レイルとジロウ
ザク、ザク、ザク…
牢屋から音が聞こえた。
先日は天使、今日は、人間が捕らえられていると言う。
しかし、ネヴェルは相変わらず私には、お飾りの王子である私には何も報告してこない。
しかし、魔王が数日不在なのだ。
不在なのか、行方不明なのか、気紛れなあの人の事は未だによくわからないけれど…
ザク、ザク、ザク…
私は暗い牢屋に灯火を向けた。
すると、人間の男はビクリと全身を揺らす。
「…うわっ!び、ビックリした!」
男は言いながら、私の姿を確認する。
その手には、小型のトンカチを手にしていた。
牢屋内をよく見ると、壁に穴を開けようとしている様子で。
なるほど、脱出しようとしているのか。
しかし、気の遠い話だ。
「なっ!なんだ?あんたも魔族って奴か?!べ、別にオレ、何もしてないぜ、大人しくしてるぜ!」
なんて、男は視線を泳がせながらバレバレなことを言うので、思わず私は苦笑してしまう。
「安心して下さい。私は敵ではありません。レイルと言います。人間、貴方の名は?」
なるべく彼の警戒を解く為に、ゆっくり、穏やかに尋ねれば、
「…え、と?じ、ジロウ、です」
戸惑いながらも彼は、名を明かしてくれた。
「ジロウ。貴方の話を聞かせてほしい。恐らく、ネヴェルにも聞かれたでしょうが、私にも聞かせてほしい。貴方が魔界に来た経緯を」
魔族、天使、そして人間。
三種の種族が道を違えてから数百年。
この魔界に、ハルミナ、そしてジロウが訪れた。
数百年振りの、天使に人間。
これは、偶然なのだろうか、いや、私は思う。
きっと何かが動き出すのだろうと。
「…別に、大したことじゃないから話すけど。むしろオレ自身も全くわかんねえし」
ジロウはあっさりと話してくれた。
人間界にある鉱山で、テンマと言う男があの剣を見つけ、リョウタロウが現れ、テンマと何か争いを始め、その二人の男はジロウに剣を抜かせた。
…リョウタロウはともかく、テンマと言う男もただの人間ではないと言うことか…
テンマは剣を欲っし、リョウタロウはジロウに剣を護れと言い、リョウタロウが魔界への扉を開き、ジロウは魔界に来た。
そんな、流れなのであろう。
それは、そうだな。
ジロウが困惑するのは仕方がない。
剣の存在もリョウタロウのことも、魔界も天界も、今の人間は知らないようだから。
私とて、そうだ。
世界が一つだった時代に生きていなかったから。
その時代を生きた、父から聞かされたのみだ。
そして、人間界には<神話>があるらしい。
…人間の英雄の、神話が。
「そうか、英雄の剣とリョウタロウか…」
「英雄の剣?て言うかよ、リョウタロウって一体なんなんだ?」
「ネヴェルは何も?」
「ああ、何も…ってか、リョウタロウに関わった人間だから、念の為に死ぬまでここで生活しろとか言われたし。意味わかんねー」
まあ、仕方がないのかもしれない。あの時代を知る魔族にとっては、人間は憎むべき存在なのかもしれないのだから。
「私も、父から聞かされただけなのだが、リョウタロウこそが、君たち人間の、英雄です」
「…英雄?え?」
「世界が一つだった話は知っていますか?」
「あ、ああ。さっき、ネヴェルから…」
「…あまり時間が無いので詳しくは話せませんが、彼が、リョウタロウが、この世界の空間を歪めることが出来る剣で、人間を救ったのです」
私は、背中に持ち、隠していた英雄の剣をジロウの入っている牢屋の前に置く。
「!あ、あんた、手が!」
「はい。この剣は、人間が魔族や天使から身を守る為の剣ですから」
剣を運んで来た私の手は、赤く焼けていた。…確かに、強力な剣だ。
触ると焼けるだけで済むが、これで斬られれば、私は重傷…いや、死んでしまうだろう。
「な、なんで、わかっていながら…」
「その場の流れとはいえ、リョウタロウが貴方に託したのです。貴方はこの剣を護らねばなりません」
「護るって、こんな牢屋で…」
――ガチャリ
私は牢屋の鍵を取り出して開けた。
「へ?!」
それに、ジロウは目を丸くする。
「今、ネヴェルは城内の魔族を集め、今後の話をしています。だから、貴方に無関心な今の内に、貴方を逃がします」
「は、はぁ?!え?!なんで?つか、あんたみたいな子供……、いや、魔族だから実はオレより大人?」
「ふふ。さあ、とにかく着いて来て下さい」
私はジロウに言う。
ジロウは慌てて剣を拾い、躊躇いながらも足を動かした。
そのまま牢屋を出て、広い廊下に出る。
私は周囲を警戒し、誰も居ないことを確認した。
普段なら、警備を置いておくべきだが、ジロウと言う人間に逃げる術はないと思ったのだろう。
ハルミナを逃がした隠し通路のある王の間は、現在、ネヴェルが今後の話し合いの為に使っている。
その為……
「ジロウ、すみませんが、ここから逃げて下さい」
ガコン、と。
床にある、地下通路へ繋がる扉を開く。
「このはしごを降りれば、地下通路に繋がっています。一本道ですから、道なりに進んで下さい。外に出れます」
「…外、でも道がわかんねえよ。魔界なんて…。外に出れても、ネヴェルとかが来てまた捕まるかも」
「ふむ…」
確かにそれは一理ある。
私は首を捻り、
「わかりました。では、私が途中まで案内をしましょう。構いませんか?」
「あ、あぁ。そりゃ、ありがたいけど…いいのか?」
「ええ。そうだ、貴方は先に降りていて下さい。良い物を貴方にあげましょう。持ってきます」
私はジロウにそう促し、自室へと'良い物'を取りに行った。
――…
―――……
長いはしごを降り、ジロウに合流する。
「お待たせしました。これを、貴方に」
「?」
私はジロウに一冊のノートを手渡した。
「これは?」
「昔、勉学の為に父が私にくれたものです。昔の、魔界と天界と人間界について書かれています」
「マジか。助かるけど、いいのか?父親から貰ったんだろ?」
「…父は、もう死んでしまいましたから」
「え!それなら、尚更…」
ジロウは私にノートを返そうとしたが、
「私はもう、内容を把握していますから。貴方には多分、人間にはきっと、必要なものですから、だから貴方が活用して下さい」
「…あ、ありがとう。レイル」
それから、地下通路を道なりに進みながら、私はジロウに話した。
自分の生い立ちと、一応は王子であると言う話を。
そしてジロウも話してくれた。今の人間界には様々な職業があって、ジロウはトレジャーハンターなんてものをしてるらしく。
彼の話は、とても興味深かった。
魔界には、自由なんてない。支配ばかりが広がるこの魔界。
でも、人間界はなんて自由なのだろうか。
自分のやりたいことを出来る世界。
私はいつの間にか、表情が緩んでいた。
いいな、なんて、ジロウに憧れた。
すると、ジロウは背負った鞄の中から、お守りがある、と、取り出す。
それは、白い羽だった。
ジロウはその羽を拾った経緯を話す。出会った少女のことを話す。
「れ、レイル!?」
話の途中で、ジロウは驚いて叫んだ。なぜなら、私が涙を流したから。
「…す、すみません…」
ジロウが出会った少女は、ハルミナだ。容姿を聞いてすぐにわかった。
そして、この羽は、ハルミナの羽だ。
やはり、偶然なんかじゃなかった。必然だったのだ。
「…ジロウ、その少女はきっと…」
言い掛けて、私はハッ、と、言葉を止めた。
止めて、慌ててジロウの腕を掴む。
「へ!?」
ジロウは驚いたが、そんなのは構いなく、私はジロウの腕を引いて走った。
先ほど英雄の剣に触れた為、焼けた手がヒリヒリと痛む。
「レイル?!一体…」
私は走る。必死に走る。
状況を理解できていないジロウに言葉を掛ける余裕が無い程に。なぜなら…
「王子様。今は忙しいんだ、余計な仕事を増やすな」
「っ!」
背後の声に振り向かず、私は走り続ける。あと少しで外なのだから…!
「ネヴェル!」
ジロウが背後の声の主の名を叫ぶ。
私には魔術の才は無い。
ネヴェル達みたいに転移魔術も使えない。だから、走るしかない…!
「ネヴェルちゃん、どーしたらいい?あの剣、魔術を弾き飛ばすから厄介だけど」
ナエラの声だ。
「この際、人間は後回しで構わん。後々、俺がどうにかする。今はお飾りだけ狙え」
お飾りでもなんでもいい。
ハルミナも、そしてジロウも。無力な私からしてみれば、魔界に降り立った希望なのだから。
英雄の剣がここにある。それを希望と言わず、なんと言う?
「出口ですっ!ジロウ!」
外が見えて、私は叫んだ。なんとかジロウを、外へ…!
「残念だったね、王子様。魔術を使えない自分を恨むんだね」
「!」
私は足を止めた。
一気に、汗が流れ出る。
黒い翼で飛び、ナエラが私とジロウの前に立った。背後にはネヴェル。
「…さって、まずは王子様。あんたを…」
「ま、待て!」
ジロウが不馴れな手付きで剣を構える。
「ナエラ。ジロウの剣は俺が対処する。お前はお飾りを気絶でもさせろ」
ネヴェルは言いながら、魔術で紅い剣を取り出した。その剣も、英雄の剣と同じ時代に生きた剣。魔族が英雄の剣に唯一対抗できる剣だ。
「ジロウ、ここは私が足止めします。貴方は逃げて下さい!」
「なっ!?でもあんた、戦えないんだろ!?」
「あ、足止めくらいなら!」
そんな私達のやり取りを、ナエラが笑う。
「どーでもいいけどさ、とりあえず、ネヴェルちゃんに迷惑かけないでくれる?ネヴェルちゃん忙しいんだからさ!」
「っ!ジロウ、早く逃げて下さい!」
ナエラが手に魔術を溜めている。ネヴェルが剣を構えている。すると、ネヴェルが私を見て、
「お飾り。城には貴様の民も居る。大人しくした方が無難だろ?」
「…っ」
ネヴェルは、冷酷なこの男は、何をするかわからない。しかし民はもはや、私の民ではない。彼らの王は父であり、父亡き今、魔王の支配下だ。
しかし、しかし…
「ネヴェル!あんた、大人のくせに!レイルを苛めて楽しいのか?!ヒステリック女もこの前、自分は大人だと言ってただろ!大人のくせに、なんであんたらそんなにヒステリックでサディスティックなんだよ!もっと冷静に話せよ!」
ジロウが叫んだ。
「はぁ!?なぁにまたわけわかんないこと言ってんのよ!とにかく…」
「ナエラ、下がれ!」
怒り任せに魔術を溜め込むナエラをネヴェルが止める。
すると、ジロウの握る英雄の剣が光を放っていた。
その光は、ジロウを包み、私を包み…
「とにかく!オレはまだ何も知らないけど…あんたらはやっぱり信用ならねえ!だから…」
「じ、ジロウ」
叫び続けるジロウに、私は声を掛ける。
「なんだよレイル!こいつらに……あれ!?」
ジロウは目を丸くした。
私達は地下通路に居たはずだが、魔界の外に出ていた。しかも、城からかなり離れた場所だ。
私には転移魔術は使えない。
…光を放った英雄の剣。空間を操ることの出来る剣を、ジロウが無意識に使った?それしか…
「…ジロウ、貴方は…」
私が不思議そうにジロウを見れば、ジロウ自身も何があったのかわかっておらず、ただただクエスチョンマークを浮かべている風で…
「お、なんじゃ?辺りが光ったと思えば子供が二人。迷子か?」
掛けられた声に、私とジロウは同時に驚く。
「ふむ。魔王の手下では無さげじゃの。俺はフリーダムヤクヤ。お前達は?」
男は確かに名乗った。
【フリーダム】と。
…これは、夢なのだろうか?