ネヴェルとジロウ

先刻、再び人間界に繋がる扉が開いた。

ハルミナの件を含め、妙な事が多い…
そんな中、魔王様不在の今、俺は城を離れるわけにはいかない。

動ける上魔と中魔に扉付近を調べさせ、開いた奴を捕らえて来いと命じた。
そして、その扉を開いた奴をナエラが連れて来た。

思うところは色々とあるが、やはりナエラは優秀だな。しかし……

「ネヴェルちゃん助けて!早くこいつを牢屋にぶちこんで!!それで、ボクの代わりにこいつをボコってー」

なんて、あのナエラが泣きついて来たものだから、今度はなんの冗談だ、と思ったが、しかし…

「ね、ネヴェルちゃん!あの剣!あいつの持ってる剣が!」
「剣…?……!!」

俺はその剣に驚く。なぜなら、遠い昔に見覚えがあったからだ。

「魔界の気も、天界の気も無い……貴様、人間か」
「あっ、あんたはわかるのか!?」

俺の言葉に人間の男は大きく頷き、

「その剣をどこで手にした」
「こ、この剣は……えっと、テンマが…リョウタロウとか言う奴が…」
「リョウタロウだと!?」

俺は人間の男を睨む。

「なっ、なんだよ!?」
「そうか…奴は生きてるのか。奴が何かする気か」
「っ!?」

俺がずかずかと人間の男の前まで歩けば、人間の男は手にした剣を俺に向ける。

「ん?ナエラで試したか?そう。その剣は、人間が魔族や天使から身を護る剣でもある。だから、俺は触れれない」

俺が言えば、

「よっ、よくはわかんねえけど……じっ、じゃあ近付いて来るなよ!そのヒステリック女みたいに怪我するぜ!」
「!このっ、ネヴェルちゃんの前で何てこと言うのよ!?」

俺は人間の男とナエラの言葉を無視して、警戒する人間の男の前へ行き、

「しかし、俺には効かない」

俺は魔術で剣を作り出す。作り出す、と言うより、取り出すと言うべきか。

――ガキンッ!

俺は手にした剣で人間の男が必死に手にしていた剣を弾き飛ばした。
守る術を無くした人間の男はただただ言葉を無くし……
俺の放った魔術で気を失わせた。

「さっすがネヴェルちゃん!!でも、こいつの剣、一体なんなの?!しかも、人間だなんて…。ネヴェルちゃんはこいつの剣が何か知ってるみたいだけど」

聞いてくるナエラに、

「若い魔族は知らなくてもいい話だ」
「えー!?でも…」

弾き飛ばし、床に転がったままの人間の男の剣を俺は横目に見て、

「その剣、そのままそこに放置してろ。誰も触れないようにな。…さすがに俺も、その剣を素手では触れん」
「…ネヴェルちゃんも、触れない?一体、何なの?」

ナエラは困惑するように俺に答えを求めるが、

「とりあえず、俺はこの男と話をする。お前は通常の仕事に戻れ」

ナエラの質問には答えてやらず、気を失わせた人間の男を肩に担ぎ、俺は牢屋へと向かった。

――…それが、つい先刻の出来事。

…俺は牢屋に目を向ける。気を失わせた人間の男が、まだ気を失ったまま倒れている。

ナエラは疑っていたようだが、この男は間違いなく人間だ。
そして、目を疑うような、剣を手にしていた。
そして、リョウタロウ…

この人間の男は何者なのか、それを確実に、確かめねばならない。

「…う……」

すると、牢の中から小さく声がして、

「起きたか」

と、俺は言う。
人間の男が目を覚ました。

「え……あれ…」

むくり、と、人間の男は上体を起こし、寝惚けたような顔のまま、キョロキョロと牢屋の中を見て、次に俺と目が合う。

「…うわぁっ!?」

それから、驚くようにそう叫んだ。

「おい、人間。貴様に今からいくつかの質問をする。頭は回ってるか?」

俺が聞けば、

「ままま、待ってくれよ!?質問?!んなの、オレがしたいって!つか、あんたも耳が尖ってるし!?」

人間の男は、まるで怯えるように言った。
しかし、俺自身、先日のハルミナに、天使に会うのも久しぶりだったと言うのに、今回は人間。
人間に会うのも久しい。
…かつて、人間の英雄が魔族と天使の理を変えた日以来だ。

「落ち着け、まずは、なんだ。名前か。俺はネヴェルだ。貴様は?」

俺は、先日のハルミナを思い出す。
名前なんてどうでもいいと言った俺に、名前は大事だの、挨拶の基本だのと…
不本意だが、あの剣と、リョウタロウの名が出てきたのだ。
この人間からは話を聞かねばならない。

すると、人間の男は目を丸くして、

「あ、あんたが、ヒステリック女の言ってたネヴェルちゃん…」

…ネヴェル'ちゃん'か。
人間の男の呟きに、俺は、

「…ナエラから何を聞いたか知らんが、次にそう呼んだら貴様…殺すぞ」
「ひぃ?!」
「で、貴様の名は?」
「お、俺は、ジロウ」

ジロウ。いかにも人間界の名前という感じだ。

「ジロウ。ナエラはあまり貴様の情報を聞き出せなかったようだが、ちゃんと話せよ?まず、魔界に来た経緯を話せ」

ジロウは悩みながらも話した。

人間界にある鉱山で、テンマと言う男が岩の中から剣を出した。

次に、リョウタロウが現れ、そのテンマと言い争いみたいなものをしていた。

で、二人の男はジロウに剣を抜かせた。

テンマは剣を欲しがっていたが、リョウタロウはジロウに剣を護れ、魔界に落とす…などと言った。

いまいち、ジロウの話は支離滅裂だった為、俺は頭の中でジロウの話を纏める。
どうやらジロウは、あの剣の存在もリョウタロウのことも知らない、ただ巻き込まれた人間、と言うことだ。

「…ふむ」
「あ、あのさ、信じてくれるのか?」
「ん?」
「俺が人間…だとか、話とか」

ジロウの言葉に、ああ、恐らくナエラが何か言ったんだろう。

「信じるとかそんな言葉は魔界には不要だ。しかし、貴様が人間であるのは確か。今の若い連中は、ほとんどが本物の人間を知らないからな」

そう、俺が答えれば、

「あ、あのよ、若い連中って、あんたも若いんじゃね?」
「ジロウ、だったか。今の人間の知識とはどんなものだ?」
「へ?」
「魔界や天界をどれぐらい知っている?」

ジロウは苦笑いをして、

「つかよ、俺ん中では、ついさっきまで、魔界とか天界ってのは神話の中の存在だったんだけど…」
「神話?」
「おう。物語の中の存在」
「どんなだ?」

俺の問いに、ジロウは背負っていた鞄をごそごそと探り、一冊の紙切れを取り出した。

「学生時代に教科書に載ってた切れ端だけど、一応、持ち歩いてるんだ」

ジロウが鉄格子の隙間からその紙切れを俺に渡す。
俺はそれに目を遣り、

「かつて世界には天界、魔界があり、天使、魔族が住んでいた。二つの種族は戦争ばかりを繰り返し、人間は魔族からは奴隷扱い、天使からは戦争兵器として扱われ、たった一人の人間の英雄が人間という存在を勝ち取り、人間は自由になった。……はっ、神話、か」

紙切れに書かれた文字を、俺は適当に流し読んだ。

「字は、読めるのか?」
「元は、そうだな。この神話とやらが言う、争いがあった日々。魔界も天界も両方、人間界にあったのだ。そう、3つの世界は、元は一つの大地にあった」
「え?!」

それに、神話の中でしかその存在を知らなかった、無知な人間はただただ目を丸くするのみ。

「とりあえず、貴様のことは解った。ただ巻き込まれた人間と認識する。力も無い、害も無さげだ」
「え!?そんなあっさり……さっきの女は滅茶苦茶オレのこと疑ってたぜ?!」
「ナエラは状況判断は苦手な奴だからな」

俺が言い、

「だが、そう簡単にはここからは出さない。貴様を疑う必要は無いと思うが…リョウタロウに関わった人間だ。念の為、貴様は死ぬまでここで生活しろ。人間の一生なんて、所詮は短い」
「は?はぁー!?ちょっと待て!死ぬまでだと!?ふざけんなよ!?こんなわけわかんねえ場所で!?オレの世界に帰してくれよ!つかさ、そのリョウタロウってなんなんだよ!」
「……」

俺はジロウの方を見て、思わず笑いが込み上げてきた。

「神話はあるのに、その事実は全て隠蔽されているのか。……ははは、皮肉なものだな」
「…?」
「まあ、少し待て。こちらも忙しいんだ。魔王様が長らく不在でな。あの方は気紛れだが、少し長い。それに、人間界に繋がる扉を少し見に行かねばならないしな。気になる事が多い」

俺はもう、ジロウとか言う人間に興味はなかった。
ただ、リョウタロウ。
そして、あの剣を狙っているらしいテンマと言う男。
ハルミナの行方。

俺は大きくため息を吐く。

「なあ、あの剣はどこへやったんだよ」

ジロウが聞いてきて、

「先程、俺が貴様の手から弾き飛ばしただろ。あのまま、床に転がったままだ。さっき言ったろ。あれは人間が魔族や天使から身を護る剣だ。だから素手では触れん。とにかく話はここまでだ」

そこまで言って、俺は牢屋を後にする。
人間には魔術も使えないし牢から出る心配はない。

リョウタロウ、英雄の剣、魔王の不在、天使、人間……

俺は思考を巡らせ、

(何かの前触れなのか?)

そう思い、今からまず何をすべきか、冷静に考えた。


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