異分子と恩人2

――…それからしばらくしてカーラが話し終えたのをハルミナは確認する。

「私からも、少しだけお話してもいいですか?時間は取りません」
「はは、ごめんよ、僕ばかり話してたね…」

カーラは苦笑し、ぼんやりと目の前に立つハルミナを見た。

「ただ…ちょっと聞こえにくくて。聞き取れなかったらごめん」
「大丈夫です、ほんの、少しの言葉ですから」

ハルミナはそう言って微笑み、

「私はあなたに感謝しています」
「…」

カーラは続く言葉を待った。しかし、ハルミナが言葉を紡ぐことはなくて、

「…あれ?それだけ?」

と、思わず聞き返せば、

「それだけです。あまり長々と言っても、きっとお互いに自分の後悔ばかりぶつけ合って、話が終わらないですから…」
「…ハルミナ。君は、変わったね…ほんの数日なのに…」

カーラはそう言い、先日までのたどたどしい話し方をしていた…滅多に笑うことのなかった…自分の意思を話すことのなかった少女と、目の前に立つ少女がまるで違って、感心するように言う。

「ジロウ君の、お陰、かな」

しかし、ハルミナは首を横に振り、

「ジロウさんや、ネヴェルさん。カトウさん、ユウタさん、ヤクヤおじさん、レイルさん……そして、エメラさんやラダンさん、ウェルさん、マグロさん。そういった人達と出会い、向き合ったから…」

この数日を思い出し、出会った人々や、今まで見えはしなかった天界の人達の名前を紡いだ。

「…そうか。そんなに沢山、君の周りに居るんなら、安心、かな」

本当に安心するかのような口調でカーラは言い、

「ハルミナ」
「はい」
「ジロウ君と幸せになって。彼なら君を、幸せにしてくれる。彼になら、僕は安心して…託せる」
「……」

そのカーラの言葉に、

――カーラの想いを救えるのは、あんたしかいないの

…先刻のエメラの言葉が浮かんで…

(…そうか……この人は、自分を幸せにできない人なんだ。他を、大切なものだけを守って、でも、自分を幸せにはできないんだ…)

カーラとフェルサとミルダ。
どんなやり取りがあったのかは知らない。
けれど恐らく、カーラはロクに想いも告げず、ただ、フェルサとミルダの行く末を見ていただけなのではないか?

そして今もそうだ。今も…

(この人は、今も、私の幸せだけを願っている…)


「さ、ハルミナ。そろそろ戻るんだ」
「え?」

考えている途中でそう言われ、

「戻れって…リーダーは?」
「僕は動けないからさ。ここで……いや。ほら、きっと、皆が待ってるよ」

何かを言い掛けてやめたカーラに、やはり彼は自分から幸せになろうとはしない人なんだと、ハルミナは感じた。

「ここで、死ぬって言うんですね」
「…ん、まあ、そう、なるかなぁ」

指摘され、言いにくそうにカーラは言う。
それから、他の皆によろしく、なんて、そんなことを言って…

――パシンッ

「……へ?」

響いた音と痛みに、カーラはそれだけを言う。

それが、頬を叩かれた痛みということに、数秒してから気付いた。

「ハルミナ…?」
「…なんの為に、私がここに来たと思っているんですか」

そう言ったハルミナの声は、酷く怒りがこもっていて…

「あなたを一人にする為に来たって言うんですか?あなたの勘違いな後悔を聞きに来ただけだと言わせるんですか?」
「…か、勘違いって…」

本気で怒るハルミナを見るのは初めてで、そして彼女が何に対して怒りを感じているのかがわからなくて、カーラは掛ける言葉が浮かばない。

「フェルサさんが生きていたんですよ?会いたくはないんですか?」
「会っても…」
「彼女を愛していたんでしょう?愚かな行いを止めたかったんですよね?彼女はまだ、繰り返しています。それに未練や後悔はないんですか?」
「…待ってくれ、ハルミナ」
「待ちません!あなたが生きたいと願うまで、待ちません…」
「お願いだ、待ってくれ…」

そう、困ったような声で言うカーラに、珍しく感情を露にしていたハルミナはようやく言葉を止めた。

「フェルサのことは、もう過去のことだ…。それに、彼女が居なければ、君は産まれてこなかった…」

カーラはゆっくりと顔を上げてハルミナを見る。

「もしかしたら、人間界への扉を開いたあの時は大変だったから、ちゃんと伝わっていなかったのかもしれない…。フェルサじゃないんだ。今はもう、二年前に君と過ごし始めてから…僕が愛しているのは、君なんだ、ハルミナ」

それは嘘ではない、紛れもない彼の本心だと言うことは、ハルミナにはもう伝わっていた。

「…君を愛しているから。だから僕は、君に幸せになってほしいと、出会った時からずっと思っていた。ミルダとフェルサのことも背負わないでほしかった。君の幸せの為なら、僕はなんでもするって、決めていた…だから――…」
「私の幸せは、ジロウさんだけだと言うんですか?」

ハルミナは真っ直ぐにカーラを見て聞き、

「違うのかい?」

と、カーラもハルミナから目を逸らさない。

「…あなたは本当に、自分のことを考えられない、バカな人なんですね…」
「え」

言われて、聞き覚えのあるワードにカーラはどこでだったかを思い浮かべる。

「あー…若い子の間で流行ってるの?馬鹿とか言うの…」

カーラがそんなことを言うので、ハルミナは首を捻った。

「…ジロウ君にも何回も言われたよ、ばかばかって。僕はハルミナをとても大切に想ってる、不器用な馬鹿なんだってさ」

それを聞いたハルミナはしばらくきょとんとして、それから苦笑する。

「…出会ってすぐのジロウさんの方が、あなた自身よりあなたのことをよくわかっていますね」
「え?」

ハルミナは服のポケットにしまってある、ジロウに初めて出会った時に貰った、小さな銅に触れ、

「確かに、ジロウさん達に出会えて、私は幸せです。けれど私は、カーラさん。あなたにも幸せに生きてほしいんです」
「…」

初めて名を呼ばれて、カーラは呆然とハルミナを見ていた。

「そして、私に幸せになれと言うのなら、そこに、私をずっと助けてくれていた、あなたがいなければダメなんです。それに、あなたが死んだら、エメラさんもラダンさんも、ウェルさんもマグロさんも…悲しんでしまいます。だから、一言でいいんです。あなたの本心を聞かせて下さい。あなたは本当はどうしたいのかを…」

ハルミナは彼の前に立ったまま、彼の答えを静かに待つ。
悩んでいるのか、言いづらいものなのか、カーラは俯いてギュッと目を閉じ、歯を食い縛っていた。
しばらくして、ようやくカーラは肩の力を抜き、一つ息を吐く。

「…色々あるけど…ラダンにも話してないことが沢山あるし、エメラともちゃんと話をしなきゃだし、フェルサやミルダ先輩、マシュリも気掛かりだ…でも…」

カーラは深くため息を吐き、

「一番の本音は…ハルミナと居たい。ただ、それだけみたいだ…。はは、もう叶うわけもないのにね」

そう言って、失笑した。
そのカーラの言葉に、

「良かった」

と、ハルミナは言う。

「え、何…が…」

――ドサッ

何が良かったのか、それを尋ねる前に、ベッドに腰掛けたままだったカーラの体は後ろに倒れた。

いきなりハルミナがカーラを抱き締めて、そのままベッドに倒れる形になった。

「は、ハルミナ?」

自分の胸に顔を埋め、はたまた覆い被さっている小柄な少女の名前をカーラは疑問気に呼ぶ。

「そのまま動かないで下さいね」
「え、いや…動かないでも何も…言ったように、もううまく体が動かせないわけで…」
「それは良かったです。…失敗したら、大変だから」
「な」

失敗したら大変。
その言葉と、体に感じる違和感に、カーラはハルミナが何をしようとしているのか気付いた。

「ハルミナ!何をしようとしているんだ!よせ!」

いつになくカーラは必死に叫ぶ。

「カーラさんの本心は'生きたい'でした。だから、私は実行できるんです」

――…ハルミナは先刻、ジロウの治癒を始める前にウェルと交わした会話を思い浮かべた。

『ウェルさん、一つ、教えて頂きたいことがあるんです。私はまだうまく魔力をコントロール出来ませんが…相手に魔力を分け与える方法を教えてほしいんです』

そう、彼女に尋ね、そしてウェルは言う。
多くの魔力を流すのなら、相手の体に密着し、そのまま自分の中に在る魔力を治癒術を放つのと同じように相手にかければいいと。

『ただ、それは自分の命を削る行為になるわ…だから、ハルミナさん。必ずカーラさんの生きる意思を確かめて。彼が生きたいと望むのなら…そしてあなたもそれを望むのなら、その術を使って』

相手に生きる意思がなければ、命を分け与えても意味を成さないから。そう、ウェルは言っていた。

ハルミナは集中して、自分の中にある魔力をカーラに流す。

「ハルミナ、もう、いい、やめてくれ……君が、君の命が、削られてしまう…」

腕すら動かす力がなくて、カーラはそう懇願するしかなかった。

「せめて、あなたが私の為に使った二度の魔力分…それだけは、お返しします」
「やめてくれ!そんなの、僕は嬉しくなんかない!君が」
「…私も、あなたと一緒に居たいんです。これからも」

そのハルミナの言葉に、焦り叫んでいたカーラの言葉が止む。

「フェルサさんには敵わないかもしれません。でも、あなたの本心を聞いて、私もようやくわかった。私も…不器用で、自分を幸せに出来ない…そんなあなたのことが大好きです」

カーラの胸に顔を埋めたまま、表情はわからないが、ハルミナは微かな涙声になっていた。

「…っ……」

ようやく、魔力と言う命が僅かに体内に巡って来て、カーラは腕を動かし、

「馬鹿を言うな…、フェルサなんかよりも、君を愛しているって言っただろう…!」

カーラもとうとう泣きながら、ハルミナの背を強く抱き締める。

「カーラさんは、私を助けてくれた…私が天界で穏やかに過ごせる場所を与えてくれた…私の英雄です」
「君だってそうだ。ずっと君と言う存在に救われていた、君のお陰で、僕は生きたいと思えた…、君こそ、僕の英雄なんだ…」

――…
―――……

「…なんじゃ。カーラの奴、真面目になったんじゃのう…」

そう、地下牢の入口付近で二人の会話を聞いていたヤクヤが目に溜まった涙を拭いながら言って…

「よ、良かったんか?ぬ、盗み聞きしてしもてよぉ…。カーラの奴、ハーフだったとか、んなの隠さんでも良かったやんか…俺ら友達やろぉー…」
「な、泣きながら言わないで下さいよ、ラダン先輩。や、やだなぁ、オレまでなんかつられて…」

ラダンはボロ泣きしながら、マグロは慌てて両目を腕で拭った。

「…まったく。遅すぎるのよ、あの二人は」

つまらなさそうに言いつつも、エメラはどこか晴れやかな表情をして言って…

「エメラさんの言った通りだったな。俺、余計なことしようとしてた…」

カーラの存在をここで初めて見るユウタではあるが、一連の流れになんだか感動と言うか情を持って盗み聞きしてしまい、鼻を啜っている。

「とにかく、カーラがここから出て来たら散々イジめてやるわよ」
「おっ!それはええなぁ!」
「もう、先輩達はー」
「しかしまさか、カーラとハルミナがのぉ」

そんな、成り立っていない会話に、

「はは…」

と、ユウタは苦笑いするしかなかった。


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