上級天使ミルダ

「やはりそうか、貴様」
「!」

俺が言えば、異分子はビクリと肩を揺らした。
暗い、夜更けに。
ここは人間界へと繋がる扉。
天長より与えられた、新たな翼を持つ、上級天使のみが開くことができ、通れる扉。

夜更けに、今日、上級天使になったばかりの異分子が現れた。

「貴様、やはり魔界の奴等とまだ通じているのか?魔界へ行くつもりなのだろう?何をする気だ」
「私…魔界と通じてるだなんて、そんなんじゃ…」

気味の悪い、緑色の髪。天界を思わせる、金の目。それがカタカタと震えている。

「まあ、これでようやく貴様をカーラから引き離すことができる。知っているだろ、上級天使とはいえ、無断でここを通ることは許されぬと。天長に許可を戴いていないだろう?」
「…」
「だんまりか。弁明はない、ということだな?」
「っ、皆さんは、私が邪魔、なんですよね?気味が悪いんですよね。なら、私なんか、居なくなっても……きゃっ!?」

グイッ――

異分子がそこまで言い掛けた所で、異分子の背後に現れた人物が、異分子の髪を引っ張り上げた。

「そうだね。確かに君は下等だ。でも君は天界のモルモットなんだから、勝手されちゃ困るんだ」

そう言いながら、ギリギリと異分子の髪を引っ張ったままなのは、同じく上級天使のマシュリ。

「さすがだよ、ミルダくん。異分子の行動をよくわかってるね」
「も、モルモット…?」

意味がわからない、と言う風に、異分子はマシュリを見る。

ドンッ――

そのままマシュリは異分子を放り投げるかのように、地面へ叩きつけた。

「そう。君は知らないんだよね、モルモット。君が幼い頃に魔界に落とされたのは、全て実験なんだよ」
「……え?」
「まあ、君に話す必要はない。とにかく、今から君を拘束するよ。長いこと、野放しにしすぎた」

マシュリは言い、ふと、後ろを振り向く。

「おや、他の上級天使も異変に気付いたようだ」
「マシュリ先輩!ミルダ先輩!何かあったんですか!?」
「あれ、マグロくん、か。意外に優秀だな…」

ぼそり、と、マシュリは言い、

「いや、上級天使になったばかりのハルミナくんが、無断で人間界への扉を通ろうとしていてね」

マシュリが言えば、掟に忠実な一番若手のマグロは、

「なっ!それは、重大なことですね…」

と、地面に叩き付けられていた異分子を、蔑むような目で睨む。

「あらま、やってくれるわね、小娘」

すると、また新しい声。
上級天使エメラだ。
その後ろに、同じく上級天使ウェルとラダンが困惑するような表情で駆け付ける。

「あら、カーラは居ないのね」

と、エメラが言えば、

「ああ。奴には黒い影討伐の任務を任せた。終わるのは明日になるだろう」

俺が言うと、マシュリが軽く手を鳴らし、

「さすがだね、ミルダくん。用意周到だ。カーラがここに居たら、ややこしかったろうしね」
「そっ、それで、異分子の嬢ちゃんをどうするんすか…」

ラダンが目を泳がせながら俺やマシュリに聞けば、

「とりあえず、まずは拘束だ。天長の元へ連れて行き、罰するのはそれからだな」

俺が言えば、マシュリとマグロとエメラは頷き、ウェルとラダンは何やら困惑したままだ。

「でっ、ですが、ミルダさん。ハルミナさんも…わたくし達と同じ天界の住人で、同じ上級天使の仲間…」
「…ウェルさん!」

声を震わせ、勇気を出すように言うウェルを、慌ててラダンは制止しようとしたが、

「おや。回復しか能のない上級天使は黙っててくれるかな?」
「っ!!」

マシュリが馬鹿にするように言って、ウェルは顔を真っ赤にして俯いてしまう。その光景に…

「え?マシュリ…先輩?」

マグロが疑うような眼差しでマシュリを見ていた。
いつもはマグロの前で先輩振っていたマシュリが、本性を出しているのだから仕方ないのだろう。

「さてと。長話が過ぎたね。行くよ、モルモット」

床に手をつき、座り込んだ形になったままの異分子にマシュリが手を伸ばせば、辺りが眩く光る。

それは、異分子が羽を出した光だった。
認めたくはないが、それは確かに上級天使の羽。

それを羽ばたかせ、異分子は逃げるように人間界へ繋がる扉へと飛ぶ。

「くっ!」

油断してしまった俺も、慌てて羽を出し、追い掛けるように飛んだ。
扉を開かれ、人間界へ逃げられては厄介だ。
しかし、

――…しん

「あっ…あれ?」

異分子は扉の前で狼狽えている。それに、俺も飛ぶのを止め、地に足をつけた。

そして、理解する。

「ふ、ふふ、…はは、ははは!!」
「み、ミルダ?」

急に笑い出した俺に、エメラが首を傾げた。

「なるほど…」

マシュリも理解したようで、

「え!?オレには何がなんだか??」

状況が読み込めないマグロはマシュリに問い、

「いやね、天長も、彼女の行動を先読みしていたようだ。彼女は上級天使になどなっていない。与えられた羽は、偽物だ。だから、彼女は扉を開くことができない」
「なっ!?」

マシュリの説明に、ラダンが驚く。

「そっ…そん、な…」

異分子にも聞こえたようで、異分子は扉に手をあてたまま、力無く地面に膝をつけた。

「えっと?じゃあ、ハルミナさんはどうなるんですか?無実?」

マグロが言えば、

「いや、それでも、人間界へ行こうとした事実は覆らないな」

俺が答える。

「はは、滑稽だね。まあ、彼女は無力だ。マグロくん、彼女をこっちに連れて来てくれるかな?」

マシュリが言えば、「は、はい!」と、マグロは頷いた。

「…な、何しとんねんカーラ…っ」

光景を見たくない、と言うように、ラダンは目を伏せ、力を馬鹿にされたウェルも俯いたまま…
所詮、この二人も上級天使とはいえ、まだまだ青い。
決断を出来ない、情に流される、愚か者だ。

しかし、これでようやく異分子の問題が片付く。
我々の監視下で、どうとでも出来るようになる。

「うわぁっ!!?」

ドゴーン――!!

「!?」

すると、異分子を連れて来いとマシュリに頼まれたマグロが、俺達の横を勢いよく弾き飛ばされるように飛んで行き、壁に叩き付けられた。
俺は、まさか、と、異分子の方を見る。
その'まさか'は現実だった。

「…カーラ、貴様…」

黒い影討伐の任務を急遽与えたはずなのに…

「大丈夫かい、ハルミナ。すまなかったね…。まさか羽が偽物だったなんて…天長を利用するつもりが、行動を読まれていたか」
「り、リーダー…」
「カーラ、あんた何をしているの!?」

すると、エメラが叫び、

「何って、部下を助けに来ただけだよー?」

いつものようにヘラヘラとカーラは笑う。

「貴様…任務はどうした」
「え?やだなぁ、ミルダ先輩。とっくに済ませて来ましたよ。何か嫌な予感がしたから、ちょっとだけ本気を出して来ましたが、何か問題でも?」
「っ!」
「は、はは……さすが、優秀…だね」

俺はカーラを睨み、マシュリもカーラの潜在能力に渇いた笑みをもらす。

「それで、ハルミナ。君はどうしたい?天界から出たいのかい?」
「それ、は…」
「君の本心を聞かせてくれ」

そんなカーラと異分子のやり取りに、

「何してんのよ、一体…」

つまらなそうにエメラは言う。

「私、は、天界から、逃げたい…」

それまでは涙すら溢さなかった異分子が、ここでようやく涙を溢す。
扉を開けられなかった絶望感からであろう。

「そうか、わかった。僕が扉を開けよう。そして、君は行け」
「リーダー?」

言いながら、カーラは羽を出す。

「貴様!何をしている愚か者が!!」
「そうよカーラ!馬鹿な真似は…」

俺とエメラが叫び、

「カーラ相手となれば、力ずくで止めるしかないか…」

動こうとしたマシュリの前に、

「待って…!」
「あいつらの好きにさせてやってくれ!!」

ウェルとラダンが俺達を阻む。

「貴様ら…自分のしていることが…」
「わかっとる!わかっとるねん!せやけどな!俺は友達であるカーラと、そのカーラが大事にしとる異分子の嬢ちゃんに何もしてやれへん自分に、罪悪感を感じとったねん!せやから!」
「わっ…わたくしも、皆さんのハルミナさんに対する扱いを、長年ずっと、疑問に思っていました。でも、わたくしは、治癒術しか能のない女…。何も、出来ない……でも、今ここで、道を阻むことくらいなら…!」

愚かな、愚か者ばかりだ。この二人を殺すのは容易い。いっそ、ここで…

しかし、この愚か者二人に付き合いすぎた。

扉が……開かれる。


「ラダン、ウェルさん、ありがと」

と、カーラは言い、それから、俺とマシュリを睨むように交互に見て、

「近付くなよ、汚い手で、これ以上ハルミナに触れるな」

なんてことを、殺意を剥き出しにしながら愚か者は言う。

「さあ、ハルミナ。扉は開いた。僕が開け、君が通ることになるから、少しばかり人間界に影響が出るかもしれないが…、あと、君の羽に僕の魔力を少し注いだ。それで人間界にある魔界への扉は開けるはずだ」
「っ、でも、これじゃあリーダーが?!私のせいでリーダーが罪を!?」
「君が幸せになれるのなら、君の幸せの為なら、僕は例え誰かを裏切ることになっても、自分がどうなっても構わないと、二年前から覚悟していた。だから、構わないんだ」
「なっ…ん、で」

時間が経ち、せっかく開いた扉が閉まろうとしていることにカーラは気付き、

「僕の人生は、君に出会って変わった。君の苦しみに触れて、僕は自分の生き方を恥じたんだ。だから僕は君に感謝している」

言いながら、カーラは異分子を抱き上げ、扉の方へと向ける。

「私は、リーダーを、疑って来たのに、そんな、そんな…!それに、まだ私は、何も聞いてない!リーダーが、この二年、何をどこまで私の為にしてくれていたのか、私は、何も知らない!知らないまま、私は自分勝手なことばか…」

異分子の言葉を遮るように、抱き上げていた異分子をカーラは抱き締めた。

「君に触れるのも、抱き締めるのも、臆病だからできなかった。君に嫌われたくなかったから。でも、今は、最後だから勇気が出た。多分、君には届かないものだけど…」

カーラは抱き締めていた異分子の体を少しだけ離して、

「…君を愛しているんだ、ハルミナ。この気持ちが、僕の全てだ」

そう、カーラは言葉通り、愛しい者を見る眼差しを異分子に向け、大きく目を見開いたままの異分子から手を離し、扉の中へとくぐらせた。

「り、リーダー!!」

異分子のその言葉を最後に、扉は閉まった…

我々は、それを見ていることしか出来なかった。
本当ならば止めなければいけなかった。愚か者共の行動を。
だが、カーラが全てを懸けてまで異分子を救おうとする理由を、我々上級天使は、黙って見ていた。

「…さよなら、ハルミナ」

カーラは沈黙した扉に向けてそう呟き、こちらに振り向く。

「これで、責任は全て僕にある。心残りはない、だから、ご自由に、裁いて下さい」

そう、カーラは晴れやかな表情で言った。

何も知らず異分子となった愚かな女と、それを愛した愚かな男。
そして、それを守ろうとした愚かな二人の男女。

滅多にない、光景だ。

さあ、これから忙しくなるな。


ー9/138ー

*prev戻るnext#

しおり



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -