幾つかある約束の一つ

ナエラが部屋を出てから数分。ジロウは英雄の剣を握ってようやくベッドから立ち上がり、しかし…

(そういや…皆、どこに居るんだ?)

そう思い、とりあえず部屋から出てジロウは固まる。

右も左も広い廊下で、先刻、魂だけの状態で天界の城を駆けはしたが、今この城は魔界の城と一つになり、ますます形成が広くなっていた。

(…右、左…右、左に行ってみるか)

根拠もなくそう思い、ジロウはその方向へ足を向ける。そして、後悔したのだ――…


広い城内を歩き続けて数分、いや、数十分は経ったのかもしれない。
所々に扉も多々あり、念の為、一つ一つ開けたが誰も居なくて…
しかも、いつの間にかぐるぐる回っていたのか、同じ場所を歩いている時もあった。

(…なんでこんなに広いんだよ!?いや、確かに漫画とかで読んだ城ってのも広いけど、本物の城ってマジでこんな広いもんなのか!?もう叫んだ方が早いか!?)

そう、大きな声を出してジロウが誰かを呼ぼうとしたその時…

「…あれ?」

微かに、良い香りが鼻をかする。
その香りにより、しばらく自分は何も飲み食いしていなかったことをジロウは思い出し、急に空腹に苛(さいな)まれた。
そう、それは料理の香りだった。

ジロウは釣られてその方向へと足を進め、そして――…

「お」

と言い、目を丸くする。
良い香りがする場所にジロウは辿り着いた。
それはとある扉の前。
そして、その扉の前に…

「ヒステリック女」

すなわちナエラが立っていたのだ。

「どうしたんだよ、扉の前に突っ立って?つかさ、ネヴェル達ってどこに居んの?」

ジロウが聞けば、ナエラは扉を見て、

「この中に居るみたい」

そう、彼女が答えるのでジロウは首を傾げ、

「そっか。なんか飯でも食ってんのかな?ってか、なんで中に入らないんだよ?」

扉に突っ立ったままのナエラを不思議に思ってジロウは尋ねる。
それに、ナエラは俯いて答えなくて…

「そういやあんた、さっきなんか、オレが居ないとネヴェルと居づらいとか言ってたな?なんだ?ネヴェルとなんかあったのか?」

…と、魔界でナエラがネヴェルを盲目的に敬愛していたことを知っているジロウは聞いた。
なんといっても、ナエラはネヴェルのことを'この魔界で一番ステキな存在よ'…とまで言う程なのだから。

「…うるさいなぁ、入るわよ、入ればいいんでしょ」

まるで悪態を吐くようにナエラは言い、ドアノブに手を伸ばした。
しかし、やはりそれを開けようとはしなくて…

「おいおい、一体なんなんだ…よ…」

そこまで言って、ジロウは言葉を詰まらせる。
そして、視線を散らつかせ、

「えっ、と?オレ、なんか悪い事…言ったか?」

と、挙動不審になりながら聞いた。
肩を震わせながら、なぜかナエラは泣き出してしまって…

確か、ナエラの涙を見るのはこれで二度目だとジロウは思う。
それは、つい先刻。
テンマ達が去った後の広間で、ジロウに怒りながらナエラは泣いていた。

「…あのさ、ヒステリック女。やっぱ、ネヴェルとなんかあったんだろ?今はあいつに会えないんなら、あんたはここに居たらいいじゃん?」

そこまで言うも、ナエラからの返答はない。
変わらずナエラは泣いたままであり、ジロウは気の利いた言葉を必死で探した。

「えっとよ、その…別に聞くつもりはないぜ。でも、話くらいは聞くからさ……えーっと、違うな。こういう時、なんて言ったらいいんだ?!」

思わずジロウは悩みを声に出す。

目の前で女の子が泣いている光景。
しかも、理由がわからない。

ジロウがぐるぐる考えていると、ナエラは数回鼻を啜って、

「…ボクは、ネヴェルちゃんが好きなんだ」

そう言ったナエラに、

「おう、知ってるぜ」

と、ジロウは答えた。

「でも…ボクは、知らなかった。ネヴェルちゃんには、好きな相手が居たんだ。しかももう、絶対に…敵いはしない相手なんだ…」

なぜなら、それはナエラが生まれるより遥か昔に存在した女性だから。
そして、その人はもはや昔に死んでいるというのだから…
それでも、今でもずっと、ネヴェルはその人の為に生きていたと言うのだから…

「ネヴェルに…好きな人?」

その話をまだ聞かされていないジロウは目を丸くして…

「ハルミナちゃんか!?カトウか!?」

ネヴェルの女性関係は知らないが、ジロウが知る中で、その二人しか思い浮かばなかった…
――が、とあることを思い出す。

魔王――…テンマがネヴェルに対し何度か言っていた'恋人の亡骸'。

(絶対に敵わない相手。…もう、死んだ奴なのか?)

ジロウはそう推測する。

「…わかってるのに、もう無理なのに、…失恋をしたんだって諦めなきゃダメなのに、なんでこんな、辛いんだ…?こんなんじゃ、やっぱり、ネヴェルちゃんの顔……見れない…」

ますます溢れて零れる涙を、ナエラは腕で拭うも、止まりはしなくて…

「…なあ、ヒステリック女。あんたは、自分の気持ちをネヴェルに伝えたのか?」

そのジロウの問いに、ナエラは首を横に振った。
いつもは会話の流れで冗談混じりに言ったりはしていたが、面と向かって、本気で伝えたことはない。

否、でも、どうだろう…と、ナエラは思う。
魔界で魔王と対峙した際に、

――ボクは、あなたに憧れてたし、あなたが本当に愛しい。

そう、ナエラは言いはした。
状況が状況だったから、言葉は流されたのかもしれない。けれど、それに対してのネヴェルからの言葉は何もなかったのだから…

「よく、わかんねえけどさ。…好きなんだろ?諦められないんだろ?だったら……いや、オレが言えたことじゃないな」

と、ジロウは苦笑するので、ナエラは首を傾げた。

(オレなんか結局、ハルミナちゃんへの気持ちを曖昧にして、終わらせちゃったからなぁ)

何も伝えず、淡い想いを恋と言う形にもしなかったまま、ジロウはその想いを静かに終わらせたから。

ジロウは思考を振り切るように頭を振り、

「ネヴェルの顔が見れないってんならさ、オレの後ろに居たらいいよ。多分、あんたの気持ち…この話ってオレしか知らないんだろ?だったら、そこんとこは協力する」

ジロウは涙を流し続けるナエラに優しく言い、

「だからさ、あんたはヒステリック女なんだから。そうやって弱々しく泣いてんのは似合わないぜ」

なんて、笑って言ってやった。

「…っ、う…」

でも、その言葉とジロウの笑みに、ナエラはますます泣いてしまった。
涙は止まらなかった。

気付いた時には駆け出して、ドンッ――…と、ジロウの胸に飛び込んでいた。

「なっ」

ジロウは突然のことに驚いたが、

「うっ…う、ひっ…ッ…」

自分の胸に顔を埋め、泣き続ける魔族の少女の想いの強さに…やり場がないのであろう想いに、掛けてやる言葉は見つからない。

どうしたらいいのか、固まっていたジロウを余所に、ナエラは言葉を紡ぎ出した。

魔界で死にかけていた幼いナエラをネヴェルが助け、仲間にしたと言う。
魔族は強さを証明する為だけに生き、力を証明して、認められて、必要とされる存在。
だからナエラはネヴェルの為に必死にそう在ろうとした。
それがナエラの生き甲斐だった。

戦って、戦って、殺めて、殺めて…
それが、当たり前だった。

けれど、想いは届かなくて。
ジロウやハルミナやカトウ…
そういった人物と関わり出してから、ネヴェルは手の届かない存在になっていったと。
自分が知らないネヴェルになっていったと…

なんの為に、自分が戦って殺めてきたのか、わからなくなってきた。
なんだか、疲れてしまったんだと…

ナエラはそんな、弱音を溢した。
ジロウは自分の胸の中で泣きながら話すナエラの言葉を、相槌も打たず、ただ静かに聞き…

震え続ける彼女の体をギュッと抱き締めてやった。
それにナエラは驚き、「え」と、目を見開かせる。

「あんた、すげえよ。そんだけネヴェルを想ってんなら、それは悪いことじゃない」

と、ジロウは言って、見る度に強気な態度だったナエラの体の細さを、こうして抱き締めて初めて知った。

「想い続けるのが辛いってんなら、一回、想いをぶつけてみてもいいんじゃないかな?でも、それが成功するかはわかんねえ。傷付くのが怖いってんならさ…」

ジロウは一旦間を置き、言葉を探す。

「オレがいつでも話を聞いてやるよ。泣きたいなら、こうして胸だって貸してやる。戦うのに疲れたって言ってたな。それに、さっき広間で、助けられることが嬉しいって言ってたな。だったら、あんたが本当に疲れたって時には、オレが護ってやるよ」

そこまで言い、ジロウは自分の言葉に思わず苦笑して、

「…まあ、戦って護るなんてカッコいいことは出来ねえけどさ」

そう言った。

「ジロウ…」

ぽつり、と。胸に顔を埋めたままの為、ナエラの表情はわからないが、これは…何か皮肉でも言われるか?と、ジロウは思う。
しかし、

「…世界が変わって行く様が、怖いんだ。お前たち人間や天使に出会って、優しさなんて存在を知って…今まで魔界に存在しなかったものに出会って…怖いんだ」
「…」
「…あんなに平気だったのに、今は、独りが、怖いんだ」

変わり行く世界に、やはり皆、それぞれに不安を抱えていることをジロウは実感した。
そして、世界を一つに戻した経緯は、自分にもある。
仕方がないとはいえ、ジロウはそのことに、少しだけ胸を痛めた。
ジロウは彼女を抱き締めたまま、

「大丈夫だ。オレが居る、皆が居る。怖くなんてない、仲間が居るんだ。オレとあんただって、もう、仲間なんだぜ?」

そう、ジロウは言って、ナエラは思う。
この少年は、本当に、どこまでも純粋で、心優しい存在なんだと。
魔界には無かったものなんだと。

きっと、ジロウは誰にだって同じことを言うのかもしれない。
仲間だから護るのは当たり前だ、なんて、皆に言うのだろうけれど、それでも。

「うん…。約束して。ボクを…、私を、独りにしないで、護って…」
「ああ、約束する」

――…
―――……

それからしばらく経ち、ようやくナエラの涙が止まった頃、

「よし!もう大丈夫だな!じゃあ、中に入ろうぜ!」

と、ジロウは元気良く言って、

「ふん。お前が扉を開けてよ?」

ナエラがそう言うので、

「なっ…あんたな!さっきまで泣いて、しおらしかったのはどこに行ったんだ!?」
「うるさいな。お前こそ、女には誰にでも優しい言葉を掛けるんでしょ」
「…は?」

ナエラの言葉と、頬を膨らませる様子にジロウは目を丸くした。

「なに怒ってんだよ?ヒステリック女…」
「なんなのよ、ヒステリック女ってずっと!あの天使の女や人間の女のことはちゃんと名前で呼ぶくせに」
「え?」
「もういいわよ、早く扉を開けてよ、馬鹿ジロウ」
「な、なんなんだよ――?!」

先程まで泣きじゃくっていた少女が、今度は何か不貞腐れ始めた為、わけがわからずにジロウは叫んだ。


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