少年の決意の意味を変えぬ為に

「なんで銅鉱山に…?」

ジロウは訝しげな表情のまま、歩き馴れた地を進む。
しかし、不思議と違和感があった。

(なんだろう、何か……違うような…)

墓標の地まで辿り着くも、銅鉱山内はしんと静まり返っている。風の音すらない。
テンマが居るとしたら、地下の研究所だろうかと思い、ジロウは更に先に進んだ。

階段を下り、研究所に続く通路を歩いていると、隠し部屋である、かつてリョウタロウとレーツが暮らしていたという部屋が開いていて、

(あれ…?確か、出る時にスケルがちゃんと閉じていたはずなのに…、まさか、テンマ?)

そう思い、ジロウは部屋を覗き込む。

しかし、そこに居たのは別の人物だった。
黒い髪に、紫が基調の服を身に纏った、どこか見覚えのある面影がある女性ーー……

「えっ……と、あんたは……」

ジロウは確信が持てず口ごもり、それに女性は、

「…やはり来てしまったのですね、ジロウ」

……と。
その声は、

「レーツ……なのか?」

ジロウが知っているレーツは自分より幼い少女の姿であった。
しかし、目の前の彼女は、自分より少し年上の、美しい女性の姿をしていて……

「ジロウ……リョウタロウは、今も一人で戦っています」
「え…?リョウタロウはもう……それに、あんたも……」

もう、消えたはずなのでは?
その疑問を口にする前に、

「君はあの時、もうあの場には居ませんでしたが、聞いていることでしょう。君がリョウタロウに封印された後、私は君の仲間を天界と魔界、それぞれに送り届け、リョウタロウの元に発つ予定でした。しかし……」

レーツは胸の前で手を組み、

「あれから私の魂はずっと、この場所に留められていた…」
「……え?ずっと、銅鉱山に?」

ジロウが聞けば、レーツは首を横に振り、

「黒い影の中にです」
「……?」
「あの時、まだフェルサという天使が銅鉱山に残っていました。彼女が操る人間界に巣食っていた黒い影たちの中に私の魂は飲み込まれ、そのまま、気付かれないまま回収されました」

レーツの話に、まだジロウは話が纏まらず首を捻る。

「ここに来る途中、肉体在る者達ーー……君の両親や村人達を見ましたね?」
「ああ……影の中に埋め込まれていた」
「私は肉体は無く、魂だけの存在。肉も、血もありません。目覚めた時には吐き出され、ここに居たのです」
「なんで、銅鉱山がここに?」

ジロウの問いに、レーツは再び首を横に振り、

「ここは先ほど同様、黒い影の内部です。ただ、テンマの記憶に強く在るこの場所が象られただけ…」
「テンマの記憶?」
「ええ。彼はリョウタロウ同様、かつての時代、銅鉱山内の研究所で英雄の予備に造り替えられました。この地は、テンマの憎しみの象徴なのでしょう」
「…じゃあ、やっぱりテンマはこの先に?」

テンマの記憶とはいえ、ジロウは通路の先にあるのであろう研究所の方を見た。

「それで、リョウタロウが今も一人で戦ってるって言うのは?オレはリョウタロウが施した封印が解ける前、リョウタロウに会って、あの空間が崩れたらリョウタロウも消えるって……確かに本人の口から聞いた」
「……」

レーツは目を閉じ、

「リョウタロウは、確かに消滅しました。今は、私同様、肉体を喪った魂だけの存在となり、テンマの中に居ます」
「……!?」

その意味が理解できず、ジロウはただただ驚くしか出来ない。

「ずっと、リョウタロウはテンマの中でテンマに語り掛けています。テンマを人として繋ぎ止める為に…」
「リョウタロウが…?」

レーツは頷き、

「彼は、全てを諦めきっていました。この世界が滅ぼうとも、もはや自分には関係ないと思える程に……けれど、君とテンマが彼の前に現れた。彼は悩み抜いた結果、こうする道を選んだのです」
「どういうことだ?オレとテンマがリョウタロウの前に現れたから?こうする道って……一体なんなんだ?」
「……リョウタロウは嘆いていました。自分がかつて、魔族や天使と戦うことに躊躇いを抱いていたからこそ、テンマという予備が造られた。自分さえ役割を全うしていれば、予備は人間のまま生き、生を終えれたのにと…」

その話にジロウは首を激しく横に振り、

「そんなの、リョウタロウのせいじゃないだろう?!リョウタロウだって、同じ目に合ったじゃないか!」
「彼は…優しすぎて、脆すぎるのです。抱えきれない罪悪感を全て独りで背負って……でも、彼が決めたことです。君に会い、テンマに会い……君達を救うためにリョウタロウは今、抗っているのです」

そのレーツの言葉に、ジロウは言葉を詰まらせた。彼女があまりに泣きそうな顔をしていたからだ。
しばらくして、

「…オレと、テンマを救うために?テンマのことはまだしも、なんでオレを?」

ジロウが疑問を口にすると、

「君は……」

レーツは胸の前で手を組み、言葉を纏めようとする。
ジロウの知らない真実を。

君は、テンマの魂の一部、良心から生まれたのだと。
それを生み出したのは、自分とリョウタロウだと言うことを。
君は、私達の息子だと言うことを。

「……」

しかし、レーツはギュッと目を閉じた。
ジロウはその真実を何一つ知らずにここまで来た。
何一つ知らずに、自らの意思でここまで来た。
それなのに、この真実を話してしまえば、ジロウがここまで来た理由を別の意味に変えてしまう。

ジロウは自分の片割れを救いに来たわけではない。友達を救いに来たのだ。
英雄の息子だから、その手に英雄の剣を手にしているわけではない。全てはジロウ自身で決めたことなのだ。

「…ジロウ、君は、リョウタロウとは違います。君はきっと、何があっても目をそらさず、諦めず進むのでしょう。その姿にリョウタロウはかつて自身が成し得なかった希望を見出だしました」
「成し得なかった希望?」
「三種族の、共存です」

レーツの壮大な言葉にジロウは息を飲む。

「君の意思が他者に伝わり、その他者が今度は別の者に伝えて行く。リョウタロウは自らの優しさを鬱ぎ込んでいましたが、君は君自身の優しさを存分に言葉や行動に乗せている。だから、君ならば何かを変えれるのかもしれない。私もリョウタロウも、そう思っています。そんなひたむきな君の手助けが出来たらと思うのです。だからこそ、リョウタロウの心は再び動き出したのです」

レーツはそこまで言い、

「だから……ジロウ。私には何も出来ないから、いつだって、願うしかないから……君に、頼みたいことがあるのです」

彼女の真摯な目を、ジロウは静かに見つめ、言葉を待った。

「…リョウタロウを、救ってあげて下さい。彼はもう、充分に苦しみました。もう、彼が頑張る必要はないのです」

その言葉は、大切な男を心から愛し心配する、一人の女の言葉であった。
ジロウは頷き、

「わかってる。当たり前だろ、そんなの」

そう言って笑う。

「リョウタロウと最後に話した時さ、英雄って肩書きを捨てて、これからまた、新しい人生を始めろって言ってやったんだ。あっさり蹴られたけどな」

ジロウは苦笑し、

「でもあいつ、平穏に過ごした時期があったって、それで十分だって言ってた。きっと、あんたと過ごした日々のことなんだな」

それを聞いたレーツは大きく目を開ける。

「でも、世界が平和になったらさ、そこにあんた達が居てもいいと思うんだ。オレは、リョウタロウも、あんたも、救えたらいいと思ってる」
「ジロウ…」
「あ、あと、スケルがさ、リョウタロウとあんたのこと、本当はちゃんと、親のように思ってたって言ってた」
「あの子が……」

驚くような顔をしたレーツを見てジロウは微笑み、

「じゃあ、オレはそろそろ行くよ。行って、テンマを止めて来る。リョウタロウと一緒に」
「……」

今から何が起きるかわからない場所に向かおうとする息子の言葉にレーツは目を伏せた。

本当は自分がジロウを生み出した母であると伝えたい。
駆け寄って抱き締めてあげたい。
行かないでと止めてあげたい。
自分もリョウタロウも、あなたを愛していると、伝えてあげたい……

でもそれは、全て我が儘だった。
レーツ自身の、勝手な我が儘だった。
ここまで来て、ジロウの決意を揺るがすわけにはいかないのだ。

「ジロウ。リョウタロウとテンマと、どうか無事に帰って来て下さい」
「ああ。なるべく頑張るよ。だから、あんたもその、魂だけなんだっけ?よくわかんねえけど、消えないように待っててくれよな」

ジロウは笑顔でそう言うと、レーツに背を向け、リョウタロウとレーツが過ごした部屋を後にする。
背中越しに「行ってらっしゃい」と小さく聞こえた。



ーーそうして、ジロウはテンマの元に辿り着く。
そして、他の者たちも動き出した。


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