上魔ムル

俺も魔族で、上魔と言う立場ではあるが、やはり恐ろしいものがある。

それは、魔王様だったり、悪魔ネヴェル様だったり、俺と同じ上魔だが、上魔の中で一番の実力者のナエラだったり。

魔王様は、それは当然、恐れ敬う存在だ。
しかし、後者の二人は…
本当に、恐ろしい。

魔族らしいと言えばらしいのかもしれない。

純粋に力を持っていて、それを振るっていて。

魔界では力こそが全て、支配こそが全て。

戦いを楽しめない者は排除されるのみ。

俺も、以前までは野良魔族だった。
魔王様の配下になんかなりたくなかった。
だが、魔王様の配下…中魔に襲われた時に、俺は力があると認められ、命を助けられた。

命を助けられた代わりに、魔王様の配下になることが決定付けられた。

今の魔界では、逃れようのない運命。

……すみません。
俺は、昔に世話になった魔族に心の中で謝る。
今もきっと、魔王様の配下の手から逃れ、自由を生きているのであろう人。
孤児の俺を育ててくれた人。

大人になった俺は、その人の元を離れ、自立した。
自立して、中魔に襲われ、力を認められ、魔王様の配下…上魔になった。


――…先日。
中魔数名が、野良魔族に負けて、負傷して帰って来たらしく。

ネヴェル様はその中魔から情報だけ聞き出して、始末したらしい。

その野良魔族たちは'フリーダム'と名乗っているそうだ。
人間界の言葉で、自由…か。

俺も、昔は自由を目指したさ……
でも、今の俺は力に喰われている。

魔界では力こそが全て、支配こそが全て。

その掟の中に、俺はいる。
力に、支配されている。

そうして俺は、今日も魔界統一のために働いている。

野良魔族なんて存在を、消し去る為に。
力ある者は味方に。
力ない者は始末する。

それが……
今の俺の、魔王の配下となった者の生き方。

ああ、顔向けできないな、俺を育ててくれたあの人に。多くの、弱い魔族の救世主だった、あの人に。


「よっ、ムル。仕事後かい?」
「…ラザルか。ああ、仕事後だ」

俺の名前を呼んだ男はラザル。
ラザルも同じく上魔だ。

「良さげな奴は居たか?」

そうラザルに聞かれ、

「いや、戦力外ばかりだったからな、始末した」

そう、俺は答える。
野良魔族の話だ。

「だよな。なかなか、中魔、上魔になれそうな野良って少ないよな。オレは今から仕事だ。ダリぃな」

そう言ったラザルに、

「ネヴェル様に聞かれたりしろ、お前の首が飛ぶぞ、ラザル」
「わかってるよ。ヘマはしないって。こーんな、危険な魔界でな…」

ラザルは苦笑する。

「しかし、ムルよ、聞いたか?フリーダムとか言うの」
「ああ、聞いた」
「ダサいよなー。自由だぜ?自由。今のこの魔界では程遠い言葉だ…んな言葉を語っても、オレ達には自由なんて二度とないのにな」

俺は、ラザルにため息を吐いてやる。

「ラザルお前、いい加減にしろよ、言葉が過ぎるぞ」
「わかってるよ、ムル。だが、毎日毎日、同じことの繰り返し。たまには愚痴くらい吐きたくなるだろ?」

そう言って、ラザルは俺の前から立ち去った。

口では愚痴を吐くが、しかし、ラザルもやはり血に飢えた魔族。
なんだかんだ言いつつ、戦いを楽しんでいる。
それにラザルは……


――ゴド…

鈍い音がして、

「ぐぎゃぁあぁあぁあ!!?」

そんな叫び声が聞こえて、俺はそれがラザルのものだと気付く。

「ラザ…、……っ!!」

ラザルの歩いて行った方に振り向いた俺は、硬直した。

「ね、ネヴェル様!」

そこにはネヴェル様が立っていて…
ラザルはその場で痛みに呻いている。
俺は、ようやく状況を理解した。

「あまり無駄口を叩くなよラザル。それでなくとも、最近、中魔達の野良共の回収率が悪いんだ。だからこそ、貴様ら上魔も動かしている。わかるな?」
「ぐっ……ぅ、は…は、い」

ラザルは痛みに呻きながら答える。

「なら、さっさと行け。行って、貴重な魔族を回収し、カスは喰って来い」

それだけ言い、ネヴェル様は行ってしまって。
確実に居なくなったのを確認し、

「……大丈夫か」

俺はラザルに問う。

「だ、大丈夫に見えるか?これが」

ラザルは言った。
ラザルの叫び声の理由。
ネヴェル様はラザルの片腕を、右腕を鋭い爪で切り落としていったのだ…

「首は飛ばなかったが、腕は飛んだな」
「やめろムル。笑えない冗談だ。くそ……まあ、栄養を摂れば、くっつきはするがな…」

そう、ラザルは言う。
ラザルは吸血種……
他者の血を吸い、自らの栄養にする種族なのだ。

「まあ、これでわかったな。あまり喋りすぎるなと言うことだ」
「……くそっ」

ラザルは悪態を吐き、

「んじゃ、行ってくらぁ」

と、切り落とされた右腕を拾い上げ、立ち去った。

これが魔界の日常だなんて、俺も随分と慣れてしまったな。

すみません。
俺はもう一度、心の中で謝る。

すみません、
――…ヤクヤさん。

俺を育ててくれた、今はどこに居るかはわからない、恩人に。


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