上級天使カーラ
「天長は何をお考えなのだ。あんな異分子を…」
「ちょっとちょっと、ミルダ先輩。僕の部下をそんな風に言わないで下さーい」
「第一、貴様があの異分子を甘やかしているからだ。だから、奴は飄々とここで暮らしているのだ」
「えー?」
ヘラヘラ笑いながら、僕は首を傾げた。
目の前で怒っているのは、僕より年上で、僕より先に上級天使になったミルダ先輩。
異分子呼ばわりされてるのは、僕の部下、下級天使ハルミナ。
で、僕は上級天使カーラ。
「あの異分子は、その内、この天界に災いを喚ぶ…。魔界で発見した時すぐに処分しておくべきだった」
「ちょっとちょっと、ミルダ先輩。ハルミナは可愛くて素直で照れ屋でいい子なんだよ。そんな風に言わないで下さーい。一回、あの子と話してみて下さいよ?絶対、可愛くて、異分子!なんて言えなくなっちゃいますよ」
変わらずヘラヘラ言い続ける僕を、ミルダ先輩は冷ややかな目で睨み付ける。
「能ある鷹は爪を隠す、と言うな。貴様もその類いだ。ヘラヘラしているが、本当は解っているのだろう?せいぜい、その身を追われることのないようにな」
小馬鹿にするような声音でミルダ先輩は言い、踵を返して去って行った。
それを見送り僕は、
「ハルミナ。盗み聞きはよくないよねー」
くるり、と。
後ろを振り向く。
「…ぁ」
建物の陰に隠れて話を聞いていた、部下の下級天使の少女が恐る恐る顔を出した。
天界に住む住人は、皆、髪の色は金髪だ。
しかし、ハルミナはくすんだ緑。
魔界の空気に当たりすぎてしまったようだ。
その髪色だけでも、ハルミナは天界の住人に気味悪がられている。
僕は綺麗な緑だと思うけどなー。
「あ、あの。リーダー…」
「昇格の件、だろう?」
「!」
何かを聞きたそうなハルミナより先に、僕はそう言った。それに、ハルミナはこくりと頷く。
先ほど、ハルミナは天長に呼ばれた。
その場に、僕ら上級天使も呼ばれた。
ハルミナは天長より、階級の昇格を命じられたのだ。
下級天使から…
なんと、上級天使に。
しかし、ハルミナはそれに戸惑い、「も…申し訳、ありません。考えさせて、下さい…」と、天長にそう返事をしている段階である。
「いったい、なぜ、いきなり上級天使なんかに…。私には、実力もありませんし、戦いも、嫌いだし…。監視の強化か何かでしょうか?」
ハルミナはいつもおどおどしながら生きている。
魔界で暮らしていたのは、この子のせいではないというのに。
「何度も言うけどね、ハルミナ。君が僕の部下なのは、決して、監視する為ではないんだよ?」
確かに普通、下級天使は上級天使の部下にはなれない。
だからハルミナは、僕がハルミナを監視していると思い込んでいる。
「で、でも……」
ハルミナが僕の部下になったのは、僕が天長に頼み込んだからだ。
ハルミナに、そのことは言っていないが。
異分子と呼ばれ、天界で居場所のないハルミナ。
いつもいつも、虐められていたハルミナ。
上級天使達からは、
――魔界に侵された堕天使、異分子。
――災いをもたらす者。
理由を知らない者達からは、
――気味の悪い髪の女。
――不吉な天使。
――近付くな、近付くな……
魔界から連れ戻された彼女には、居場所がなかった。でも、両親もすでに居ない彼女は、独りで懸命に生きていた。
魔界でどんな暮らしをしていたのか、ハルミナはあまり詳しく語らない。
ただ、「善い魔族も居ました…」と。
そう語ったハルミナの表情は、幸せそうだったことを、僕はよーく覚えてる。
魔界から連れ戻されたハルミナは、生きる術を知っていた。
森で木の実を採り、自然に咲いた山菜を採り、それを食してなんとか生きていた。
そんなハルミナを僕が初めて見たのはもう、二年も前だ。
それまでハルミナは、独りで天界で生きてきた。
辛い暮らしの中で、文句一つも言わずに。
助けてやりたいと思った。
なんの罪もない、僕からしてみたら、まだまだ小さな、この命を。
だから、天長に頼み込み、僕の部下につけ、住む場所を与え、仕事を与えた。
二年経った今でも、ハルミナはまだ、完全に心を開いてはくれないが。
そして、今回の昇格の件。
実はこれも、僕と天長で決めたことだ。
天長にとって、天界の天使達は皆、我が子のようなもの。
もちろん、ハルミナも含まれている。
他の上級天使達の前では、立場上、天長もハルミナを良い評価しない。
でも、実際は天長もハルミナを助けたいと思っている。
そして、ハルミナは充分、上級天使に見合う力を持っている。
彼女自身、それに気付いていないかもしれないが、恐らく、魔界で戦う術、生きる術を学んだのだろう。
ハルミナに自信がつけば、彼女は立派な天使になる。
天長もそれを解っているからこそ、今回の昇格を命じた。
しかし、実際のところ、ハルミナを上級天使にしようと思ったのには別の理由があった。
これは、僕の独断。
天長にも、秘密の理由。
「ハルミナ、君は賢い子だ。僕はそれを、よーく知ってる。だから、ハルミナ。よく考えてみなさい。上級天使とはなんたるか、上級天使に出来ることはなんなのか」
「……リーダー?」
髪の色はくすんでしまったが、代わりに目の色は金。
その金色の目が、僕の言葉の真意がわからない、と、僕に訴える。
だから、僕は優しく笑う。
君は、賢いから。
きっと、すぐに気づける。
「昇格の件、しっかり考えるんだよ。自信を持って。君自身の、幸せの為に」
僕はハルミナの肩に手を置き、
「さて、僕はこれからまた仕事があるから行くよ。ハルミナは今日の仕事は済んだんだ。ゆっくり休むんだよ」
困った顔をしたままの部下を残し、僕は仕事に戻る。
この子が幸せになれるのなら、この子の幸せの為なら、僕は僕自身の幸せを擲(なげう)てる。
例え、誰かを裏切ることになっても。
例え、自分がどうなっても。
これが正しい道なんだと、僕は信じてるから。
(ははー。ミルダ先輩が言うように、僕は過保護すぎるのかな?)