溜め、自身を責めているかのようなウェルの言葉にラザルは目を丸くし、

「人を殺したことない奴が、オレと同じとか言うな、魔族じゃない奴に、……くそっ」

続く言葉が浮かばずに、包まれていた手を振りほどいてラザルは席に着く。

「あの…」

まだ話があると言わんばかりにウェルが声を掛けるが、

「いや、そこまででいい、ありがとう」

と、ネヴェルがウェルとマグロに礼を言った。

「ラザル、ムル。俺もお前達と変わらない。まだ、割り切れない多くを抱えている…お前達やナエラとも、そして、ヤクヤにトール。同族として、俺はお前達とも向き合わねばならん」

そう言ったネヴェルを、ラザルとムルは驚くように見つめ、

「だが、今は言わせてくれ。お前達と同じ立場の俺から言わせてくれ。ラザル、ムル。俺達を好き勝手使ったテンマを止めることは、俺達がすべき贖罪だ。トール、お前の家族を奪ったのが他の魔族だとしても、俺もその立場に立っていた。立場上お前達を傷付けた俺は…お前達に償いたい。お前たち若い魔族の未来を、救ってやりたい、地底しか知らなかったお前達の人生を、考えてやりたい」

そして、ネヴェルは立ち上がる。

「ね、ネヴェルちゃん」
「ネヴェルさん…」

カトウ、ハルミナ、ユウタは目を見開かせ、ヤクヤとカーラは苦笑した。

「共に戦ってくれ、ここに居る全ての種族の…未来の為に」

そう言って、ネヴェルは頭を下げたのだ…


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